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「おや、随分とスッキリしたね」
「……」

 ヴァレールの寝室に入ると、彼は感心したように言った。髪のことを指摘されると自分の体が少し強張ったのがわかる。

「……どうした、モーリスと喧嘩でもしたのか?昼に会った時はそれほど落ち込んでなかっただろう」
「うるせぇ」

 不機嫌を隠すつもりも無く、煙草をふかしている彼の元へと向かう。今日は使用人の制服のままだ。部屋の灯りは消えていて、先日と同じような状況に少し緊張する。
 
「冷たいな、モーリスとは親しげに話していただろう、私にも同じようにしていいんだよシリル」
「……」

 煙を吐きながら、自分の隣をタップした、ここへ来いという意味なんだろう。
 ヴァレールと距離を開けて同じソファに座る。彼を見上げると、寂しそうにふっと笑ってそれから俺に煙をふぅと吹きかけた。

「ッ!っ、ごほっ」
「あぁ、すまない、かかってしまったか」
「……」

 わざとだろ。

 煙が目にしみて思わずヴァレールを睨む。彼は意地悪く笑みを深めた。
 
「君にどんな心境の変化があったか知らないが……モーリスとは、仲良くやってくれ、君に仕事を教えられる同じ年代の者はあの子しか居ない」
「……」
「頑なに心を開かないのは結構だがね、君はもう脅える必要は無いんだ。もし、元の生活に戻るのが怖いならそうなる前に一切の苦痛なく私が殺してあげるさ」

 だから、ちゃんと意思表示しろと、言いたいらしい。モーリスと主従でよく似ている気がする。モーリスはあんな言葉遣いでも優しさが分かりやすかったが、ヴァレールの優しさは何というか毒々しい。綺麗事を言わないし、信用できそうな気もする。

「……待ってる、家族がいるんだ。帰りたい、この身分から解放してくれ」

 ほんの少し彼の言葉に魅力を感じてしまったのに嫌気が刺して、それらしい嘘をつく。

 彼の言葉が根本から覆るような事を言えば、少しは動揺を誘えると思った。
 すると、くだらないとばかりに少しヴァレールは表情を歪めて、口を開く。

「嘘はよしなさい。君はそういう目をしていない」
「……チッ」
「舌打ちはやめなさい、また鞭をつかうよ」
「……うるせぇ」

 顔を背けて床を見つめると強引に顎を捕まれ、ヴァレールに覗き込まれる。
 鋭い視線に身を引けば、背中に手を回され逃げる事は叶わない。

「……」

 俺が口を噤むと、彼も言葉を待つように黙り込む。ヴァレールの髪がさらりと落ちてきて頬を撫でた。
 
 俺は無言でいることに、そうそうに耐えきれなくなり口を開く。

「お、お前らが、話せって言ったんだろ。嫌なら俺に望むな」
「シリル……子供のような事を言うんじゃない。君は、言っていいこととダメなことの区別は付いている」
「……」
「わざわざ、それを言うのはただの愚行だろう?辞められないと言うのなら、私が正してあげるよ」

 暗に痛みで、躾てやろうかと言われているのがわかって、体がビクリと反応した。
 でもまだ、素直に従えるような気持ちにはならない。

「いいや、だったら、この首輪外せよ。じゃなきゃ、いつ、手のひら返されるか分からねぇし、怖くてゴシュジンサマには自己主張なんかできねぇよ」
「ふぅ……強情だな。まったく」
「仕方ねぇだろ」
「まぁ、しかし、君の奴隷証は外さないよ」
「やっぱりな」
「君が想像してる理由とはまったく別だと思うが、言った所で分からないだろう」

 含みのある言い方に腹が立つ、その場で説明すれば終わる事のはずなのに分からないと決めつけて、何故こうも俺を見下した対応をするんだ。 パッと手を離されてさらに距離を開けてソファ沈み込む。

「ふっ、子供扱いみたいで嫌かい?なら、ヒントをあげよう、フロランと話してごらん」

 子供扱いという言葉に血が沸騰するような怒りを覚えたが、何とか呑み込んで、ヒントのことを考える。彼の考えが知りたいと言う訳では無い。ただ自分の安全のためだ。

 理解していれば、少しは機嫌を損ねることも減るだろう、そうすれば長く奴隷以上の生活でいられるかもしれない。別に……そんなことも本当はどうでもいいけど。

 頭が勝手に言い訳に言い訳を重ねてこんがらがってくる、難しい話は苦手だ。

「誰だ、そいつ」
「今度、話す機会をあげよう。今日は、これで勘弁して、普通に話をしたらどうだい」
「……汚ぇ言葉使ったらぶつくせに」
「そうだね。打たないとちゃんと話ができない君の為にね」

 この言葉が事実無根であれば、言い返せたが、黙り込む。しばらく考えて自分の髪に手を触れた。

 ……。

 確かに、このまま不貞腐れていたら、部屋に戻った時にモーリスにまた、昼間と同じことを言わせる羽目になる。
 それに、ここまで言い負かされても一人で感情を制御できずに、人に当たるのは幼い言動だと言われても文句が言えないだろう。

 自分の胸元を強く掴んで、ヴァレールの方を見やった。
 奴隷になっても、稀にこういう扱いをしてくる人間がいるから狂っていく。ひたすらに人間扱いされ無いだけならまだしも、希望を与えては裏切られ、如何に自分は自由人に取って軽い存在なんだということを植え付けられる。

 それでも、結局……。
 傷つくのがわかっていようとも、手を差し伸べられると取らずには居られない。
 ……何でなんだろうな。

「一つ確認させてくれ」
「かまわないよ」
「この屋敷じゃあ、俺の立場は他の使用人と大差ねぇ事はわかった。それなりに俺も行動する」
「ああ」
「ただ、俺はあんたとの下世話な関係があるから奴隷でも優遇されてんのか?」

 他の使用人どもと同じ立場に優遇されるとして、それがどういう理由でなのか、単純に気になった。
 そもそも、ヴァレールは使用人と距離が近すぎだ。単純に社会的階級を全く気にしない人間の可能性もある。

「夜の関係がなくとも、同じ待遇は保証するよ。ただこういった関係があるからには、他には無い優遇をするさ、無理をさせれば仕事を休ませるし、その辺りは使用人達にも話は通してある」
「……そりゃ、ありがたいけど……つうかあんた、貴族らしくなさすぎじゃね。使用人もすくねぇし、距離感が近い」
「ふむ……おいでベットへ行こうか」
「あ、ああ」

 ヴァレールからの提案を了承して、ソファを立つ、彼は少し服装を崩して先にベットへと入り、ヘットボードに上半身を預けて座った。
 
「おいで、シリル」

 腿の上を叩いて、こちらに顔を向ける。先日と同じようなことを要求され、黙っていても意味はないと思い、下半身の服を脱ぎゆっくりと彼の上にまたがった。

「覚えのいい子で、私も嬉しいよ」

 彼は俺の腿を緩く撫でて、甘く笑いかけた。
 
 また、子供扱いかよ。親子ほど歳が離れているというわけでも無いのに。納得がいかずにふとそっぽを向くと、窓の外に何か違和感を覚えた。

 真っ暗で、月も見えない曇り空、そんな暗闇の中、さらに黒を誇張したような人影が浮かび上がって、驚きに全身の汗腺がぶわっと開いたような感覚がして咄嗟に口を引き結ぶ。

 ガンッ。

「ひッ」

 大きな音がすぐ側で鳴り響いて、悲鳴をあげる。
 耳を鈍器で殴られたような衝撃に、瞬きをすると、真っ黒い人影は、大きな鮮血のバラを咲かせて窓から姿を消す。

 恐る恐る、音のした方を見ると、片手に銃を握ったヴァレールが、何食わぬ顔で喋り出す。

「驚かせてすまないね。なんの話だったかな……そうだ、何故貴族らしからぬ、主従の近しい関係を築いているのかだったね?」
「……っ」
「今、理解しただろう?君がどれだけ、世間を知っているが分からないが、私のような強い力を持った魔術師は亜人の脅威が去った今、邪魔でしかない」
「……」
「狙われているのだから、わざわざ死人を増やすような生き方は私は選ばないよ。もう、守る妻子も居ないのだから」

 守る者も、もう居ない。そういう彼の目はぼんやりとしていて、とても辛そうに見える。
 貴族と亜人、それから魔術、これは切っても切れない関係性にある。はっきりとしたことは特権階級である貴族は開示する事は無いので分からないが、長年、ネフィア人と敵対していた亜人が無力化されたのが十年程前の話だ。

 亜人の無力化と共に、大きな力を持った魔術師は評価され、高い地位を与えられるが、同時に大きすぎる力を持った厄介者になってしまう。
 それが、ヴァレールの現在の状況だと言われれば、なるほどと思う。

 それは理解した……が、先程起こったことの衝撃が強くまだ片耳からキンと耳鳴りがしていて上手く落ち着きを取り戻せない。

「……君は」

 俺が片耳をおおって固まっていれば、ヴァレールは心底驚いたようで、銃を持ったままの手を俺の方へ伸ばして来た。
 体が勝手にビクついて、彼の手を叩き落としたいような気分になったが、体が固まって動かない。

「驚いた……怖がっているように見える」

 怖く……ねぇよ。怖いなんて思ってねぇ。
 そんな情けねぇこと……。

 頭の中で否定するのに、かちっ、と銃が奴隷証に触れて音を立てた。
 
「ッ!!や、やめてくれ。……」

 目頭が熱くなって、動悸が激しくなる。自分自身を落ち着かせようと短い呼吸を繰り返す。

「……君はどんな理由であれ、人を殺した事があるだろう」
「っ、有る、ある」

 そもそも、何十人も殺したやつの反応じゃない事は、自分でもわかっている。ただ、驚いただけだ。驚くと体が勝手にこうして反抗してしまうのだから、仕方ない。癖みたいなものだ。

 特に銃は、急所を外せても、至近距離であれば回避できない可能性もある、だから……。

「シリル……君は」

 銃になるべく触れないよう背中を丸めた。彼は言い淀んだまま、言葉を続ける事はない。

しばらく時間が過ぎると、徐にヴァレールは銃をサイドチェストへとしまう。そして緩慢とした仕草で軽く包み込むように俺を抱きしめた。

「君がどんな人物なのか。どういう経緯があり、今があるのか……いつか聞かせてくれ」
「……」
「これでも私は、人を大事にする性分だ。……つまり……だから、安心してくれていい」

 安心ってなんだよ。……今は、なんでこんな反応なのか理由は聞かねぇんだな。
 俺が、人を殺すという行為に怯えてるように見えてんだな……こいつには。

 わざわざ否定する必要も無い。それに、抱きしめられたこの体制は、緩やかなヴァレールの心音がかすかに聞こえて落ち着ける。
  
「……いつかな。いつか……」

俺の過去を 話す時が来たら、彼の街に出回っている噂の真相でも聞こうと思う。でもそのいつかなんて、未来永劫無いだろうなと思った。




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