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しおりを挟むオズワルドがファニーに初めて出会った時は、爵位継承権の争いのまっただ中で立場も安定せずにいつ、家族の誰にどのように害されてもおかしくないような時だった。
そんなとき、幼いころからのつながりが将来的にいつどこで役に立つかわからないので、どうしても息子に爵位を継がせたかったオズワルドの母親は、様々な相手とツテを作らせるためにあらゆるパーティーに参加していた。
ベレスフォード公爵家の属している派閥以外のパーティーにも積極的に参加するのはいいものの、そんな場所でまだまだ十歳になったばかりという子供のオズワルドは危険な目にあうことも稀ではなかった。
そんな状況の中でオズワルドも生きることに必死だった。誰かに殺されないために、毒の味を覚えて、知識を増やし、どんな人間が危険なのか、他人をよく見て判断し、貴族らしく簡単には信用しない。
自らの邸宅でも、出先でも常に気を張って子供同士の交流の場でも、侮ることなくオズワルドは常に話の流れに沿い、敵を作らず、印象を悪く感じられないように笑顔を浮かべて、相手に取り入った。
しかしそれは別に、母親の願いを叶えてやるためなんかではなくて、ただ生きるためにこなしていた。本能的に自分が投げ出せば、待っているのは死だと理解していた。
そんな恐怖の中で出会いを果たしたのは、幼い王子が開催した懇親パーティーだった。
王子としての資質をアピールするために、貴族に向けて開かれたものであり、そこには将来の王子妃の座をねらう貴族の女児がこれでもかと着飾って集まっている。
しかし、だからといって男児がいないわけでもない。王子とのツテなどあって困るどころか、オズワルドのように立場の安定しない子供は喉から手が出るほど欲しいものだ。そんな子供もこぞって参加しているパーティーだった。
子供向けのパーティーだと称されていたが、実際は子供たちを連れてきた親たちもすぐ近くのホールで懇親を深めていたので、そちらでも様々な思惑が交錯しあい、会場はまさしく戦場のようであった。
一歩間違えれば、派閥同士の論争に巻き込まれかねないし、また一歩違えば王子にすり寄るための踏み台にされるかもしれない。そんな状況で、ファニーは聖女という立場があるのに、そのくくりで固まっている女児たちとはともにおらずに、ぽつんと一人会場の端の方で一人で座っていた。
一人ぼっちのその背中を見てオズワルドは妙な子がいる、そう思った。
それから、落ち葉色の髪とべっこう色の瞳で彼女が聖女ファニーだと気がついた。
……あれが、噂に名高い、愛の女神の……。
見た瞬間にオズワルドは、彼女のまったく擦れてない眼差しに驚いた。こんな場所で一人ぼっち、きっと仲間外れにでもされたであろう彼女なのに、まったく気にせずに、もくもくとただひたすら食事をしていた。
本来ならば、もっと有力な相手に、オズワルドは声をかけるつもりでこの場に来ていた。王族はもちろん、将来の結婚相手によってもオズワルドの家での立ち位置が変わる可能性もある。聖女とまではいかなくても、よい血筋の子が欲しい。
それがオズワルドの生きる道だった。
しかし、聖女といえども、ファニーは論外。それは何故か。
たしかに、ファニーは聖女ではあるが、彼女に接しても意味などない。
分かっているのにオズワルドは、ギラギラした目をして、自らの利益と命の為に騙し合い、けなし合い時には殺し合う、彼らの元で、自分も負け犬にならないように一歩でも引くわけにはいかなかったのに、彼女のいるテーブルへと一歩を踏み出した。
「あ、オズワルド。やめときなって」
ジュースを飲みながら今までオズワルドと大人のように立ち話をしていた少年が、ふとオズワルドを呼び止めた。
彼はオズワルドと同じく公爵子息であるが、オズワルドと違って爵位継承権を約束されている。彼の協力を取り付けられたらきっととても母に褒められるだろう。
「そうよ。あの子って……ね?」
察してほしいとばかりに、侯爵令嬢がくすっと笑いながら言う。彼女はオズワルドを好いているなんて言って来ているが、親に言わされているのだろう。オズワルド的には彼女の親の人脈には目を見張るところがあるので将来の彼女の技量次第だと考えている相手だ。
「あれを愛して愛されたら加護を与えるだなんて女神さまも、酷いよな」
すこし、過ぎた言動をしている彼は、オズワルドたちより少し年上の青年だ。彼は身分こそ高くはないが、魔法と剣技の才能が素晴らしい、もう少ししたら、最年少で騎士叙勲もあり得るかもしれないなんて言われている有望株だ。今後も付き合っていきたい。
そんな彼らは、あそこで一人でいる、小さな女の子をそんな風に言って笑う。そしてこの場で声をかけて、自分たちの仲間内に入れてやるにはふさわしくないと烙印を押しているのだ。
何の利益にもならないし、何なら害にもなるかもしれない。足手まといの価値無し人間。そんなことよりも、どうやって、誰に取り入ろうかそんなことばかりを考えている。
……それは別に悪くない。
だって、聖女ファニーは……女神さまのいたずらで、知恵が遅れてるらしいし。
遅れてるなんて言っても、後から普通の人間のように、僕たちみたいに普通の貴族になれるんじゃないんだって、母様は言ってたよね。
彼女は、普通に生きられないいわば欠陥品。十歳を超えても碌に、まともな会話もできないらしいし、伝わらない造語を話したり、頭のおかしい行動で人を驚かせたりするらしいのだ。
そんな子供が貴族の中で生まれたら、こっそりと捨ててくるのが当たり前、しかし、彼女はどうしてか愛の女神の加護を受けて生まれてきた。それは本人がどんな人間でも価値のあることで、彼女の両親には、ぜひうちに嫁に貰いたいと声が沢山かかっている。
しかし、本人には誰も近づくことは無い。それは知恵の遅れている彼女には、自分で決める力がないからだ。だから、貴族らしくすら振舞えず、なんの価値も生み出さない聖女ファニーは、子供たちから遠巻きにされていた。
そして子供の心のなかにも明確に差別の気持ちという物が存在する。
自分たちが必死で我慢をして努力をして誰にも殺されないように、より大きな利益を得られるように常に頑張っているのに、それをなんの努力もできない脳無しに恩恵を与えたくない。
そう思って、それは顕著に行動に現れる。
彼女がそうして一人でいることによって、悪漢にさらわれる確率が高くなったり、誰にもいざというときに助けてもらえないリスクを背負っているのだとしても、誰も決して助けてやったりしない。
そしてオズワルドだってファニーを一目見るまでは、その殺伐とした世界の一員で他人をまったくもって損得でしか見ていなかった。けれども立ち話をしていた仲間内を置いて、オズワルドは、一歩進めた歩みを止めなかった。
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