7 / 7
7
しおりを挟む次に意識を目覚めさせると、シェリルはきちんと衣類を着てベットに眠っていた。前回と違ったのは、ジェラルドがシェリルを抱きしめて眠っているという点だろう。
目が覚めてすぐに窮屈さに彼に文句を言いたくなったが、よく眠っている様子でそれを起こしてまでわざわざ怒る必要性は感じなかった。
しかし寝起きで喉が渇いてベットのサイドテーブルに置いてある水を飲もうと彼の手をのける。案外押しのけてみると意識がない分簡単に離れられてホッとしてベットの淵に足をかけた。
「っ、」
ぐっと腕を引っ張られる。驚いて振り向いてみると先程までぐっすりと眠っていたジェラルドが目を覚まし、シェリルの腕を掴んでいた。その瞳には寝起きだというのに警戒の色がにじんでいる。
「どこに行くつもりだ」
それから、そんな風に言って強く手首を握った。少し痛くて驚いたけれども決して逃がさないという強い意志が感じられる。
……こんなに急に起きられるなんて体のどこかにスイッチでもついてるのかしら。
ふとシェリルはそんな風に思った。そう思ってから、自分の正常さに驚いた。
先ほどまではあんなにすべての事が恐ろしくて堪らなかったというのに、ぐっすり眠って時間をかけて事実を受け止めると、あの場所に帰る理由などない事をやっと理解できる。
「俺のモンだってまだ理解できねぇってんなら、いくらでも教えてやる」
言いながらジェラルドはシェリルを引き寄せる。難なく引っ張られて彼の胸元にボスンと収まると温かくて甘い香水の香りがする。昔はこんな匂いしなかったけれども、それでもあのジェラルドだ。
シェリルの大切な幼なじみ。
彼は、シェリルの夫になったのだと教えてくれた。それはとても……良かったと思う。
「たとえお前が何も分からねぇぐらい壊れてんだとしても、俺はかまわない」
抱きしめられたままベットに寝かされて、ジェラルドがシェリルを押し倒したような形になる。苦しげに紡がれる言葉を聞いて、彼は例え自分が正気を取り戻せなかったのだとしても、この人ならばシェリルを見捨てたりしないと思える。
……ジェラルドなら安心ね。ジェラルドなら……。
そこまで考えて、やっと涙が出てきた。純粋に悲しくなって辛かったという気持ちがこみあげてきて、大粒の涙がシェリルの頬を伝ってシーツにしみ込んでいく。
……ジェラルドなら、私を愛してくれる。
「シェリル? なんで泣いてんだ、怖いのか」
「……」
聞かれてシェリルは首を振った。怖くはない、しかし泣かずにはいられなかった。もう安心できるのだとしても今まであったことは衝撃的なことばかりで耐えられない事ばかりだった。
でも、今はもうきっとそれは過去の話、今の出来事ではない、ジェラルドはそれを過去にしてくれた。
「っ、違う、違うの」
「じゃあ、どうしたんだ? どこか痛いか?」
「ううん」
心配する声にすぐに首を振って返す。何と言ったらいいのかわからないけれども、それでも言わなければならない事があるはずだ。ジェラルドならあんな風にシェリルを捨てたりしない。
もう安心できる。
「……ジェラルド」
名前をかみしめながら呼ぶ。彼は驚いたような顔をしていて、シェリルは真上にいるジェラルドに手を伸ばした。
頬に触れてみる。疑問符を浮かべながらシェリルを見据えるその赤い瞳は恐ろしい色だけれども彼が優しい事は知っている。
「目が覚めたの。……迷惑をかけてごめんね。っ、助けてくれてありがとう」
思ったよりもずっと冷静にそんな言葉を言えた。この場所にはシェリルをとらえる兵士もいないし、夜の魔法を使う聖女もいない。彼女がいなければシェリルは自分の体の操縦を失うことは無いのだ。
それはシェリルも知っていたけれども、誰にも言えなかった事実だ。それが彼女に対する思いやりだったのか、それとも単に信じてもらえないだろうからなのかは自分でもわからなかった。
けれども、シェリルは異世界からやってきて何もかも持たない彼女を蹴落とすなんてことは出来なかった。その代わりに自分が蹴落とされても恨みすらわかなかった。
「……なんだ。やっと正気になったかよ。ったくなぁ、手間かけさせやがって」
「うん」
「一応覚悟してたんだぞ。お前が一生狂ったままかも知んねぇって医者にも言われてたし」
「そうなんだ」
「ああ。……シェリィ、迎えに来るのが遅くなって悪かった」
言いながらジェラルドはシェリルの細い体を力いっぱい抱きしめた。その力の強さが彼の気持ちの強さを表しているようで苦しさすら心地がいい。
「ううん。大丈夫……ジェラルド、ありがとう」
本当は愛しているなんて言いたかった、けれどもまだ再会してそれほど期間が立っていない。それなのにそんな風に簡単に言ったら軽い女だと思われてしまいそうで、シェリルは再度お礼を言った。
「シェリィ……愛してる」
しかし、ジェラルドが感極まったようにそういうものだからシェリルもおもわず「私も」と返した。まだまだ正気を取り戻して間もなく、色々なことがわからなかったが、シェリルはジェラルドの腕の中で安心しきって、ほっと息をつく。
そしてやっとこれからの事を二人で話し合えるのだった。
40
お気に入りに追加
209
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!


淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる