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その後 アイリスとウィリアム
しおりを挟む「どうぞ、アイリスもたくさん召し上がってください、あなたは大事なお客様なんですから」
「……はい、ウィリアム王太子殿下。ありがたくいただきます」
アイリスは、テーブルの上に並べられた豪華絢爛なお菓子を見つめていた。
三段になっていてそれぞれ上からスイーツ、スコーン、サンドイッチといった感じでアフタヌーンティーを楽しむためのティースタンドがあることは知っているし、高貴な婦人たちとお茶会をするときには登場するらしいという話も聞いてはいる。
しかしお菓子ばかり乗っていて、それがいくつもテーブルにあるこの状況は果たして正しい使い方なのだろうか。
……いいえ、正しいのでしょう。王族である彼に出されている物なんですから。
アイリスは疑問に思ったが、それ以上深く考えずに納得して豪華絢爛なお菓子を見つめた。
ウィリアムの分はそばにいる侍女が丁寧にとりわけ彼に差し出す。その皿に盛られているものはやはりとても甘そうなものばかりだった。
……勧められているのに、頂かないのは失礼ですね。
アイリスはいよいよ諦めをつけた。そして、すこしだけこんな状況になったのは何故なのかと自分の行動を思い起こしてみた。
発端はウィリアムがレナルドに剣術を習いたいと言い始めたことであった。
しかしそうはいってもレナルドは公爵であり、あれからフェリティマ王国も落ち着いてきているとはいえ、問題も多い。
アイリスたちだって基本的には忙しく領地の事や、屋敷の雑事、それから二人ともあまり得意ではない社交に大忙しだ。
そんな合間には到底、そんな仕事をはさむことはできない。
両親がいて少しの間であれば肩代わりしてくれるのであれば話は別だが、彼らとの折り合いもよくはない。
しかし、剣術を身に着ければウィリアムの気持ちもすこしは楽になるだろうということで、駄目で元々、ロザリンドとマイルズに連絡を取ってみることにしたのだ。
すると快くとはいかないが、協力できる部分だけであれば手を貸すと彼らから返事がきて、ついでに貴族同士の社交についてのいくらかの手ほどきも行ってくれると言う話だった。
革命騒動にもなった国に続いた不運はどうにか決着がついたので、彼らもきっと長い時間を掛けて気持ちの整理をつけてくれたのだと思う。
これからあらためて交流をしていけたらいいなと思う。
アイリスはそんな未来の希望に胸を躍らせた。そしてレナルドは剣術指導の為にも王宮に足を運ぶ流れとなり、アイリスも同行した。
すると、その場にいたウィリアムとアイリスにはまったく関係のない城の警備の話し合いに発展し、結局、難しい話をするからと二人で別室で彼らを待つことになった。
ウィリアムは少しくらいならばセオドーラやレナルドのそばを離れても問題ない程度には安定しているらしく、待っていろと言われたからにはとお茶会になり、アイリスはとても甘いお菓子に舌がしびれそうになっていた。
もくもくとお菓子を紅茶で流し込んでいると、アイリスはウィリアムのじとっとした視線に気が付いた。
レナルドにはとても懐いていて柔らかい笑みを浮かべる彼だが、アイリスのことは気に入らない様子でいつ会ってもこの調子だ。
話をしてくれはするけれど、アイリスの事を認めていないぞという雰囲気を常に感じる。
……しかしとげとげしいというよりも……つんつんしているというか……。
彼はそれはもう必死になって不服だと示そうとしているのだと思うが、アイリスから見る彼はいつでもやっぱりかわいいのだ。
しかしそんなことを言ったら傷ついてしまうだろうか。
「……アイリスはレナルドの奥方なんですよね」
睨んでくる彼にアイリスが困り果てていると、ウィリアムは不機嫌を隠さない声で問いかけてきて、突然の質問に驚きつつもアイリスは返事をした。
「はい。そうですね」
「じゃあ、レナルドはあなたにとっても優しいですか?」
……?
続いてされた問いかけに、アイリスは、瞳をパチパチと瞬いてそれから、頷いた。
「ええ、とても優しいです。良くしていただいてます」
「……では、頭を撫でてもらったり?」
「はい。お恥ずかしながら」
「で、では、抱きしめてもらったり?」
「それは、たまにですが」
「じゃあ、だっこしてもらったりしてるんですか!」
アイリスの返答にウィリアムは段々と声を大きくして言って、最終的には少し声を荒らげてそう聞いてくる。
……だっこは流石に……。
されている姿を想像してみた。まったく想像できないのだったらよかったが、横抱きぐらいだったらしてくれそうだなとアイリスは思った。
……お願いしたらやってくれそう……。
しかし、そうだとしてもここまで聞いてくるということは彼はアイリスと張り合いたいのだろう。
そういう風に対抗心を燃やされていることは知っていたので、アイリスは、いいえそこまではしてくれませんと返そうとした。
そうすれば彼だって、なんだアイリスは自分よりもレナルドに優しくしてもらっていないのだと安心するに違いない。
そうしたらすこしは対抗心たっぷりの彼とアイリスはうまくやれる。
「……」
「どうなんですか、アイリス」
しかしちらりと彼を見るとその真剣な姿が可愛くて、アイリスはよくない気持ちがすこしだけ顔を出した。
「……だっこはしてもらったことがありませんが、なんだかそう言われると、ウィリアム王太子殿下がとてもうらやましくなってきました。
この後帰ったらお願いしてみようと思います」
「!」
「今からお屋敷に帰るのが楽しみです」
アイリスはちょっとだけ彼を揶揄うつもりでそう言ったが、ウィリアムは目を見開いて「駄目!」とアイリスに言う。
少し大きな声にアイリスが目を丸くしていると、彼は「……です」と小さくつぶやいて、それからとても困り果てた顔でアイリスに言った。
「アイリスは大人なんですから我慢しなくてはいけないんです。子供の私とは違って大きくて重たいんですから」
「……ですが、レナルド様はとても力が強いのできっと抱き上げてくれると思うんです」
「た、たしかに、レナルドは強くて優しくて、もちろん奥方をだっこするのぐらい簡単かもしれないけど……」
「そうですよね、じゃあ屋敷に戻ったら早速……」
「でも駄目ですっ。アイリスは大人でしょう? どうしてそんなわがまま言うんですか」
必死になって止めてくるウィリアムが可愛くてアイリスはとてもニコニコしていた。
それにあまりにもいい反応をしてくれるものだから、アイリスはついつい続けた。
「だって、抱き上げられたらとても安心すると思うんです。ウィリアム王太子殿下もとても嬉しそうにしていましたから、私もだっこされたいです」
「で、でも、それはおしとやかではないです。アイリスのお父さまとお母さまに叱られてしまいます」
「……とても遠くにいるので叱りに来ません」
「では、仕えてる人たちにイゲンが無いって言われます。困るでしょう?」
「威厳はあまり私には必要ないものなので」
彼が色々な可能性を考えてアイリスを説得しようとしてくるが、アイリスはそれをのらりくらりと躱し、困り果ててウィリアムが悩んでいるところをニコニコしながら見ていた。
すると、ノックの音がして、アイリスたちのいる部屋の扉が開いた。
そこにはセオドーラとレナルドの姿があり、二人は思っていたよりもずっと早く話し合いを終えた様子だった。
「お待たせいたしました。ウィリアムはいい子にしていましたか?」
セオドーラは心配そうにしつつも、優しくウィリアムに視線を向けた。
彼女はここ最近は休息も取れているらしく以前よりもずっと健康そうな顔つきをしていて、とても母親らしく、王族らしい美しさがある。
「はい、私にお茶を振る舞ってくださいました」
アイリスは驚きつつも言葉を返して、立ち上がろうとする。しかしそんなアイリスにウィリアムはとても焦った様子で、机に乗り出していった。
「あ、アイリス、待ってください話はまだ終わってないです」
「あら、なんの話をしていたんですか?」
セオドーラはふいに問いかけた。そしてウィリアムは今までしていた話を母に伝えた。
「アイリスが、レナルドにだっこしてもらっている私がうらやましいのでだっこしてもらうのだと言って聞かないんです」
……!
たしかに、その通りだ。今までしていた話はその話で、アイリスは彼をからかうために帰ったらしてもらうのだと言った。
しかしただ、本当に少しのいたずら心で揶揄っていただけで本気で言っていたわけでもない。
セオドーラとレナルドはウィリアムの言葉を聞いてアイリスに視線を移した。
「っ、」
「お母さまもどうか、大人はだっこしてもらうものではないと教えてあげてください」
さらにウィリアムはセオドーラに、お願いするように言う。
それは嫉妬心もあったけれど、彼の言葉には多少なりとも親切心が含まれている様子だった。
彼だって子供とは言えきちんとした言葉遣いのできる良い子だ。
冷静に考えて大人が大人にだっこしてもらうのはいけない事でおかしいから止めてあげてほしいという優しい心もあったのだろう。
そしてそれを母に言ったのは彼がそれなりに真剣だったからだ。
真剣で、そしてアイリスはそんな彼をからかった。
今更冗談だといって、騙されたウィリアムを馬鹿にすることなどやってはいけない。
「…………ウ、ウィリアム王太子殿下」
「なんですか、アイリス」
「その、そこまで止められるのでしたらわかりました。諦めることにします」
「!……ええ! その方がいいです。それがいいです!」
「はい、お手数おかけしました……」
アイリスは顔から火が出そうになりながら席を立って、レナルドの隣に戻る。
彼はぐっと口を引き結んでいたが、咳払いのようにごまかしてすこし笑った。
「ごめん。笑ってない、から」
震えた声で言われても説得力などない。アイリスはそのまま彼らと別れて、屋敷に戻るとすこしレナルドに揶揄われたのだった。
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