5 / 17
その5
しおりを挟むエイミーは、珍しくこんな夜の時間に机に向かって難しい顔をしている主のローズの事を気遣っていた。とても、頼れる良い主ではあるのだが彼女は男性関係で難しい問題に直面すると解決不能に陥り、ただでさえ魔術を扱う力のある貴族であるだけで怖い雰囲気が、ふだんの三割増しで怖くなってしまう。
雰囲気だけではなく、その美しい燃え上がるような、ひとくくりにした赤毛と射抜くような瞳も寝不足になって凄みを増してしまい、すれ違う新入りメイドは泣き出してしまうぐらいになってしまうのだ。そればっかりは避けなければ、ローズのお付きのメイドとしての地位が危ぶまれる。
ローズがこの屋敷に来て以来、夫との関係に悩んでいた時は、二度ほどあった。一度目は、初夜がいつまでたっても迎えられなかった時、二つ目は、まるで日常で接点がないという事に悩んでいた時だった。
どちらも、ローズは誰彼構わず、射抜くような瞳で見つめ、入ったばかりのメイドが三人もやめてしまった。
そういう場合にどうやって解決したかというと、告げ口である。素直にローズが悩んでいることをクライヴに伝えたのだった。そうなれば、わりと鈍い我らのもう一人の主であるクライヴも彼女の気持ちを察することが出来る。
だから今回も同じように、上手く事情を聴きだして、それとなくクライヴに話を通してしまえば、簡単に解決するはず。そのためには、ローズにはエイミーに相談してもらわなければならない。
なのでランプで灯りをともして真剣に机の上を見つめる彼女の周りをはたきをもってうろうろしながら「ああ~、なんだか今日はひまですね」と適当を言った。
そもそも、この夫婦は付き合いが長い癖にお互いのことをわかっていなさすぎなのだ。話をすることと言ったら、なんだかぼんやりした内容ばかりで、そのくせお互いの事で悩んでは、ただでさえ怖い魔術持ちのお貴族様の雰囲気をさらに怖くさせて颯爽と屋敷の廊下を歩くものだからたまったものではない。
……でもわかっています。ローズ様たちがいるおかげで私たち魔物の沢山出る森の近くでもこんなに安心して仕事ができるんですもの。
エイミーは少しばかり主の事を面倒くさいと思いながらもそんな風に考えて感謝しつつも彼女の机を覗き込んだ。
すると、そこに置いてあるものは、明らかにそんな真剣な瞳を向けるようなものではなくて思わず吹き出してしまいそうになった。
見目麗しい勝気な女性が真剣に見つめているものは扇情的な下着。しかもそれはピンクではっきりというなれば、ローズには似合わない。どこから仕入れてきたのか、いや、どうして今日そんなものを見ながら悩んでいるのかまるで見当もつかずにエイミーははたきを持ったまま固まった。
……ええ?せめてこのエイミーに相談して下さればピッタリのものをご用意いたしますのに???
ローズ様にはこんな色よりずっと黒や紫の方が似合うはずだ。それにこんな余計なフリルなどいらない。彼女はスタイルが抜群なのだから薄布を一枚纏うだけでよっぽど誘惑的な女性になるだろう。
そこまで考えてからぱっと主がエイミーの方へと振り向いた。
「エイミー。これ、どうおもう?」
ぎろっと鋭い視線で射抜かれてエイミーは思わず「ひいっ」と小さく悲鳴を上げた。それを座ったままのローズは聞いてハッと目を細めて女性らしく柔らかい雰囲気で笑顔を見せる。
その表情にホッとして、それから待ち望んだ相談だと思い直して、エイミーは言葉を選んでローズの背後から隣に移動してそれから、持ち前のあまったるい女性らしい声で言った。
「そおですね。可愛いですけれど、ローズ様にはいまいちかと」
少し申し訳なさそうにしながら言うことによって、主の気分を害さないようにと務めてエイミーは冷静にそう口にする。その答えを聞いてローズは、「あ、ああ……ええと」と少しばつの悪そうな顔をして、それからぎこちなく続けた。
「ゆ、友人の話なんだけれど」
その文言を聞いて、エイミーはピンときた。エイミーはメイドという女の園で働くものの一因だ。大概の場合それがローズ自身の事であることはすぐに想像ができたが、あえて、何も言わずに「はい」とにっこり笑顔のまま聞いた。
「ベットにこれがあったんだ。そんなに仲の悪い夫婦じゃないと思っていたから不思議でさ。それに、今日、知らない香水の香りがついていて……」
友人の話だと建前をいったローズだったがすぐに忘れて、今日の出来事をエイミーに話してしまうのだった。それについても一切触れずにしかし友人の話というていは忘れずに話す。
こうして前置きをするということは出来るだけ大事にしたくないというローズの気持ちのあらわれであり、貴族というのは多くの場合、些細なスキャンダルもあちこちでちくちくと言われて話題の種にされるのが常だ。
情報が確かではない時や、あまり好ましくない情報であるときは、断定的なことを口にしない方がいいしそれを他人にも言うべきではない。
そう、エイミーは貴族に仕える注意点を思いだしながら、少し元気のないローズの話を聞いた。
「私がこれを見つけてしまったことを知っているはずなのに、弁解をするでもなくてね。……これってやっぱり……」
「……浮気、ですか」
「そうなるよね」
エイミーの答えに気落ちしたようにローズはそのエロティックな下着に視線を戻しながら、いうのだった。
あまり落ち込んだり、感情を乱すことの少ない主があからさまに凹んでいるところを見ると、なんだか少し可哀想にも思えて、フォローできるような言葉を探す。
「でもでも、もともと政略結婚ですよね、ローズ様。夫婦生活が無くなったとなれば問題ですけど、そうでもなくただ息抜きや遊びなら……気にする必要もないかと」
男などそんなものだ、 特に貴族男性ともなれば発散する機会は必要な場合もあるだろう。恋愛結婚の場合はそれが許せないという女性もいるが、ローズたちは見て分かる通り、あまりお互いに干渉もしなければ恋愛感情もないように見える。
意味もなく会いに行ったりもしないし、プレゼントを贈りあったりもしないし、それに夜も、やることをやったらいつもローズは帰ってきていた。さすがに共同生活を送る以上は、ある程度の気遣いは必要になるが、政略結婚の夫婦にはそこまでの愛情など必要ない。
というか、それをお互いに了承したうえでの距離感だとこの屋敷の誰もが思っていたのだ。むしろ政略結婚にしては仲が良い方だとすら思っていた。
「……そういうもの?」
「ええ」
「そうかな。……私は、どうにもクライヴが他の女性に興味を持ったりできるなんて考えられないんだけど……」
ローズは頭の中であの、戦闘狂が。と付け加えたのだが、エイミーはそれにまったく気がつかずに、自分以外の女性を見るなどありえないと言っているのだと解釈して、ぽぽぽぽっと頭の中で春の花が咲き乱れた。
……ええ?!つまりは、お二人は……いえ……すくなくともローズ様は!クライヴ様の事をそういった意味で見ているという事ですか?!こここ、これはっ、驚きです!
「そそ、それはいつからですか?!」
「?……出会った時から」
「ふぇぇ?」
「ふええ?」
まだ彼女につかえはじめて半年しかたっていない主、新しい発見もあるというもの、それがこんなに素敵な発見だなんてエイミーは運がいい、そう思った。
それから変な声を漏らすエイミーの真似をローズがして、けれどもそんなことはお構いなしにエイミーはローズに食い気味に問いかけた。
「初めて出会ったのはいつの事ですか!」
妙に話に食いついてくるエイミーにローズは首をかしげながら答えた。
「……初対面は、学園の入学式だと思う」
……では、その時に、一目ぼれを!?
エイミーは、それなりに歳ごろの女性らしく恋バナが好きでありそして、そりゃあ身近な人間のそれとなると堪らず今ここにいないクライヴの事を思い浮かべてドキドキしながら話を聞いた。
「あの人……主席で入学した私に文句をつけてきたんだよ。君のような女性が、自分より強いはずがないっって」
ローズは頭の中でその当時の事を思いだし、ノリノリで申し込まれた決闘に参加し、勝利を収めたあの時の爽快な気分を思い出したのだった。
しかし、エイミーの中では、繊細で天才なローズが男の人に突っかかられたにも関わらず、その相手に恋をしてしまい、これはもう決闘どころではなくなってランデブーを決め込む想像を繰り広げた。それから、学園青春物語の続きを聞きたくなって、「それから、それからどんな風に過ごしたんですか?!」と新しい情報を欲した。
「それからは、同学年同じクラスだったから、それなりに突っかかられたけど……いつから仲良くなったんだっけ?」
話を聞きたがるエイミーの為にローズは思い出を引っ張り出しながら話をつづけた。
「あ、そうだ。たしか友人が間に入ってくれて、お互いを知れる機会になったんだ」
「ご友人が!」
「うん。トリスタンがね。二人はアドバイスしあった方が強くなれるんじゃないかって言ったんだったかな」
……そこから素直になれない、秘めた恋心をもつローズ様とクライヴ様は交流を深めて言ったのですね!!
エイミーはそのトリスタンとかいう貴族の事など知らなかったが、転機を作った彼はナイスプレーである。
それから、二人のなれそめについて、エイミーは根掘り葉掘りという言葉が似合うほどに聞きまくり、途中から本来の目的も忘れて、若き日の二人に想像を働かせるのだった。
46
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
自暴自棄になって買った奴隷が、異国の王子だったんだけどこれって何罪。
ぽんぽこ狸
恋愛
王子の婚約者であったエディットは、魔力の障害によって発生する病にかかり、婚約を破棄され城からも追い出されてしまった。
病に侵された体は常に熱を持ち、体はだるく、とてもではないが当たり前の日常生活を送ることは出来ない。家を失い自分の実家へと帰らなければならなくなったエディットは重たい体を引きずって長旅をした。
ついに到着した先の実家である屋敷もすでに両親は他界していておらず、寂しく日々をすごしこのまま死んでいくのが恐ろしくなったエディットは奴隷市場へと向かうのだった。
さっくり読めるざまぁになってると思います!
たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな、と婚約破棄されそうな私は、馬オタクな隣国第二王子の溺愛対象らしいです。
弓はあと
恋愛
「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」婚約者から投げられた言葉。
浮気を許す事ができない心の狭い私とは婚約破棄だという。
婚約破棄を受け入れたいけれど、それを親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ家を追い出されてしまう。
そんな私に手を差し伸べてくれたのは、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されている隣国の第二王子だった――
※物語の後半は視点変更が多いです。
※浮気の表現があるので、念のためR15にしています。詳細な描写はありません。
※短めのお話です。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません、ご注意ください。
※設定ゆるめ、ご都合主義です。鉄道やオタクの歴史等は現実と異なっています。
【完結】友人だと思っていたのに裏切られるなんて……
横居花琉
恋愛
女性からの人気も高いアーウィン。
クラリスも彼のことが気になっていた。
そこに友人のポーラは一つの提案をもちかけた。
クラリスは彼女の提案を受けた。
ポーラがクラリスの恋を妨害する意図を隠していたとも知らずに。
男装の公爵令嬢ドレスを着る
おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。
双子の兄も父親の騎士団に所属した。
そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。
男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。
けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。
「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」
「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」
父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。
すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。
※暴力的描写もたまに出ます。
恋愛相談していた友達に美男子の彼を取られた〜プロポーズされたけど学園を卒業して姿を消しました
window
恋愛
私はサーラ。学園に通っています。友達はいますが今まで男性と交際したことはありません。
その私に初めての彼氏ができました。
政略で婚約した二人は果たして幸せになれるのか
よーこ
恋愛
公爵令嬢アンジェリカには七才の時からの婚約者がいる。
その婚約者に突然呼び出され、婚約の白紙撤回を提案されてしまう。
婚約者を愛しているアンジェリカは婚約を白紙にはしたくない。
けれど相手の幸せを考えれば、婚約は撤回すべきなのかもしれない。
そう思ったアンジェリカは、本当は嫌だったけど婚約撤回に承諾した。
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる