【本編完結】捨ててくれて、大変助かりました。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
40 / 48

40 本物の悪党 その一

しおりを挟む


 
 
 今日、ナタリアに会うことができたら、まずは事の顛末を教えて、協力体制を取ろうという話を持ち掛ける。

 森の状態はアイリスがしばらく通えば改善するはずだし、レナルドも協力をしてくれると思う。

 それから、魔法を使って、自分たちのような貴族の本当の存在意義をきちんと貴族社会に認識してもらう。

 そのうえでレナルドの望む事の方向性を聞いて、それに沿った形で問題を終結させたい。

 アイリスの目的はこうだった。

 そのために今日はこの舞踏会にやってきた。

 すこし惜しいけれどレナルドと別れ、アイリスはさっきほど見かけたアルフィーとディラック侯爵家の人たちの方へと向かった。

「気をつけてね、アイリス……俺は君をここで待ってるから」

 最後にそういったレナルドは、何故かとても悲しそうに見えて、まるで置いていかれる幼子のようだった。

 いつもの優しい笑みは悲し気な笑みに代わっていて、場所を憚らず抱きしめたくなったけれどそういうわけにはいかないので、アイリスは気持ちを切り替えてディラック侯爵とアルフィーを追った。

 彼らは、廊下を人気のない場所まで進み、それから休憩できるように開けられている部屋の中へと入っていく。外に一人、使用中であることを示すための侍女が待機していた。

 ……あの中にナタリアが? ホールの方にはいない様子でしたし何かトラブルでもあって、対応中なんでしょうか。

 夫婦である彼らが別々というのは考えられない。しかしトラブルがあってというのであれば納得ができる。

 それでも、何かすこし嫌なものを感じて中に入ることはせずに、ナタリアたちが出てくるのを待つことにした。

 しかし、数十分待っても彼らは出てくることはなく、仕方なくアイリスはそばにいたティナに、視線を送って部屋の前にいる侍女にばれないように声を潜めていった。

「ティナ、私は少し中にいる彼らに用事がありますので、あなたはここにいてください。そしてもし、私が一時間以上戻らない場合はレナルド様の元に、いって事情を説明してください」
「え、は、はいっ……わ、私はお供しなくてもいいんですか?!」

 ティナは困惑した様子でアイリスに言う。たしかに一人以上は大体侍女を連れているものだし、どこに行くとしてもついてくるものだ。
 
 しかしそれは安全の為ではなく貴族が不自由なく過ごすためだ。もし部屋の中で何か危険があった場合、ティナでは対応できない。

「大丈夫です、むしろ貴族同士の問題にあなたが巻き込まれると大変なことになります。

 それに私も強い方ではありませんので、トラブルになったらレナルド様がいてくれると大変心強いんです。だからティナにはいざとなったら動くとても重要な役割をになってほしい。

 やってくれますね」
「……はいっ」
「よろしくおねがいします。ティナ」

 アイリスはティナにそうお願いをして、自分で部屋の中に入っていく。

 侍女はアイリスの事を一瞥するだけで特に制止するでもなく、澄ました表情でただそこにたたずんでいた。

 扉の向こうにはディラック侯爵と向かい合って座っているアルフィーの姿があり、彼はアイリスが入ってきたことによりふいに視線を向けて、にやりと嫌な笑みを浮かべた。

 ディラック侯爵は随分前に父と母の葬儀で会った時以来だ。彼らとは久しぶりの再会になったがまったく変わっていないように見える。

「……お久しぶりです。ディラック侯爵、アルフィー……急に部屋に入ってきて申し訳ありません。しかし、ナタリアを探していまして……彼女はクランプトン伯爵の地位を継いでいます。この舞踏会には参加していますよね?」

 突然使用中の部屋に入室したのはアイリスだ。一応形式上だけで頭を下げて彼らに用件を伝える。

 この中にナタリアがいるかと思ったが、そういう様子でもなさそうだし、そうでなければ何か事情がなければおかしい。

 この舞踏会は建国を祝う儀式に近いものだ。よっぽどの理由がなければ立場のあるものは参加する義務がある。

「どうして、共にいないのでしょうか。とても大切な話があるんです」

 そして普通は夫婦そろって参加してあまりそばを離れないものだ。

 アイリスのようにすこし身内に会いに行く時だって共に行く場合が多い。

 今回はレナルドとの話はとてもデリケートなので別行動だがこういう事態でもなければ安全のためにも離れるべきではない。

 例えば何かにはめられたりする可能性が貴族にはついて回るから。

「……ふんっ、相変わらず可愛げの無い娘だ」

 アイリスの問いかけに対して、ディラック侯爵はとてもじっとりとした嫌な声で言った。

 ……やはりあまりお変わりないようですね。

 そんなディラック侯爵にアイリスはすんなりとそう思った。

 こうしてアイリスがよその家に嫁に行ったとしても確実に下に見ているその瞳は簡単には変わったりしないようで、彼らディラック侯爵家の人間特有の嫌な雰囲気をアイリスは久しぶりに思いだした。

「わしらの助けが無ければとうの昔に破産していた脳無しの一族のくせにいっちょ前にわしらと同等に話をするなど百年早いわい」
「……アルフィー、あなたはナタリアの夫となったのでしょう。教えてくださいナタリアは今どこにいるのですか?」

 ディラック侯爵はアイリスの方など見ずに一人で呟くようにそんな言葉を言い、苛立った様子で眉間にしわを寄せていた。

 昔から、この人はいつもこんな様子で父と母はそれにどうにか媚びを売るためにへこへことしていたが、今のアイリスにはそうしなければならない事情もない。

 両親よりも年上の幼いころから怖かった老人にアイリスも気後れする部分はある。

 しかし、今のアイリスは立派な大人だ。そんなことでは公爵夫人など務まらない。

 ディラック侯爵の言葉を無視してアイリスはアルフィーに目線を向けた。

 すると彼は、待ってましたとばかりに立ち上がって、アイリスににんまりとした笑みを向けた。

 そうすると、部屋の中にいた男性使用人たちが、アイリスの背後へといどうして、唯一の出入口である扉の方へと向かう。

 大方アイリスが逃げ出せないようにだろう。
 
 つまりは、誘いこまれたのだ。

 ……ティナを置いてきて正解でした。いざとなれば部屋の外に聞こえる大声でティナにすぐに合図を送ることができる。

 そんな風に冷静にアイリスは、この状況を分析した。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今世は好きにできるんだ

朝山みどり
恋愛
誇り高く慈悲深い、公爵令嬢ルイーズ。だが気が付くと粗末な寝台に横たわっているのに気がついた。 鉄の意志で声を押さえ、状況・・・・状況・・・・確か藤棚の下でお茶会・・・・ポットが割れて・・・侍女がその欠片で・・・思わず切られた首を押さえたが・・・・首にさわった手ががさがさ!!!? やがて自分が伯爵家の先妻の娘だと理解した。後妻と義姉にいびられている、いくじなしで魔力なしの役立たずだと・・・・ なるほど・・・今回は遠慮なく敵をいびっていいんですわ。ましてこの境遇やりたい放題って事!! ルイーズは微笑んだ。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

妹がいらないと言った婚約者は最高でした

朝山みどり
恋愛
わたしは、侯爵家の長女。跡取りとして学院にも行かず、執務をやって来た。婿に来る王子殿下も好きなのは妹。両親も気楽に遊んでいる妹が大事だ。 息詰まる毎日だった。そんなある日、思いがけない事が起こった。 わたしはそれを利用した。大事にしたい人も見つけた。わたしは幸せになる為に精一杯の事をする。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

処理中です...