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しおりを挟む彼は、いつもと違うカーティスの姿に、驚いて一歩引いた。それもそのはず、今にも襲い掛かってきそうな風貌をしている彼に、怒鳴り返しでもしたら相当な事件に発展するだろう。
……私は死んでるから被害がないとしても、これはまだ成人もしていない箱入り息子のセオ君にはこわいだろうな!!そんで、結婚してこの人とうまくやれるかな!!私!!
そんな風に少々不安になるのだった。
しかし、カーティスはセオドアが怯んだのをいいことにさらにヒートアップする。視界の端で椅子に座ったまま「みぐるしいったらないわ」と自前の扇子で口元をかくしながらそう言うベアトリクスの姿が見えた。
「あんな頭がおかしい女を金を払って貰ってやるって言ってんだから、大人しくしてればいいものを!!! 目障りにこそこそ探りまわりやがって━━━━
彼が言いながらセオドアに迫ると、その間で一緒になってセオドアを睨んでいたプリシラがぱっと動いた。
くるっと身を翻して、しなだれかかるようにしてプリシラは、自分より一回り大きいカーティスの胸元へと飛び込んだ。
「もうやめてぇ!!!」
それはさながら少女漫画のヒロインのような声だった。外見から声まですべてが双子のセオドアとまったく同じのはずのプリシラから、どこからどうしてこんな声が出ているのか甚だ疑問ではあったが、トスッとファニーの婚約者であるカーティスの胸におさまった。
それからウルウルとした瞳でカーティスを見上げて、今度は、先程とは打って変わって、頬を膨らませて眉をしかめて他人からの見え方を考えているような怒り方をした。
「カーティス様、良いんです!!ばれてしまっても、だからそんなに、争わないでぇ!!私の為に!」
と、大きな声で言うのだった。
そしてその言葉に、その場に居たプリシラ以外の人間は、みんな少し首を傾げた。そんな話はしていなかったと思うのだ。彼は、プリシラを庇うために怒っているわけではないと思うし、彼は保身のために話題をすり替えようと必死だ。
自分がやったことを棚に上げて、自分は騙されたんだと、姑息な手段で陥れられたのだと必死に主張している。
というか結局、大本のファニーを殺したかもしれないという話はどうなってしまったのだろう。
なんて、死亡ドッキリを仕掛けたファニー自身が疑問に思った。
「でも、知らなかった貴方が、それほどまでに私の事を愛してくれていただなんて……姉様を手にかけてまで、愛情を示してくれるなんて……」
プリシラは一人でラブロマンスの世界に浸りながらしっとりという、そんなプリシラはカーティスの顔を見ていなかったので気がつないようだったが、彼はそんな事の為にファニーを殺してなんかいないとすぐにわかる表情だった。
……あ、いや、私はそもそも誰にも殺されていないんだけれども。
忘れがちになってしまうそんな思考をしてから、じゃあどういう話なんだと彼らの話し合いに参加したくなったが、カーティスの表情の意味が理解できていない、自分に都合のいいようにしか、相手の事を受け取れない、人間がいた。
「そ、そうです!!!だから、プリシラと一緒になりたい、だけれど、自分の結婚歴に傷がつくのが嫌だから、婚約のうちに姉様を殺してしまいたかったんですよねっ?」
彼らは流石一卵性の双子だと思わざる得ないばかりの現実曲解でそういい、各自、自分に都合のいい解釈をしてカーティスに詰め寄った。
……確かに、それでも筋が通らないわけでもないけれど……。
ここまで豹変した彼が、そんなことの為にファニーを殺すなんて言うリスクしかない行動をとるのだろうか。そんな疑問に答えを出すようにカーティスは、追い詰めたようにそう言ったセオドアを真顔でしばらく見て、その真っ黒な無慈悲な瞳を歪めて「はっ!」と馬鹿にしたような声で笑う。
「誰が、こんなプライドばかり高い女を娶りたいと思うってんだ」
ドスの効いた声でそういい、彼は、思い切りプリシラを突き飛ばした。
「きゃあっ」
彼女はまだ子供であり簡単に男性の力に押されて、バランスを崩し、花壇につまずいて、背の低いバラの木に突っ込んだ。
綺麗に結い上げている金髪は薔薇の棘に引っかかり髪が乱れて、繊細なドレスのレースがびりびりと音を立てて破けた。
「っ、……」
擦り傷になって血がにじんでいる手のひらを見て、それからプリシラは、信じられないものを見る様な目で、カーティスへと視線を移した。カーティスはそんな彼女を見下ろすばかりで、助けようともせずに尊大に腕を組んでまた小さく舌打ちをする。
誰か転倒したプリシラを助けてあげればいいのに、誰一人として彼女に手を貸さなかった。それだけ皆、自分の事にしか意識が向いていないのか、それとも、元からこういう人達なのか。
まあしかし、ファニーだってそんなこと気にしない、だって時と場合に寄るだろう。今のは突き飛ばしたカーティスだって悪いけれどもプリシラだって、ファニーの婚約者を婚前から奪っていたのだ。ファニーが助けたいと思わなくても誰も文句なんて言わないはずだ。
……それに、難しい事はあんまり私わかんないしね。なにがどうあれ、カティ君の変わりようがすごい。
「カ、カーティス様?」
か細い声でプリシラは彼を呼ぶ。それに彼女は、恋愛ドラマならば最終的に痛い目に遭って退場するような事をやらかした人間だ。それが今起こっただけだと思えば薔薇に突っ込むぐらいいい教訓だろう。
プリシラをカーティスは静かに見下ろして、それからまったく当たり前の事みたいに、へらっと笑って言う。
「メルヴィル伯爵家に相当の出資をしているんだ、おまけぐらい貰ったって釣りがくるだろ。誰が本気になるか」
……想像以上のクズっぷり、凄いなカティ君。私びっくりだよ!!!
「カーティス様!そ、それは流石に聞き捨てなりませんよ!」
すぐにセオドアが焦ったようにカーティスにそう切り返した。しかし彼はまったく動じずに、カツカツとセオドアの元へと向かう、先程セオドアが言ったような言葉を、囁いた相手のはずであろうプリシラの事など無視して至近距離でガンをつけるようにカーティスはセオドアに詰め寄った。
「そんなことより、お前だお前! よくも俺をだまして陥れようとしてくれたな」
「っ、」
「せっかくの聖女を駄目にしてくれてどう責任取るんだ」
「そ、それは」
「そこのメイドの証言で、お前たちの魂胆は明るみに出たんだ!! 今更知らなかったとは言わせないぞ?!」
至近距離で怒号を浴びせられたセオドアは見る見るうちに青白くなって、誰かに助けを求めようと咄嗟に、ファニーたちの方を振り返った。
ファニーの隣にいるメイドのシャーリーもファニーの為にセオドアを告発するような人間であるし、その反対隣にいるオズワルドは何故だか犯人がいると確信している意味の分からない行動を取ってる人間だ。
最後にベアトリクスは如何にも不機嫌そうに「耳障りな声を出さないでくださいまし」とだけ言って、自分が関係ない状況だからとチョコレートをパクッと口に一つ運んでいる。
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