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しおりを挟む過労だとか、栄養失調だとか、そう言うものでも人間は意外とあっさり死ぬ。しなくてもいい無理なら、しない方がいいに決まっているし、夜、ぐっすりと眠れるのなら、そうするべきだ。
ヴァレールが死んだ家族への贖罪として、自分の許容量を無視して仕事をするなら、俺はどうやって止めるべきだろう。
深く事情を知っているわけでも当事者というわけでもない、俺は部外者だ。
無理するな、と口に出すだけならば、言って無いのと一緒だ。あいつ自身だってそんな事はわかっているだろう。
ノックをせずにヴァレールの執務室に入る、最近はこの時間でも寝室に居ることはほぼない。いつもここだ。
先ほど出てきた時は椅子の上で眠りこけていたが、起きただろうか。
ぎっと扉の開閉音がなって、扉から顔を覗かせると、アルフレッドが驚いた様子で、こちらに顔をあげる。
「どうかしましたか?シリル、急用ですか?あと、ノックはしてください」
「……すまん…………」
「……シリル?」
中に入って扉を閉める。ヴァレールに視線を送ると、彼は起きて居て俺の方を見た。
視線で察してくれたのか、彼は口を開く。
「……最近は構ってあげられていなかったからね、キリのいいところで寝室に行くよ、君はそちらで待っていなさい」
「わかった」
こちらから行けば、構ってくれる気はどうやらあるらしい。返事をして部屋から出る。
彼の寝室へ向かい、ベットに座ろうか、ソファに座ろうか迷ったが、しばらくウロウロして、窓辺にほほずえをついた。
窓を開けると、ここで彼が人を打ち殺したことを思い出す。まったく、痕跡は残っていないが、また誰か侵入して来るんじゃないかと、少しゾッとして閉める。
……結局、俺は、あまり、襲撃者の対応はしていない。バラしはするが、日常的な業務と、この寝室とを行き来しているだけだ。
そのくせ、特に過剰な労働もしていなければ、殺しなんかもしていないのに、金ばかりよこされる。
守られているんだろう。子供でもないのに、失敗は許されるし、みんな対等に話してくれる。いつか、俺も戦闘に加わりたい、屋敷にも慣れたし、夜ならば、不特定多数の人間には負けない自信がある。
同じように、この場所を背負って、仕事を続けていけたらいい。
何だかんだと言っても、多分この場所が気に入っているのだ。
物思いにふけって窓の外を眺めると、今日は月は出ていなくて、星がよく見える。
どれがなんの星かなんて全く分からないのに、眺めていても飽きない。
どのくらい時間が経ったのか、背後で扉の開く音がした。
足音からしてヴァレールだ。
「そうしていると、少年らしさが増すな」
振り返れば、彼も同じように、窓辺へと歩いてきて、窓の外を眺めた。
「君は華奢だからか、モーリスと同じぐらいの歳に見えるよ」
「……嬉しくねぇ」
「そうかい」
緩く微笑み、横目でこちらを見る。その目には酷い隈がついていて、なんだか勿体ない。いつもだったら多少マシな紳士に見えるのに、最近はただの草臥れたおっさんだ。
参ってんのかな。やっぱり。
いつもの底の知れない強かな雰囲気もなく、緩く笑っている。
「……君には申し訳ないけれど、しばらくは君と逢瀬を重ねるつもりはないよ。少し立て込んでいてね」
「……」
「君は仕事に励んでくれていればいい、もちろん休みが欲しければ言いなさい、調整する」
それを言いに来ただけだったようで、身を翻して、寝室から出ていこうとする。
反射的にその手を掴んだ。
拒否されている事は、わかっている。俺がここで今何を言っても無駄なんだろう。そんな感じだ、触れてほしくないという思いが露骨に出ている。
それなら、言葉以外で。
不安で、どうしようもない焦燥感と罪の意識で無理をしてまで仕事をするというのなら、そんな事を考えなくさせればいい。
そんな、確証のない、意味の無い感覚に囚われるのならば、考えなければいい。
忘れるほどに夢中になれることをすればいい。
俺が彼に提供できるものはひとつしかない。
気分じゃないのなら、スイッチを入れてやるだけだ。
「飽きたかよ、クソ野郎」
出来るだけ、不快に見えるように笑ってみる。
あんたが俺に、いつもの非道な事をする正当性を作る。
「所詮そんな程度だと、思ってたけどな。従順になる俺を見てんのは、気分良かったか?挿れねぇのに穴なんか使いやがって、感じるように調教して、満足かよ、変態」
怒るだけか、窘められるか、もしくは。
彼の手を離して、窓の外に視線を送る。面と向かってもう暴言なんか吐けない。先程言った通りに、そういう風に躾られた。
「さては、この間の貴族に俺のこと売り飛ばす気じゃねぇの?あいつ俺の事欲しそうだったもんな、俺はいいぜ、あんたみたいな不能なんかよりよっぽどヨくしてくれそうだもんな」
声が震えそうになって、声量を大きくすることによって何とか誤魔化す。
「こんな風に言われたって、拳ひとつもあげねぇ根性無しに、素直に従ってた自分がバカはがしいや、なぁ、そろそろ、コレ、外してくんね?もう俺は用済みなんだろ?」
奴隷証に指を引っ掛けて、くっと引っ張る。
「それとも、奴隷として娼館にでも売り払うか?まぁ、あんたの変態プレイよりは、マシだろぉな。変なもん突っ込んで来ねぇだろうし、な?いい話だと思わねぇ、俺の事もう使わねぇんだろ?不能野郎」
窓を開けて飛び出したくなった。逃げたい。反応が気になるのに、振り返る事は出来ない。
殴られっかな。てか、ヴァレールって殴んの?そういう事をするイメージは無いが、とりあえず歯だけは食いしばっておく。
「……」
「……」
返事が返ってこず、沈黙が部屋を包む。異常な気まずさに妙な動悸がしていた。
後ろから、彼の大きな手が俺の二の腕を強く掴む。触られただけで、体が震えて、怯えが伝わってしまっているかもしれない。
それじゃ意味ねぇ。
ヴァレールが怒る理由がなければいけないのだ、思い切って、振り払おうと力をこめるが、そのまま腕を背中で捻られて背中に押しつけられ、窓の冷たいガラスに頬が触れた。
「っ゛」
「……珍しいな、ここ最近は、いい子だったから驚いてしまったよ」
「……だまれ」
「まぁ……いい。どうやらわざとの様だし、君の望む通りにしてあげよう」
何とか、視線だけでヴァレールの方を見れば、優しげな口調とは噛み合わない、怖い顔をしていて、息を飲む。
「覚悟は、いいかな。泣いて縋ってもやめないよ」
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