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しおりを挟む誰もが拒絶している聖女ファニーにオズワルドだけが近づいていって、かまってやって、良い子ぶった偽善者、そんな風に言われて子供たちの秩序を乱す人間だと虐められるかもしれない。
ファニーと同様に知恵遅れだと烙印を押されるかもしれない。それでもオズワルドはまったく躊躇なくファニーに声をかけた。
「……ごきげんよう、聖女ファニー。今はひとりなのかな?」
側に寄って声をかけると、ファニーはぱっと顔を上げて、それから、自分よりも随分年下の子供に話しかけるみたいに、あやすような声でそう声をかけたオズワルドにファニーは「うん、どうもね」と平坦に返した。
そのまったく想像と違う反応にオズワルドは面食らいつつも、空いている椅子を視線で示し、「同席しても?」と聞くとファニーはクッキーを口に運びながら「ほうぞ」ともごもごしながら言うのだった。
オズワルドは目の前に座って、真正面からファニーを見据えた。彼女は満足いくまでクッキーを食べると、指先をペロッと舐めてそれから、向かいにいるオズワルドの事を見てハッとしてから、指先を膝の上のナプキンで拭った。
「あはは、最近あんまり人とご飯食べないからついね」
それから、適当に笑うのだった。口を開けてへらへらと。それはまったく貴族らしくない品のない行為であり、言葉遣いだって所作だって丁寧じゃない。それなのに、まったく嫌悪感を覚えなかった。
「問題ない……けど……」
「そっか、よかった。ところで名前は?初対面でしょ、私たち」
彼女は人差し指でポリポリと頬を搔きながらオズワルドにそういった。何故か恥ずかしそうにそう聞いてくる彼女に、きちんと名乗ろうかと、考える。
聖女である彼女には、目上の人間に対する初対面の挨拶として立ち上がって家名までお辞儀をしながら言おうかと思ったが、そういう固い雰囲気をまったくもってファニーは持ち合わせていなかった。
「……オズワルド」
「そっか、じゃあオズ君だね。私の事はファニちゃんって呼んで」
「え」
オズワルドは彼女が会話し始めてすぐに、自分の名前を短縮して呼んできたことにも、自身を愛称でわざわざ呼んでなんて言ってきたことにも心底驚いた。常に貴族らしく人の上に立つものらしく、そう教えられてきた貴族としての常識が彼女にはかけらも感じられない。
「そ、そんな風に普通は、始めて知り合った人と呼び合ったりしないんだよ」
まったく話もできない、と聞いていた聖女ファニーだったが意外にも、貴族らしくはないけど普通に会話ができたことによってオズワルドは混乱して窘めるようにして言ってしまった。
こんな風に他人の言動に口出ししたりするのは、面倒事しか生まないというのに。
……しまった、嫌な顔をされるかもしれない。
「なんで?」
しかし、オズワルドの予想に反してファニーは首をかしげてオズワルドに聞いてきた。それにオズワルドも当たり前のこととして返す。
「何故って、相手に失礼だからだよ」
「……いいじゃない。そんな程度で失礼だなんて言う子供と付き合いたくないし。オズ君もそうなの?」
そう言われてまっすぐとみられてオズワルドは、そんなことないとフルフルと首を振った。
「じゃあ、良いでしょ?こっちの世界の子供ってみんな堅苦しくてやんなるよう」
「……こっち?」
「あ、や、あはは」
オズワルドは微妙に引っかかることを言われて聞き返すと、ごまかすようにしてファニーは笑うのだった。
そして、これが彼女が意味の分からない事を言うという言われている原因なのか、とも思うが、実際は思っていた以上に気にはならない。むしろ、オズワルドにとって、厳しい母よりも、あらさがしをしてくる兄妹よりも、常に監視し合っている仲間たちよりも、彼女の気楽な話し方の方がずっと心地よかった。
「それにしても、最近誰も声かけてこないから、や~と収まったと思ったのに、また求婚なの?」
それから、彼女はめんどくさそうだけど、少しだけ嬉しそうに言った。
実際のところは彼女自身に、決める権利がないのだと周りから悟られて誰からも言い寄られなくなっただけであるが、ファニーはそんなこととは露知らずに、少しだけ面白がるようにオズワルドの事を見て「じゃあ、これを見破ってみて?」と彼女が両手を出した。
「見破る?」
「そうそう、スリー、ツー、ワンッ!」
変な掛け声を上げてファニーは手をパンと叩いた。そうすると次に手を開いたときには手のひらサイズの花がひらひらとテーブルに舞い落ちた。
「……魔法だよ?」
「違う違う!テジナだよ!」
「魔法っていうんだよ?」
「え、ええ?頑なだなぁ」
土草を扱う魔法を使ったに違いない、そう思って、変なことをいうファニーにオズワルドは訂正してやった。しかし、オズワルドが間違っているみたいな反応をされてまったく腑に落ちない。
しかし、その顔をみてファニーは「あははっ」と軽快に笑った。まったく困惑しているオズワルドを楽しんでいるような笑い声に、オズワルドだって意味が分からなかったけれど、笑っている彼女に悪い気はしなかった。
けれども、そんな二人のやり取りを周りの貴族の子供たちは遠巻きにしながら見ていて、周囲の視線はとても厳しい。
ひそひそという噂話、責める様な視線。それらはどう考えてもファニーとオズワルドの二人に注がれているのに、ファニーはまったく気にしていないようでまたクッキーを一枚食べて口をもごもご動かす。
……気がついてない?……でも、多分、この子は普通の子なのに。
今まで話しただけで、確かに普通の貴族ではないと感じる。 しかし変わり者というだけで、皆が言うような、人間扱いされないような知恵のない人ではないことがわかる。
普通に話が出来て、普通に暮らしている。
それなら気がついているのだろう。
「う~ん。きっとずっとタネとシカケがあること誰も見破れないんだろうなぁ、残念」
そんな風にいうファニーはどこか抜けていて、そんなだから誰の仲間にも入れてもらえず、誰かの不興を買うのだと思う。
「あ、そうだ。それなら教えてあげようか?簡単にできるよ?」
そんなファニーに誰も巻き込まれたくないから一人孤立していて、そんなに能天気に何も考えていないから、彼女は自分の意志でなにかを決める選択肢を奪われた。
もうすでに他人に翻弄されるだけの人生が決まっていて、きっと碌なところへ嫁に行けない。きっと金だけは持っているような性格の悪い貴族のところで一生を搾取されるのだ。
……そんな人生、僕はごめんだ。
そう見下して切り捨ててしまうことが一番、得策だった。なんとなく話しかけてしまったけれども、彼女は何か気高い思考の末にこうしているわけでもなく、本当に頭がおかしいというわけでもなく。ただただ、目をそらして自分の不都合を知らないふりをしているだけの弱者だ。
そんな彼女に興味が無くなった、そんな風に自分を納得させてこの場を離れればよかった。けれどもドレスの袖から、謎の仕込みを出して「ここが肝なんだけど」と説明し始めた彼女が楽し気で、オズワルドは自分の人生を否定されたような気がして、思わず口に出した。
「君の結婚は君の両親が一番お金を払った人に譲るって公言してるから、君は結婚相手を選べないよ」
「……なぁに、突然」
「それに、その相手に何をされても君は何も言えないし、貴族社会で発言権がないんだよ?そんな変なことしてないで、自分の身を守るだけの地位をまずは……確保しないと……生きて、いけない」
一度口にすると止まらずにオズワルドは最後まで言ってしまってから、ハッとしてファニーを見た。彼女はやっぱり不思議そうな顔をして、それから、オズワルドの指摘に少しだけ困ったように笑うのだった。
「……そうかもね」
気の抜けたような同意に、譲られたのだとわかった。こんな間抜けなことをしているのに、ファニーはオズワルドが急にむきになっていったことにも怒ったりせずに簡単に譲った。
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