33 / 48
33 王妃殿下と王太子殿下 その二
しおりを挟む着ているドレスや、つけているアクセサリー類から、まぎれもなく彼女がセオドーラ王妃殿下であるということは察することができるが、やはりそのオーラ……というか威厳は随分と薄れていて、とても疲れているように見える。
すると、セオドーラに注目していたアイリスは気がつかなかったが、彼女の陰から幼い少年がぴょこっと顔を出し、それから彼はアイリスたちの方を見てすぐに瞳をキラキラッと輝かせた。
「レナルド!」
子供っぽいすこし舌足らずな声で少年はレナルドを呼んで、セオドーラの陰から飛び出し、とたとたとこちらにかけてくる。
「ウィリアム、そのように駆け寄ることは優雅ではありません。ウィリアム!」
……ウィリアムというと、つまりはウィリアム王太子殿下という事ですか……。
彼は母の制止など聞かずに、人の合間を縫って、一直線にレナルドに向かってくる。
それから勢いそのままにレナルドの腰のあたりにひしっと抱き着いた。
「っ、今日は来てくれないのかと思っていました。レナルド!」
「ウィリアム、レナルドは今日ダンヴァーズ公爵夫人を紹介にいらしているだけです、あなたのような子供の相手をするために来たのではないですよ」
「レナルド、今日は何をして遊びますか? トランプですか? それともチェス?」
「ウィリアム!」
セオドーラの声は、幼いウィリアムの耳に届いていない様子で、彼は必死になってレナルドに問いかけて手を上に向けていた。
それにレナルドは、すこし困ったような表情をしていたけれど、アイリスに向けるように優しい笑みを向けて小さなウィリアムを優しく抱き上げた。
「……ウィリアム様、セオドーラ様の言う事をよく聞かなければならないといつも言ってるじゃないですか」
ウィリアムに、優しく言い聞かせるようにレナルドは言って、レナルドの言葉にセオドーラの存在を思い出したウィリアムはハッとして母の方を振り返った。
するとセオドーラはとても厳しい顔をしていて、彼女はずんずんと怒り心頭のままにウィリアムのそばまで来てから、とても低い声でウィリアムをしかりつけた。
「ウィリアム。あなたはそんな風に、自分の従者でもない大人にだっこされてもう小さな子供ではないんですから分別をつけてください。
そんなことでは、いつまでたっても幼く幼稚な王子だと思われてしまいますよ。
国の子供たちも今のあなたを見たら、子供っぽいと笑うんですから、それを恥ずかしいと思わないのですか」
「……」
セオドーラは怒っているというよりも、きちんと叱りつけているし、たしかにこのぐらいの貴族の子供は場所に構わず、だっこをせがんだりしないし、わきまえて生活している。
子供っぽいと言われてしまうというのは間違いではない。
……でもウィリアム王太子殿下は、あまり納得がいっていない様子です。
うつくしい金の瞳を潤ませて瞳に涙をため、何かを言い返そうと口を開くしかし何も言うことなく、口を閉じてレナルドの首に腕を回し肩口に顔をうずめて、そっぽを向いた。
「ウィリアム!」
その行動にセオドーラはさらに声を荒らげて怒り出す。
しかしそれにレナルドは、震えるウィリアムの背を撫でながら、セオドーラにも親しみの籠った笑みを向けて優しい声で言った。
「セオドーラ様、大丈夫です。きっとわかってますよ。……以前も俺以外にこんなことはしないと言っていたではないですか。俺は、何も言いませんし、ウィリアム様が不利になるようなことを広めたりしません」
「……そうだとしても、王族は国の頂点に立つもの、それがいち騎士であったあなたにこんな風では示しがつきません。
それに、あなた……公爵夫人に不躾でしょう。あなたはもう騎士では無い。所帯を持ったただの貴族です。優先順位というものがあります」
セオドーラがそう口にすると、レナルドの背後にいたアイリスに、ウィリアムはぱっと視線をあげて何やらじとっとアイリスの事を見つめた。
……睨まれています……これはまさか、レナルド様を私に取られまいと威嚇する視線……。
しかしそんなことをされても、アイリスはウィリアムにただ可愛いという感想しか持てない。
たしかにセオドーラの指摘もありがたいし、そういう風に思う人もいるかもしれないが、好きな男性に子供が懐いているところを見たら微笑ましく可愛らしいと思うのが一般的だ。
それも王族の子、金の瞳に、金の髪、いつだって国で一番の美人を娶る王族の子供は常に妖精のようにかわいいのだ。
そして例外なく、目の前にいるウィリアムも小さく愛らしい。
「それは……たしかに……俺は妻に対する配慮が足りていなかったという事ですか」
「ええ、そうです。レナルド、あなたは優秀な騎士ですが、まだまだ所帯を持った人間としては初心者。間違えることだって多くあるでしょう、いついかなる時も旦那というのは妻を優先して然るべき存在ですから」
セオドーラに説得されて、ものすごく困り果てた様子でレナルドはアイリスを振り返った。
その様子に、何と言うか、アイリスは思っていたよりも、王族の人々というのは人らしい温かみのある人たちなのだなと思う。
常に広い視野を持っていて、目の前の人間にとらわれることなく国の為を想って動いている。そして貴族には侮られないように厳しい対応をする。そんな人物たちだと思っていた。
「ア、アイリス……ごめん。少し待ってね、ウィリアム様に今日は離れているように言い聞かせるから」
「っ、……」
レナルドの言葉を聞いたウィリアムは、さらにきつくレナルドに抱き着いて、頬を膨らませてアイリスをさらに敵対視している様子だった。
しかし、そんなウィリアムに、レナルドは頭をよしよしと撫でてあげてから優しく言った。
「ウィリアム様、それほどきつく抱き着いていなくとも、俺はあなたのそばを離れません、大丈夫。安心してください」
「いいえ、レナルド。あなたは私の元を離れていったじゃないですか、嘘です。嘘なんです!」
「……嘘ではないよ。少なくとも今は」
「今だけだなんて、酷いではありませんか」
「ごめんね……」
その様子を見ていて、アイリスはいろいろと思う所はあったし、何やらただならぬ二人の間の関係を垣間見て、複雑な気持ちにもちろんなった。
もちろんなったのだが、ウィリアムが必死に抱き着いて優しくレナルドに頭をなられている様子が、先日のアイリスと重なってしまって慣れた様子でレナルドが頭をなでるのを見ていると、ふと気が付いた。
……もしかして、レナルドがよく頭を撫でてくれるのって……。
ウィリアムの騎士であり、親しくしていたから、なのだろうか。
「レナルド様、私はウィリアム王太子殿下とあなたがとても親しくしていても気にしません。それよりも、セオドーラ王妃殿下はとてもご多忙な様子。私に用事があるとのことでしたので、失礼でなければ二人で話をしても構いませんか?」
アイリスは自分はやっぱりレナルドに子ども扱いされていたのだと、確信をもってしまった。
それに、そう思うと、そう考えるとだ。
どうにもその信愛を向けるのはアイリスだけでは無かったのか、と胸の奥がちょっとだけ痛い。
まさか幼い子供に嫉妬するなどありえないはずなのに、可愛く睨んでくるウィリアムが恨めしい。
しかしそんなことはおくびにも出せるはずもなくアイリスは寛容なふりをして、セオドーラを待たせるわけにはいかないとレナルドに言ったのだった。
「それは……いや、やっぱり俺も、話し合いに参加したいから」
「いえ、レナルド……彼女がそう言うのであれば、手早く用件を済ませてしまいたいと思います。
やはり建国祭の期間だけあってそれなりに予定が詰まっている。
公爵夫人、煩わしい挨拶や礼儀は必要ないそちらに掛けてください、ウィリアムに対する心の広い配慮に感謝します」
「勿体ないお言葉です、セオドーラ王妃殿下……お初にお目にかかります。アイリスと申します。今日はどのようなご用件でしょうか」
アイリスの言葉に、納得してセオドーラは素早くアイリスとともに向かい合ってソファーセットに腰かける。
その間に、アイリスは自分の名前だけを名乗って話し合いが円滑になるように努めた。
レナルドとウィリアムはその様子をすこし驚いた様子で見つめていたが、この隙に少しでも遊ぼうとウィリアムが誘い、レナルドはその猛烈な誘いを断り切れずに、アイリスたちの近くのテーブルでカードゲームを始めたのだった。
320
お気に入りに追加
1,324
あなたにおすすめの小説

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

今世は好きにできるんだ
朝山みどり
恋愛
誇り高く慈悲深い、公爵令嬢ルイーズ。だが気が付くと粗末な寝台に横たわっているのに気がついた。
鉄の意志で声を押さえ、状況・・・・状況・・・・確か藤棚の下でお茶会・・・・ポットが割れて・・・侍女がその欠片で・・・思わず切られた首を押さえたが・・・・首にさわった手ががさがさ!!!?
やがて自分が伯爵家の先妻の娘だと理解した。後妻と義姉にいびられている、いくじなしで魔力なしの役立たずだと・・・・
なるほど・・・今回は遠慮なく敵をいびっていいんですわ。ましてこの境遇やりたい放題って事!!
ルイーズは微笑んだ。

妹がいらないと言った婚約者は最高でした
朝山みどり
恋愛
わたしは、侯爵家の長女。跡取りとして学院にも行かず、執務をやって来た。婿に来る王子殿下も好きなのは妹。両親も気楽に遊んでいる妹が大事だ。
息詰まる毎日だった。そんなある日、思いがけない事が起こった。
わたしはそれを利用した。大事にしたい人も見つけた。わたしは幸せになる為に精一杯の事をする。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる