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しおりを挟むカーティスは、しばらくはオズワルドをじっと睨んでいたけれども、ふとファニーに視線を向ける。その表情はまごうことなく恐怖におののいたような表情であり、その顔で、ファニーは今、自分がどんななりをしているのかを思い出した。
自分でも力作の魔法だ。どこからどう見ても死体に見えるようにファニーはなっていて、今までの騒動でもまったく微動だにしない姿に、ありありと死を感じて、出来るだけこの場を早く去りたいと彼が考えるのだって自然だと気がついた。
……きっと彼は犯人じゃない。犯人ならこんな風に死んでるところを見て、そんなに怖がったりしないはず……。
もはやファニーも自分が殺されたという体を無意識のうちに受け入れてしまってそんなことを考えるのだった。
それだけ今の状況は殺人現場らしくカオスであり、カーティスがオズワルドやシャーリーの無言の圧力にも、双子の言い合う喧噪にも耐えられなくなって、決定的な言葉を紡いだ。
「じゃあ、犯人が見つかれば、いいんだな! たしかに、どうせプリシラはやってない!!」
今一番有力候補であるプリシラを犯人ではないと断定する。
一度、吐いた言葉は止まらずに、ファニーから視線を逸らして、カーティスは、机に両手をつき、考えるように俯いた。
「俺はプリシラに、ファニーを娶った後にプリシラも娶って彼女を正妻に据えてやるなんて約束してやった!! どうせプリシラが、両親にそんな提案をしていたのは、俺がそういう前だったんだろッ!!」
彼は、吐き出すようにそう続ける。
「ただの遊びのつもりで言った、ファニーさえいなければなんて言葉をプリシラは信じて、殺人の計画を俺にも明かしてきた。その時点でそう言ってプリシラは納得させた!!」
「……なるほどね」
「馬鹿な女だ!!ファニーがいなければ俺に目をかけてもらえすらしなかったくせに思いやがりやがって!!」
……その子は今この空間にいるんだけど……。
ファニーがそう思って、くだんのプリシラに視線を向けると、今までセオドアに向かって怒りまくっていたプリシラが、ぐるっとカーティスの方を見て、ものすごい形相で見つめた。
……お、怒ってるよう……。
「本末転倒なことをほざく馬鹿だ!!ただし、オズワルド様が言うように、今ここでそんなことをするだけのっ、知恵も度胸もないっ!!」
声を大にしてされる侮辱に、プリシラの顔はどんどん怒りの色が濃くなっていき、見ているのが怖いぐらいだ。
「だったら、誰が、ファニーに手をかけたか?! そんなのお前もわかってんだろ!!ファニーが今死んでもよくて、いやむしろ!! 今死んでほしいとすら願ってたのは、ベアトリクスしかいない!!!」
カーティスはばっと顔を上げ、彼女に指をさした。視線は、彼女に集まり、ベアトリクスは、口元に当てていた豪奢な扇子をぐっと握りこんだ。
「王子との婚約パーティーのときっ!!ファニーは言った、実は心が読めるのだと!!ファニーに気がつかれないようにファニーの悪評を流したり、ファニーがいないところで悪口放題だったのに釘を刺されたんだ!!!」
……釘?え、あ、????? や、たしかに言ったけど、皆、手品だってわかってるんじゃ……だってめっちゃ簡単な手法だよ??ありきたりなやつ。
ファニーはそう混乱しつつも、横目で、ずんずんとカーティスに向かって言ってるプリシラを見た。彼女はセオドアに止められても、まったく引く気配がなく、カーティスに積年の恨みでもこもっているかのような目線を向けていた。
「お前はいいよなっ!!友人の立場でずっと愛の女神の加護を受けていた、その恩恵で魔力量が多いのを王族に売り込んで、玉の輿だ!!でも、しくじったファニーに気がつかれたお前は、王族にその事実を知られる前にファニーを━━━━
そう言いかけた時には、プリシラが走り出して、カーティスにお得意の平手打ちをかましていた。半狂乱になるようにプリシラがその胸ぐらにつかみかかる。
「あんたも!!セオドアも!!しんだらいいのよぉっ!!!」
「っ!?このっ誰の顔を殴ったと思ってる!! 醜女のくせに俺にちょっかい出してもらっただけありがたいと思え!!」
「申し訳ありませんっ、申し訳ありませんッ!!」
セオドア、カーティス、プリシラは三者三様に怒ったり謝ったり逆上したりしながら、くんずほぐれつもみくちゃになった。
その乱れ用は、普段から貴族の態度とはどんなものかをファニーに説いてくるその姿とはかけ離れていて、酷い有様であり、衣類は乱れて、髪を掴み合い、唾を飛ばしながら怒号を上げている。
…………お、おう。
すさまじい光景にファニーはもう、そんな感想以外思い浮かばずに、ドン引きしてしまった。だって皆、元は自分が蒔いた種だろう。ファニーが教訓にするとすれば、悪いことはするべきじゃないという事ぐらいだろうか。
自らが欲望のために蒔いた種、それがひょんな形で自分の元へと降りかかり、最終的には自らの首を絞めている。
まさかファニーが死んだことによってこんな事態が起こるなんて誰が想像できただろうか。
そして、最後にどうやら、聖女殺しの容疑を一番、濃厚にかけられている親友の元へと視線を移した。彼女もまたどうやら、自分の蒔いた種によって苦しめられているらしい。
しかし、ファニーは、べつにベアトリクスが誰にどうファニーの悪口を言っていようと気にならないので、特にそんな暴露された事実などどうでもよかった。
だから、そんな少し性格の悪い事をしていただけで、殺人なんか起こすわけがないそう思えた。
けれども、ひとには人の考え方があり、ファニーがそう思っていても、そうではないと頑なに考える人間もいる。ベアトリクスは、扇子を持つ手を震えさせ、長い逡巡ののちに、ぱしんとその扇子をテーブルの上に置くのだった。
「…………こんな、ところで……」
そんな一言からベアトリクスの言葉は始まった。歯ぎしりの音が聞こえてきそうな気迫のある声だった。
「わたくしの人生を台無しにされるだなんて、とことん腹の立つ……」
怒りと恨みのにじみ出るような声、しかしながらそれは誰に向いているのだろう。
ファニーにはそれはわからなかったけれども、死体になっているファニー自身に視線がむけられて、初めて自分に向いているのだと理解した。
……ええ、お門違い。わ、私、何もしてないと、思う。
ファニーはただただ愉快に生きていただけだ。それはたしかに、誰かに迷惑をかけることもあっただろう。しかし、それでも善良に愉快に、というのがファニーのモットーだ。
驚かせすぎることがあっても、恨まれるようなことはしていない、他人の祝い事を楽しくしようとはしても、不幸をあざ笑ったり、貶めたりはしていないのだ。
「こんな、頭のおかしい子なんて、誰も寄り付かないからわたくしが目をかけてあげましたのに、恩をあだで返すなんて」
たしかに、幼いファニーに近づいてきたのは彼女の方からだった。しかし、ファニーはそれを恩にも感じていなかったし。ただ、友達ができたなとしか思ってない。
「そのうえで、得体のしれない秘術を使ってわたくしの事を暴き立てて、こともあろうかそれをわたくしにひけらかして脅してくるだなんて、この大切な時期に」
「……ファニちゃんがそうベアトリクスに言ったの?」
「言わなくともわかりますわ、あのあざけるような顔ッ、ここから王妃の座を目指すわたくしからすべてを搾取するつもり、そんな顔で、あんなことを言われたら」
心底悔しい、そんな様子でベアトリクスは、ファニーをにらんだ。
……普通に笑ってただけだと思うんだけど……ていうか一言も私は言ってないんじゃん、そんなこと。なんてこった。
ファニーの方は酷い思い違いと彼女の被害者意識に驚くを通り越して、なんだか悲しくなってきた。
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