人質になりましたが幸せです?

ぽんぽこ狸

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 この屋敷での生活は決して快適とは言えなかった。

 しかし子供だけではなく、アンネのような成人間近の大人がいることによって、弱い立場の人間を虐めようとする悪い人間から、人らしく生きる尊厳だけは守ることができた。

 食料はそれなりに与えられたし、子供が熱を出せば薬も用意された。

 もちろん、アンネは自分の国のやったことを理解しているし、このエーレンベルク辺境伯領にいる騎士たちや使用人たちの気持ちもわかる。

 許されることではないというのも知っている。しかしだからと言って頭を下げているだけでは割を食うのは幼く弱い子供たちだ。

 だからこそアンネは大人の丈夫な体や、多少なりとも回る頭を使って尊厳を主張しなければならない。

 もちろん緊張はするけれど、ここにきて一日目のあの日以来、気弱になることはなかった。

 それにアンネが悲しい顔をしていたら、子供たちが心配する。

 マルレーネは勘の鋭い子で、ストレスで夜はよく眠れないようだし、ディーターは羽目を外してよく怪我をする。仲の悪い子もいればいい子もいてその喧嘩の仲裁もアンネの役目だ。

 ちょうど今、アンネは、夜に眠れなかった子たちに腿を枕に貸してやって寝かしつけていた。

 するとぱたぱたと軽い足音が聞こえて、小さなノックの音が響いた。

「入ってもいいけれど、眠っている子がいるから静かにね」
 
 最低限ドアまで届くような声で言うと、ゆっくりと扉が開いてひょっこりと仲の良い三人組が顔を出した。

「ご飯が来たみたいです」
「アンネ様の分はここにもってくる?」
「皆は食事の準備はできたって!」

 彼らは、子供とは言えきちんと躾のされているいい子たちばかりだ。基本的にはアンネのサポートもいらない事が多い。

「ありがとう。後で向かうから残しておいてくれれば大丈夫よ。先に食べていて」
「はぁい」
「ねー、後でご本、読んで?」
「あ、ずるい! 私はダンスの練習がしたいのに!」
「順番に皆と遊ぶから、大丈夫ですよ。ゆっくりとよく噛んで食事をしてきてくださいね」

 子供たちが言い合いになる前にきちんと皆の為に時間をとると口にすれば、彼らはそろって返事をして、またぱたぱたとダイニングの方へと去っていく。

 本当に聞き分けのいい、いい子ばかりだとふと思った。

 しかし聞き分けのいい、良い子だからだったのだろうか、と彼らが国に残って親に愛される子として選ばれなかった理由を考えて悲しくなった。

 アンネの腿を枕にして眠っているマルレーネの頭をゆっくりと撫でる。

 そんなふうに窮屈だけれど穏やかな生活がしばらく続いた。





 この場所に来てから一週間と少し経ったとある日、屋敷に初日の夜に来た男が日の高いうちにやってきた。

 突然の訪問に子供たちを必死に隠そうとするアンネにも気を配らず、彼は色々と出合い頭に自分の事を話して案の定、辺境伯子息であり、跡取り息子であること、名をクラウスという事をアンネに説明した。

 しかしそれはまったくの本題ではなく、彼は案内した談話室でしたり顔で偉そうにアンネに言った。

「まずは、この場所にとらわれている人質のお前らは知らないだろうから、今の状況を教えてやる」

 彼の耳についた銀のピアスが揺れて、なんだか嫌な予感のする前置きに、アンネは表情を険しくしながらも向かいあった。

 その真剣な表情にクラウスは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、たっぷりと間を置いた後に、目を細めて口にした。

「ルシュトラ王国の王族が大陸外に亡命した」

 それはまさしく終わりを告げる鐘の音のように残酷な言葉だった。

「というのも、お前らがこの場所にとらわれる前、すでに緊張状態だった前線で衝突があったらしい。その衝突で勝ちを見込んだルシュトラ王族は我々に攻めてきた。

 もちろん、こちらはルシュトラの兵士など造作もない。ただ不意を突かれて少し損害を出したが備えていれば何の脅威にもならない

 というわけで結果は彼らの惨敗に終わったぞ……追い詰められて金に目のくらんだ人間というのは無能なことをするな?

 それにしても残念だったな、アンネ。お前がいくらこの場所で最善の立ち回りを演じようとしてもそれはまったくもって無意味だ。だってすでに捕らえられた時点で終わっている。

 指揮系統を失ったルシュトラ王国は現在混乱状態にあるらしい、お前らの実家も人質になった子供を取り戻すどころではないと見た」

 大げさに身振りをつけて話す彼に、アンネはただ俯かずに話を聞き、その裏を読んだ。

 どうしてこんな話をわざわざしに来たのか、エーレンベルク辺境伯という地位を継ぐと自称している彼が、何をしようとしているのか。

 それがアンネにとってとても重要な事実だろうと思う。

「……それで、私たちはどうなるのでしょうか」

 続きを促すように冷静に言うアンネに、クラウスはパチパチと瞳を瞬いてこれまた意外そうな顔をして、それから不服そうに顔をゆがめた。

「なんだそれ。つまらん」
「そうですか。それで何をしにいらっしゃったのでしょうか。クラウス様」
 
 機嫌を損ねたいわけではないけれど、彼の言葉にいちいち気をもんでいても仕方ないだろう。続きを促すように言う。しかしアンネの反応が腑に落ちないらしく、クラウスはぶっきらぼうな声でアンネの言葉に応えた。

「何か用事があってここにいるという訳じゃないかもしれないだろ」
「……」
「全員処刑だと言ったらどうする? その可能性が十二分にあり得る状況だぞ」

 彼の言葉には重みがあった。

 その可能性はある、わかっていることだがこうなったらオルニア帝国にはアンネたち人質を生かしておく必要はどこにもない。

 むしろ処刑をすることによって、戦争によって不安になっていた国民のフラストレーションを解消するエンターテイメントにできる。

 とても効率的な使い方だとアンネも思ってしまうほどだ。

 そう考えると何と言ったらいいのかわからずに黙り込む。

 するとクラウスは途端に機嫌を良くして、これまた偉そうに笑みを浮かべて「怖いだろ?」ともったいつけて聞いてきた。

 うんと言ってはいけないような気がして、アンネはにらみつけるだけにとどめて、静かにクラウスの話の続きを促した。

 するとやっと彼は楽しい舞踏会への誘いを言うようにアンネに言ったのだった。

「そこで、もう少しお前らの事を楽しむために俺は策を考えた」

 ……楽しむため、ですか。何が楽しいのかまるで分りません。

 彼に対する嫌な気持ちでいっぱいで、アンネは彼が考えていそうなことを予想してみた。

 ……私たちに殺し合いでもさせる気でしょうか。

 あるいは魔力を捻出する道具としてオルニアの皇族に使われるという可能性もある。

 考えれば考えるほど残酷な子供たちの行く末が思い浮かんだ。

「十人分、ルシュトラからやってきた人質の魔力もちと養子縁組をしてもいいという貴族を見繕ってきた」

 クラウスは意地の悪そうな笑みを浮かべている。しかしアンネはびっくりして固まっていた。

「もちろん、ルシュトラから距離があり、オルニア以外の人間にも寛容な下級貴族たちだ。どうだ、素晴らしいだろう?」
「……それは、もう」
「そうか! で、十人分だ。意味は分かるだろ。リストを用意させる、それぞれに名を記入して養子に入ることができる人間を決めろ」

 ……それはつまり、一人分足りないという事ですか。

 彼の提案にアンネはなるほどと思った。残酷といえば残酷だし、彼の外見や横柄な態度も相まって、なんだかとてもひどい事をされているような心地を覚える。

 しかし実際問題、敗戦国の人質と養子縁組しようという奇特な貴族を見つけてくることは、よっぽど骨が折れる作業だったのではないだろうか。

 しかもそれを十人分、大きな国で国民性も寛容、大きな港を持ち行商で財を成した大国だとは知っていても、簡単ではないことぐらいはアンネにだってわかるのだ。

 ……もしかして、使う言葉が悪いだけで……いい人では……いえ、駄目です。アンネ、結局残った一人をどのように扱うかということについては明言していません。

 それを決めるために苦悩する私や子供たちの騒動を見て楽しみたいなんて常人の考えではないでしょう。

「養子に入れなかった残った人間はどうなるのでしょうか」
「……さぁ? 俺次第だな。実のところ皇帝陛下も人質の件については、頭を抱えている様子でな。

 このあたりではルシュトラの被害もあったせいで戦争に躍起になっているように見えるが、国全体で考えると、閉鎖的な小国が暴走して、仕方ないから属国にしているに過ぎない。

 こんなことは別に珍しくもない。賠償の為に人質を取ったはいいが、この状況では有用に使えない。

 使用用途が亡くなったとはいえ、あまりにぞんざいに皇族が扱えば他の属国からも何かしらの面倒な申し立てがある可能性もある。

 だからこそ、当事者となった俺らに任されたんだ。まぁ、一人ぐらいなら見せしめに処刑してもいいし。我が国の寛容は美徳だが、民に押し付けるのは傲慢だろう?

 ここらでガス抜きも必要だからな」

 その言葉は嘘には聞こえない。脅しとして言っている可能性も十二分にあるが、何を言っても問答無用で人を殺しそうな冷徹な雰囲気もあるのだ。

 人の上に立つ人間は、自分以外の死に立ち会うことも多くある。良くも悪くも目立つ存在であり、多くの利権と人間が絡んでいれば、命の駆け引きになることもある。

 慣れている人間はそういう時に躊躇しない。父や母もそういう人だった。

「……わかりました。……それにしても、この短期間で十人の養子受け入れ可能な貴族を見つけてきた、ということはあと一人分もクラウス様であれば用意できたのでは無いでしょうか」

 アンネは了承とともに、なぜこんなことをするのかという気持ちを込めてクラウスに問いかけた。

 すると彼は、アンネの言葉に首をかしげて「っはは!」と機嫌よく笑い、にんまりと笑みを浮かべてやはり意地悪く言ったのだった。

「言っただろ。あの夜。覚えたぞって」

 ……つまり、私への嫌がらせという事ですね。

 しかし、果たしてあの夜に彼に対して何もしなかった場合には、子供たちの養子受け入れ先は決まっていたのだろうか。

 アンネは余計なことをしたのだろうか。将又、何も面白そうなことがなければ彼は興味も示さずに居たのか。

 その答えはわからないが、やはり、良くない人に目をつけられたというのは事実だったと思う。


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