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しおりを挟むカーテンの隙間から差し込むまだ薄い朝日で目を覚ました。
習慣は狂っていない、夢を見ることなくそれなりに休息が取れた。
一応モーリスには奴隷らしく、振舞っておこうと思う。彼がどんな接し方を俺にしてきたとしても、俺は所詮、この屋敷の当主の玩具、一時の遊び相手に過ぎない、不要になれば本来の身分での労働が待っている。
ヴァレールが俺に飽きる前に、奴隷の身分から解放してくれれば出来れば話は違うが……。
モーリスが目覚めるまで、考え事をして時間を潰していると、廊下をカツカツと早歩きでこちらへと向かう音が聞こえた。
ドアの側まで来ると、コンコンと、ノックをふたつ。
「モーリス!朝礼十分前です。起きなさい」
ドア越しの声が素っ気なく届いて、モーリスがモゾりと動いた。
声をかけた人物は、また足音を鳴らして廊下を進んでいく。
「ンー、……」
モーリスはまだ、目覚めない。遅刻して叱責されるのが彼だけならいいが、そうは行かないだろう。ただ、起こせば起こしたで怒り狂う可能性もある。
奴隷が、眠りを妨げるなど何たる侮辱。と何人か前のご主人様に言われて折檻を受けたが、こいつはどうするのか。
……。
暫く迷い、ベットの側まで近づいた。
「……モーリス。朝礼、らしいぞ」
「…………、なに」
「だから、起きた方がいいんじゃねぇの」
すると彼は、布団を跳ね除けるように起き上がった。
「だっ、やばいやばい、遅刻する!」
「……」
「おい、シリル、助かった!って、まだ着替えて無いじゃん寝巻きで朝礼参加すんの?!」
「……何に着替えればいい」
「クローゼットの中!」
モーリスはバタバタと朝の支度を整え、スラックスにシャツの使用人の制服に着替える。
俺も、言われてクローゼットを見てみれば、モーリスと同じような制服が用意されていた。というか全く同じ物な気がする。サイズも俺とモーリスは、似たような体格だ。もしかすると急遽屋敷にやってきた俺に制服を分けてくれたのかもしれない。
何処までも、奴隷をわかってない。同じ衣服を着せたら、付け上がるだろう。
なんだかここまで来ると、モーリスが少し抜けているように思えて、指摘する気も起きない。
袖を通し、髪を適当に括った。
「よし!行くよ、シリル」
「……」
モーリスが俺を振り返り、それから歩き出す。
後ろをついて行くと、簡素な食堂に到着する。恐らくキッチンを中央に挟んで裏側には主人のダイニングがあるのだろう。
「フレッド!お待たせ」
「二分と十九秒遅刻です、モーリス」
「悪かったって、新人にあれこれ説明してたんだから許してくれ」
しれっと嘘ついてやがる。
神経質そうない苛立ちを含んだ声には聞き覚えがあった、さっきモーリスを起こしに来たやつだ。
ジャケットまできっちり着込んで、髪型もぴっしり決まっている。メガネが特徴的だ。
「……あの方にも困ったものですね。そんな小汚い奴隷など連れてきて」
「え、言い方ひど」
「うるさいですね、困るんですよ予想外の異物は!」
彼はギロと俺を睨み、メガネを持ち上げる。
「アルフレッドです。奴隷らしくテキパキと仕事をしてくださいね」
「……」
「……貴方、ちゃんと名乗りなさい。なんと呼べばいいのか分からないでしょう」
「シリル」
アルフレッドは逡巡して、それからすぐに切り替えたように、パッと後ろを振り返った。
「今日は朝食をすませながらの朝礼としましょう。席につきなさい」
「はーい」
モーリスが答えて席についた、既に料理は三人分用意されている。
一瞬まさかとは思ったが、そんなはずはない、この屋敷に来る時に見た大きな城ならば、男性使用人が二人のはずないだろう、モーリスの後ろに控えるように立つと、アルフレッドが不可解なものを見るような目で俺に声をかける。
「何してるんですか、朝食が冷めてしまうでしょう?」
「……」
「シリル?席についてください」
確かに俺の名を呼び、席につけとアルフレッドは言った。
モーリス以外も、どうやら奴隷の扱いが分からないらしい。
従い席につくと、食事が始まる、パンに野菜のスープ、目玉焼きとソーセージまで付いている。
あまりに栄養があり過ぎて食べたら腹を下しそうだが、食べられる時に食べておいた方がいいだろう。
次々に口の中に放り込んで行く。
後々、分不相応な食事しやがってと、殴られ牢に入れられたとしても文句のひとつも出てこないような感じた。食った事に後悔はない。
「フレッド、今日フロランは?」
「朝市に買い出しに出てますよ、双子も一緒です」
「ふーん」
「一応今日の予定を、午後にヴァレール様の注文していた書籍が街の本屋に納品されるので受け取りに行ってきます」
「はい」
「お客様の予定は無し、ヴァレール様は、本日も本館で魔術の開発です」
「はーい」
「朝礼は以上です。何か報告はありますか」
「特になーし」
適当が、過ぎるだろ。いいのか……これ。
モーリスが不審に感じていないので、通常がこれなんだろうが、如何せん、もっと予定があってもいいものだと思う。
当主の予定が、魔術開発で一日終わるというのはどうなんだ。奥方や子息が居なかったとしても、引きこもり過ぎな気がする。
それとも、今日は休日か?
なら納得……ということも無い、貴族の休日だ、来客のひとつでもあっていいと思うんだが。
完食して、二人の食事が終わるのを待っていると、思い出したように、アルフレッドが真剣な声で言った。
「今夜はお客様がいらっしゃるかもしれません。準備を」
「……りょーかい」
モーリスは変わらず返事をする。
俺は不穏な発言に、考えを巡らせる。
何かの隠語だろうな……。夜になってみればわかる話か。
「モーリス、シリルは……」
「あぁ、いいよ。無理だろうし」
「無理なことありますか、殺人鬼でしょう。巷で話題の」
「あれ、知ってたの?」
「先程、名前を聞いてさすがに気が付きました」
アルフレッドの鋭い視線が俺に向けられて、目を逸らす。事実だ、反抗的な態度をとっても仕方がない。
「フレッドはわかってないなー……シリルが出来るわけないでしょ!こう言うのは真に受けちゃダメなんだよ?解る?お前、真面目すぎるんだよ」
「は?」
「ほら見てよ、こんな細腕でどうやって、あの用心深い商人の屋敷を壊滅できるのさ!」
そう言ってモーリスは俺の腕を掴んで自慢げに笑う。
確かにモーリスは俺に比べて、がっしりはしているが大差ないと思う。
それに、現行犯で捕らえられたんだ、言い逃れは出来なかった。俺が確かに殺したがモーリスは無罪だと主張するらしい。そんな話、この神経質そうな男が信じるはずが……。
そう思い、アルフレッドに視線を向ければ、彼ははっと気がついたように目を瞬かせ、顎に手を添え深く頷いた。
「なるほど……奴隷が犯人に仕立て上げられたと言うやつですね」
「そうだよ。まったく、ちょっと考えれば分かるのにさ」
「ふむ、勉強になります」
彼はすっかり信じきって、胸ポケットからノートを取り出しメモを取り始める。一体、何を書くことがあるのか分からないが、求められていない以上、口を出すことはしない。
「では、彼は来客時のヴァレール様のお供という事にしましょうか」
「ン、それでいいんじゃない」
「共有しておきます」
いつの間にか配置を決められ何となく“お客様”と言うのは暗殺者や襲撃のことでは無いかと想像する。
俺は……戦力にはならねぇしな。正直、助かる。
朝食兼朝礼はそれで終了となり、食堂から出ると早速仕事があるらしく、主人の生活スペースの方へと移動した。
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