捨てられた令嬢、幼なじみに引き取られる。

ぽんぽこ狸

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 次に意識を目覚めさせると、シェリルはきちんと衣類を着てベットに眠っていた。前回と違ったのは、ジェラルドがシェリルを抱きしめて眠っているという点だろう。

 目が覚めてすぐに窮屈さに彼に文句を言いたくなったが、よく眠っている様子でそれを起こしてまでわざわざ怒る必要性は感じなかった。

 しかし寝起きで喉が渇いてベットのサイドテーブルに置いてある水を飲もうと彼の手をのける。案外押しのけてみると意識がない分簡単に離れられてホッとしてベットの淵に足をかけた。

「っ、」

 ぐっと腕を引っ張られる。驚いて振り向いてみると先程までぐっすりと眠っていたジェラルドが目を覚まし、シェリルの腕を掴んでいた。その瞳には寝起きだというのに警戒の色がにじんでいる。

「どこに行くつもりだ」

 それから、そんな風に言って強く手首を握った。少し痛くて驚いたけれども決して逃がさないという強い意志が感じられる。

 ……こんなに急に起きられるなんて体のどこかにスイッチでもついてるのかしら。

 ふとシェリルはそんな風に思った。そう思ってから、自分の正常さに驚いた。

 先ほどまではあんなにすべての事が恐ろしくて堪らなかったというのに、ぐっすり眠って時間をかけて事実を受け止めると、あの場所に帰る理由などない事をやっと理解できる。

「俺のモンだってまだ理解できねぇってんなら、いくらでも教えてやる」

 言いながらジェラルドはシェリルを引き寄せる。難なく引っ張られて彼の胸元にボスンと収まると温かくて甘い香水の香りがする。昔はこんな匂いしなかったけれども、それでもあのジェラルドだ。

 シェリルの大切な幼なじみ。

 彼は、シェリルの夫になったのだと教えてくれた。それはとても……良かったと思う。

「たとえお前が何も分からねぇぐらい壊れてんだとしても、俺はかまわない」

 抱きしめられたままベットに寝かされて、ジェラルドがシェリルを押し倒したような形になる。苦しげに紡がれる言葉を聞いて、彼は例え自分が正気を取り戻せなかったのだとしても、この人ならばシェリルを見捨てたりしないと思える。

 ……ジェラルドなら安心ね。ジェラルドなら……。

 そこまで考えて、やっと涙が出てきた。純粋に悲しくなって辛かったという気持ちがこみあげてきて、大粒の涙がシェリルの頬を伝ってシーツにしみ込んでいく。

 ……ジェラルドなら、私を愛してくれる。

「シェリル? なんで泣いてんだ、怖いのか」
「……」

 聞かれてシェリルは首を振った。怖くはない、しかし泣かずにはいられなかった。もう安心できるのだとしても今まであったことは衝撃的なことばかりで耐えられない事ばかりだった。

 でも、今はもうきっとそれは過去の話、今の出来事ではない、ジェラルドはそれを過去にしてくれた。

「っ、違う、違うの」
「じゃあ、どうしたんだ? どこか痛いか?」
「ううん」

 心配する声にすぐに首を振って返す。何と言ったらいいのかわからないけれども、それでも言わなければならない事があるはずだ。ジェラルドならあんな風にシェリルを捨てたりしない。

 もう安心できる。

「……ジェラルド」
 
 名前をかみしめながら呼ぶ。彼は驚いたような顔をしていて、シェリルは真上にいるジェラルドに手を伸ばした。

 頬に触れてみる。疑問符を浮かべながらシェリルを見据えるその赤い瞳は恐ろしい色だけれども彼が優しい事は知っている。

「目が覚めたの。……迷惑をかけてごめんね。っ、助けてくれてありがとう」

 思ったよりもずっと冷静にそんな言葉を言えた。この場所にはシェリルをとらえる兵士もいないし、夜の魔法を使う聖女もいない。彼女がいなければシェリルは自分の体の操縦を失うことは無いのだ。

 それはシェリルも知っていたけれども、誰にも言えなかった事実だ。それが彼女に対する思いやりだったのか、それとも単に信じてもらえないだろうからなのかは自分でもわからなかった。

 けれども、シェリルは異世界からやってきて何もかも持たない彼女を蹴落とすなんてことは出来なかった。その代わりに自分が蹴落とされても恨みすらわかなかった。

「……なんだ。やっと正気になったかよ。ったくなぁ、手間かけさせやがって」
「うん」
「一応覚悟してたんだぞ。お前が一生狂ったままかも知んねぇって医者にも言われてたし」
「そうなんだ」
「ああ。……シェリィ、迎えに来るのが遅くなって悪かった」

 言いながらジェラルドはシェリルの細い体を力いっぱい抱きしめた。その力の強さが彼の気持ちの強さを表しているようで苦しさすら心地がいい。

「ううん。大丈夫……ジェラルド、ありがとう」

 本当は愛しているなんて言いたかった、けれどもまだ再会してそれほど期間が立っていない。それなのにそんな風に簡単に言ったら軽い女だと思われてしまいそうで、シェリルは再度お礼を言った。

「シェリィ……愛してる」

 しかし、ジェラルドが感極まったようにそういうものだからシェリルもおもわず「私も」と返した。まだまだ正気を取り戻して間もなく、色々なことがわからなかったが、シェリルはジェラルドの腕の中で安心しきって、ほっと息をつく。

 そしてやっとこれからの事を二人で話し合えるのだった。





 
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