指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
2 / 30

2

しおりを挟む

 忙しく生活していると、突然、このオリファント子爵邸に珍しく客がやってくることになったらしい。

 いつもなら見栄っ張りなオリファント子爵であるシャロンの父、ランドルが予定が決まった時点で応接間の掃除を命じて、その準備に明け暮れるのだが、その来客は突然の事だった。

 やってきたのはオリファント子爵とよくギャンブルに興じている友人のベイリー伯爵だった。

 彼はなんだかとてもばつが悪そうというか、緊張しているような顔をしていて、隣には顔から何からすべてを覆うローブを羽織った男が立っていた。

 その異様な有様にオリファント子爵は息をのんで変な顔をしたが、自身より身分が上のベイリー伯爵が連れてきた人間であるので何も言わず、応接間にすんなり通した。

 そして、その給仕の為にシャロンは駆り出され、紅茶を淹れて茶菓子を出してオリファント子爵の隣にたたずんでいた。

「さて、早速で悪いんだがオリファント子爵……そ、そのどのように言ったらいいか、わたくしも困ってるんだが」

 ゆとりのあるソファーにベイリー伯爵と謎の男は腰かけていて、隣の男に怯える様な目線を送りながらベイリー伯爵はオリファント子爵にぎこちなく笑いかける。

 その異常な緊張感を纏ったベイリー伯爵にオリファント子爵は何も言えずに続きを促すように彼を見つめた。

「その下女が、末娘のシャロン・オリファントで間違いないか?」
「ん?……ああ、これですかな。そうです、これが親不孝にも出戻りおったバカ娘ですが……おい、シャロン」

 ……お腹、空いた。

 話題が自分の事についてになるなど思っていなかったシャロンは、テーブルの上の茶菓子に夢中だった。

 あまれば食べられる。そして、こういう深刻な場面ではお茶菓子は手を付けられない事の方が多い。

 そうなればずっと栄養不足で常に満足に食べられないシャロンの腹も少しはマシになるかもしれない。そう考えての事だった。

 しかし、呼びかけを無視したシャロンにオリファント子爵は、自分の優位性を示すために立ち上がって、シャロンの胸ぐらをつかんだ。

 バツンと何かが切れる音がする。

「呆けおってこの女。まともに仕えることもできないのか愚図め!」

 怒鳴られてハッとする、それから何の話だったか分からないが、目の前にいるオリファント子爵の事よりも、ネックレスのチェーンがちぎれた事の方に焦ってシャロンはすぐに自分の足元へと視線をやった。

 ……まずい。

「申し訳ありませんな、ベイリー伯爵。本当に愚鈍な娘でして……他人の前で恥をかかせおって! いい加減にせんと、おい! どこを見て」

 一度振り返りことわりを入れてから、再度シャロンの方へと振り返ったオリファント子爵はシャロンの視線の先を追うように地面を見た。

 そこには、案の定ちぎれてしまったチェーンと指輪が落ちていた。それをいぶかしみながらも拾い上げて、じろりと見てから、おもむろにオリファント子爵は振りかぶって殴るふりをした。

 ……っ。

 ぐっと目をつむって、肩をすくめるシャロンに少し気分を良くしたのか鼻で笑って彼は言った。

「こんな下らんものを隠し持ってたとは、昔の持ち物はすべて売らせたというのに図太い女だ、まったく」

 吐き捨てるようにしてその小さな指輪を見て、それからあざけるような顔をしたままベイリー伯爵と男に向かって振り返り、続けていった。

「とまぁ、こんな様子の器量の悪い女ですがこれに何か用事ですかな」

 指輪は彼の手に収まったままであり、混乱しつつもシャロンは視線を下げて何も言わずにじっとしていた。

 きっと一目見ただけで、金目のものに目がないこの男は石の割れた指輪になんか価値がないと気がついただろう。

 話が終われば返ってくる。それでも長年つけていただけに、自分の手から離れているとそわそわとしてしまって仕方がなかった。

 オリファント子爵に問いかけられて、ベイリー伯爵は隣の男を見た。彼は、間をおいてから立ち上がり、張りのある若い男性らしい声で言った。

「彼女を娶りたい」
「は、はぁ?」

 混乱しているオリファント子爵に、ローブの男はまったく気にしていない様子でシャロンのそばへとやってきた。

 どうやら彼は若い男性のようだが、酔狂なことを言う、シャロンのような傷ものの女性を娶るなど家族が大反対するに決まっている。

「何をおっしゃるかと思えば……」

 すぐに笑い声と共に馬鹿にするかのように、そう口にしたオリファント子爵だったが、ベイリー伯爵がしきりに小さく首を振っていた。

 そういう態度をとらない方がいい相手だとオリファント子爵も理解した様子で、目上の人間に対する態度へと変化させる。

「しかし、ですな。ほら丁度この指輪のように、この女はすでに他の男に貰われた身ですからな」
「構わない。この子は邪魔なのでしょう。先ほどから邪険に扱っているし」
「それは……もちろんこれを食わせるにも金が要るわけでして、生きているだけで何かと用入りですしな」

 そうは言いつつもシャロンの家族はシャロンの労働によって、使用人を雇わなくてよくなったので、それなりに得をしているのだが、そうは言わずにきちんと面倒を見てやっているような顔をした。

「なら、問題ないのでは?」
「はぁ、まぁ……しかし、そうはいっても手塩にかけて育てた末娘ですから……すでに死んだも同然ですから、それほどとは言いませんが、これの飯代くらいは……ねぇ?」

 言いながらもオリファント子爵はローブの男を上から下までじっとりと見つめる。

 それはとてもいやらしい視線で、死んだものだとか言いながらも、何か金にならないかと探っている様子だった。

 それに、ローブの男は特に狼狽する様子もなく、すっと自らの手に触れて、するりと抜き取って美しい大きな宝石のついた指輪を取り出した。

「これ以上、出せというのならこの話はなかったことにする」

 きっぱりとそう言い切って、それを差し出した。オリファント子爵は目の色を変えてその指輪に飛びつくようにして彼に近寄り大切に手に取った。

 しかしまだ、その手の中にはシャロンの大切な指輪が入っているはずだ。

「どうやら話は決まったようだね。シャロン、行こうか、持ち物があるなら待つけれど」
「……」
「シャロン?」

 オリファント子爵はローブの男から貰った大きな指輪を光にかざしてみたりして、もうシャロンを好きにしていいとばかりの態度だった。

 こちらの様子には気がついていない。

 ……今、返してもらわないと、一生……。

 そう思うと目を話すことはできなかった。あれは、たしかに嫌な思い出もあるが大切なものだ。すべて忘れて手放してしまうつもりもない。

 そんなシャロンの視線に気がついたのか、ローブの男は、軽くオリファント子爵に声をかけた。

「子爵、彼女から奪った方の指輪を返してあげてほしい。そうすれば俺たちはここを去る」
「!……ああ、いりませんよこんなガラクタ」

 そういって軽く投げてよこすのだった。それを取ってローブの男はシャロンにそれを握らせた。それを握って彼を見つめる、素性はまったくわからないが、身分を隠して地位を失った女を買うなど、碌なことではないのだろう。

 シャロンの身内に素性もわからないように配慮してるのは、シャロンがどんな目に合っていても助けにこさせないためだとも取れる。

 ……使用人扱いよりはましだといいね。

 しかしシャロンは、いつものようにポジティブに軽く考えて、「ありがとう」と指輪を受け取ってそんな風に思った。怖い事は考えない以外、シャロンにはこの状況の対処法は思い浮かばなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
 聖女イリーナ、聖女エレーネ。  二人の双子の姉妹は王都を守護する聖女として仕えてきた。  しかし王都に厄災が降り注ぎ、守りの大魔方陣を使わなくてはいけないことに。  この大魔方陣を使えば自身の魔力は尽きてしまう。  そのため、もう二度と聖女には戻れない。  その役割に選ばれたのは妹のエレーネだった。  ただエレーネは魔力こそ多いものの体が弱く、とても耐えられないと姉に懇願する。  するとイリーナは妹を不憫に思い、自らが変わり出る。  力のないイリーナは厄災の前線で傷つきながらもその力を発動する。  ボロボロになったイリーナを見下げ、ただエレーネは微笑んだ。  自ら滅びてくれてありがとうと――  この物語はフィクションであり、ご都合主義な場合がございます。  完結マークがついているものは、完結済ですので安心してお読みください。  また、高評価いただけましたら長編に切り替える場合もございます。  その際は本編追加等にて、告知させていただきますのでその際はよろしくお願いいたします。

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

王子が元聖女と離縁したら城が傾いた。

七辻ゆゆ
ファンタジー
王子は庶民の聖女と結婚してやったが、関係はいつまで経っても清いまま。何度寝室に入り込もうとしても、強力な結界に阻まれた。 妻の務めを果たさない彼女にもはや我慢も限界。王子は愛する人を妻に差し替えるべく、元聖女の妻に離縁を言い渡した。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...