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しおりを挟む明かりを持って物置の扉を開ける。中へ入れば、布をかけられた棚が無数に並んでいる、口元をハンカチで覆ってからそのうちのひとつの布を取り払えば、本棚にぎっしりと詰め込まれた分厚い本が出てくる。
メモ用紙を確認して、本棚の番号から目的のものを探していく。
魔術応用に関する論文集、隣国の歴史書、古文の辞典に……なんて読むんだこれ。
確か、アルフレッドにいつだか教えてもらった様な気もするが、どうにも思い出せない。まぁ、意味は分からなくても同じような題名の本を持っていけばどれかしら当たりがあるだろう。
目的物を見つけ次第片手に積み重ねていく。
この屋敷に来てから、それなりに日にちが経った。仕事や生活にもなれ、こうして一人で仕事をする機会も増えてきた。
ヴァレールから直接仕事を命じられたり、日常的な雑務をこなしたりと割と充実した毎日だ。
やっと、本館の構造も把握出来たしな。
立派な外見だけあり、それなりに複雑な作りをしていたが、仕事であちこちを歩き回っていれば自然とマップが頭に入る。
メモ用紙に書かれている書物を全て見つけてまた本棚に布をかける。
この場所は本館に幾つもある物置部屋のひとつだ。
ほとんど使われて居ないらしく、こうしてたまにヴァレールの使う書物だけを持ち出しに来る。
明かりを消して定位置に戻し、彼の居室へと足を運ぶ、ノックをして部屋に入ると、ヴァレールはデスクで何やら書き物をしている。
「早かったですね、今日はこれで上がって結構です」
アルフレッドの元まで向かい、彼に本を渡すと業務終了を言い渡される。
「わかった」
「お疲れ様です」
「ああ、お先に」
アルフレッドと軽く会話をして、ヴァレールに今日は部屋へ来いと誘われるかと一瞬彼の方へと目を向けると、同じタイミングで彼も顔をあげ、少し眠たげな顔で微笑んだ。
「シリル、寝る前に食堂へ行きなさい」
「……?」
「これから私が良いと言うまで、毎日。いいね?」
「……わかった」
意図が分からなかったが、とりあえず頷く、すると彼は満足したようで笑みを深めて「おやすみ」と口にする。
「……おやすみ」
今日はお誘いは無いらしい、最近仕事が立て込んでいるのか、夜遅くまで起きている事がおおいようなきがする。
暇だったり、忙しそうだったり、振り幅が極端過ぎるとおもう。
彼の部屋を出てさっさと部屋に戻る事にする。夜は特に本館に長居しないようアルフレッドから言われているので、早足で部屋へと向かった。
「お疲れ~」
「あぁ」
部屋に戻るとモーリスが、デスクから顔を上げ俺に声をかける。
部屋着に着替えようとクローゼットの前に立つとモーリスは本を読むのをやめてぐっと伸びをする。
「お前って、割と働き者だよね。疲れない?もう深夜だよ?」
「……別に。……あんたもそれ、仕事見てぇなもんだろ」
「えぇ~、僕のは趣味みたいなもんなのー」
モーリスの読んでいる本は魔術に関連する物だ、たまに筋トレしていたり、俺を相手にチェスをしたりはするが基本はこれだ。
モーリスは出張にも付き添うしヴァレールの仕事に関わる事が多い、知識が必要なんだろう。言動によらず真面目なやつだ。
「そろそろ寝る?」
「いや……よくわかんねぇけど、食堂行ってくる」
「何、食いしん坊なの?」
「ちげぇよ、あいつの指示」
「あっそ~」
「寝てていいぞ」
「はーい」
モーリスは適当に返事をして、また本へと目線を落とす。
俺は部屋着になりランプをもって部屋をでた。
歩き慣れた廊下を進んでいく。
仕事の出張は次はいつだろうか、大体二週間に一度あるか無いか程度だが、今度、モーリスが不在になる時には、部屋を大掃除したい。
相部屋で部屋に他人が居るということには、昔からそんな贅沢を言っていられなかったので慣れてはいるが、こう毎日一緒に居ると、それなりに習慣の違いというものが出てくる。
モーリスあいつ、割と適当なんだよな。
特に襲撃者が来た日だ。疲れてんのは分かるけど、木の床板に返り血を落とすのはいただけない。
確か、血液の汚れを落とす専用の洗剤があったはずだ、それを借りて大掃除がしたい。
血の匂いは拭いただけでは落ちないその血の残り香が、どうにも俺はダメらしい。
俺が細かいんだかモーリスが、大雑把なのか分からないので指摘せずに勝手に掃除をしようと目論んでいる。
しかし、急に決まるからな。出張。それにヴァレールは宣言した通りに俺に貞操帯をつけていくし。
もういっそ、モーリスに直接言えば、素直に聞いてくれそうなきもするが……。どうすっかな。
ぼんやりと考え事をしていればあっという間に食堂へと到着する。
やはり、明かりはついていなかったが、不思議と今日は厨房に人が居るようでそちらから、光が漏れていた。
……で、どうしろってんだ。
食堂へ着けば、何かわかるかと思ったが、見当違いだったようで、首を傾げる。
とりあえず、辺りを見回し、最後にテーブルを見る。
するとそこには、大ぶりのケーキがひと皿置いてあった。それからカードが添えられている。
「シリル……俺?」
俺に向けられたものなのか、自分の名前が書いてある。ご丁寧にフォークまで添えられており、食べろ言われていることだけは分かる。
……なんかの罠か?
こう、食べた瞬間に檻が上から降ってくる……とか、こんな時間に、こんな贅沢なものを食べた罪で捕まったりとか。
何かしら仕掛けがあるのではないかと、ランプをケーキに近づけ、じいっとそのスイーツを観察する。
毒?、もしくは、中にカミソリが仕込まれてるとか。
疑ってかかってみても、みずみずしいいちごと生クリームがふんだんに使われている、ふわふわしいお菓子だと言うことぐらいしか分からない。
疑ってかかっているはずなのに、見れば見るほど食欲をそそってゴクリと唾を飲む。
「…………」
ヴァレールのやつ、ケーキがあんなあるって言って、俺の分ならちゃんと、食えと言っておいて欲しい。
今更彼の部屋へと走っていって、あれ食っていいかと聞くのはダサすぎる。
「…………」
だからといって食べないと……今日がぎりぎり腐らない一日前なのかもしれないし、だから、俺に寄越したのかもしれないし、勿体ないかもしれないし。
もう一度、ケーキをじっと見やる。
見れば見るほど美味そうで、よしとけと理性が静止するが、欲に負けてテーブルに座る。
それにケーキはいつも俺の座っている席に置いてあるんだ、食って怒られたら、素直に謝ろう。もうそれでいい。
フォークを手に取ってケーキに突き刺し、大口開けて口に放り込む。
甘ったるいクリームとスポンジが混ざりあって、何度も咀嚼する度に、いちごの酸味もひろがって、口の中が幸せで堪らない。
「ッ……、」
すげぇ贅沢。本当にこれ、誰かに怒られでもしなければ、釣り合いが取れないかもしれない。
口に入れれば入れるほど、ケーキはどんどん小さくなっていき、どこからか寂しくなりながらも最後の一口を食べる。
コレ、売ってんのかな。また食えるかな。
そうだ、きっと、こういう時のために、金があるはずだ、モーリスからお金を貰ってフロランにでも買ってきてもらおう。
でもこれ、どこの店のなんて名前のものだろうか。味の感想を伝えれば、誰か分かってくれるだろうか。
あまり飾り気は無かったけれど、ため息が出るほど美味しかった。人生で初めて食べたケーキがこれでよかった。
皿まで残ったクリームを舐め取りたいと行儀の悪いことを思いついてしまったが何とかそれはこらえる。
一応、皿を片付けよう。
厨房の手前側にある流し台に持っていく、すると人の気配を感じた。
皿を拭いて置いてから、厨房を除くが、誰も居ないように見える。
フロランなら、声をかけてくるだろうし……まさかコック?
そう言えば、未だに一度も顔を合わせていない。というか、これだけ務めていれば話ぐらいしてもおかしくないはずなのに、いつも、存在を他人から聞くのみで俺自身はどんな奴らかも分からない。
逆に、ここまで顔を合わせないというのは、相手が意図してそうしているのかもしれない。
理由は分からないが、何となくそんな気がした。 けれど、話を聞く限りは悪い奴らでは無さそうだとも思う。
というか、よくよく考えれば、彼らがケーキを作ったと考えるのが妥当だろう。
それで、今は一応、厨房に隠れているのかもしれない。
双子の存在は、よく分からないが、この間フロランから貰ったクッキーのお礼もまだ言っていない。
「美味かった……ご馳走様」
厨房の中に声をかけて、その場を後にする。やっぱり誰かいるような気がするが、いつか顔ぐらい見られるだろうか。
部屋へ戻ろうと廊下を歩き部屋へと近づく、まだモーリスは眠っていないようで、部屋の明かりがドアの隙間から漏れ出ている。
先に寝てりゃいいのに。
待っている意味はあまりないはずだが、何故か少しだけ嬉しくなった。
それから、ヴァレールに言われた通りに寝る前に食堂へ足を運ぶと必ずテーブルにケーキが一つ置いてある。
美味いし、毎度違ったケーキが出てくるので楽しいが、ヴァレールの意図が全く分からない。
一応初日同様に、厨房に声をかけてから部屋に戻るようにしているが、返事が帰ってきた事は一度もない。
チョコだったり、フルーツが沢山乗っていたり、丸かったり三角だったりと様々な種類のケーキを毎日作るのは大変だろうと思っての事だったが、本当に厨房に人がいるのかも定かでは無かった。
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