【本編完結】捨ててくれて、大変助かりました。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
30 / 48

30 都合のいい考え

しおりを挟む



 こんなはずではなかったとアルフィーは考えていた。

 イライラしながらも父からの手紙を急いで開けた。乱暴に封を切って急いで目で追う。

 しかしそこには必要な情報の一つも載っていないし、今の状況に対処できるようなものでもない。

 それに加えて、クランプトン伯爵家を手玉にとることに成功したアルフィーに対する文句まで書かれている。

 そのあまりにも恩知らずな手紙を読んでアルフィーはびりびりと破り捨てて、手酌でワインを注ぎ、流し込むように飲んだ。

「くそ、どいつもこいつも俺の事を馬鹿にしやがって……」

 それから喉から絞り出したような声でそう口にした。

 何もかもがうまく言っていたはずなのに、いつの間にか歯車が狂って状況は悪化していく。

 何が悪かったのか考えると、色々な要因が思い浮かぶ。

 ……まずはあの女だ、アイリスが何より悪い!

 心の中で叫ぶようにそう思って、ぎりっと歯ぎしりをした。

 もとはといえば、アイリスがきちんと男に従順な良い女で、両親のように扱いやすく騙されやすければよかったのだ。

 そうであったなら、わざわざ婚約者を取り替える必要はなかったし、クランプトン伯爵領の森もうまく制御できたはずだ。

 街道を作るという名目で、いつまでたっても進まない工事を延々させて借金を維持させ、クランプトン伯爵家の税収を利息として奪い続ける。

 そして家財が無くなりディラック侯爵家に逆らえない状況にし続ける。

 それだけでアルフィーの生活は安泰なはずだった。

 しかし、アイリスが勘が鋭くずるがしこいせいで、クランプトン伯爵家との借金の契約を失うところだったのだ。

 だからこそやむを得ず伯爵夫婦を手にかけた。

 幸いクランプトン伯爵家は、この土地を守るだけの存在であり、領地から出れば花を咲かせられるだけの弱い魔法しか持たない。彼らを処理するのは簡単だった。

 しかし、アイリスにアルフィーの作戦に気がつかれたからにはクランプトン伯爵の地位を与えると厄介なことになりかねない。

 だからこそ、馬鹿で間抜けな何も知らないナタリアの方を伯爵に据えることにしたのだ。

 考えつつも腹が立ったアルフィーは、いつの間にかワインボトルを空にしてしまって、勢いに任せて近くにいた侍女にボトルを投げつけた。

「ボトルが開いてるのが見えないのか、このグズ。さっさと次の酒を持ってこい」
「は、はいっ!」
 
 コントロールが悪く当たらなかったものの、侍女は怯えた様子で部屋から出ていく。

 その情けない姿に少しスカッとしつつも、それでも苛立ちは抑えられずにアルフィーはドンッとテーブルに拳を叩きつけた。

 ……ナタリアの奴め……まさかあんなに強情な女だとは……。

 偽りの支配者として簡単に御することができる間抜けな女をせっかく手元に残したのに、蓋を開けてみれば、彼女は相当に厄介な女だった。

 気が強く傲慢で、男の言う事を少しも聞かない男勝りな、可愛くない女だ。

 ……そもそも、俺は、あの双子の事をどちらも可愛いとも思わないし、瓜二つで気持ち悪いとまで思ってたんだ。

 どちらも血で染めたようなおぞましい赤毛だし、不気味なモンスターのような緑色の目だって気色が悪い。

 あの二人がそろって幼いころに俺を見つめてきたときには、悪夢を見たほどだ。

 どうせ俺以外に、クランプトン家の女など嫁にしたい人間なんかいないだろうから、貰ってやって、さらに、馬鹿な親の背負った借金まで返す面倒を見てやっているというのに、どうしてこんな目に遭わなければならないっていうんだ?

 しかしそんな風に考えても、双子の片割れであるナタリアが、取り返しのつかない事象を引き起こしていることは事実として変わらない。

 このままいくとナタリアのせいで、このフェリティマ王国のここ十年の魔獣の出現についてクランプトン伯爵家のせいにされかねない。

 それほど魔獣が住んでいる大きな森なのに、もう三分の一も獣が住める場所ではなくなってしまっているのだ。

 それに実際、すべてではないがクランプトン伯爵家の領地から魔獣が出ていることは事実なのだ。
 
 しかしそれを止める術はアルフィーの中にはない。だからこそ父と連絡を取り合い何とかならないかと考えているが、それもまったくと言っていいほど実りがない。

 こうなればもうナタリアが感情を漏らさないようにするか、もしくはもう殺してしまうかしかない。

 今更ナタリアに謝罪するなどは論外だ。

 けれど殺してしまっては、アルフィーの天下ではなくなってしまう。

 このまま爵位を持ったナタリアの配偶者として領地を治める立場で居たいのだ。

 昼にもナタリアの友人と名乗る人物が訪ねてきていた。ああいう外とのつながりがある以上は彼女を無理やりに従わせることは不可能に近いだろう。

 ……ああ、いや、あのシルヴィアとかいう女は、ナタリアと決裂して帰路についたと聞いた。

 きっと借金の肩代わりでも願い出て断られたのだろう。

 アルフィーは、借金から逃れようと友人に追いすがっているナタリアの姿を想像して声を漏らさずくつくつと笑った。

 そうすると幾分気分も晴れて、侍女が部屋に戻ってきて慌てた様子でアルフィーのグラスにワインを注ぐ様子を黙って見つめた。

 ナタリアにはクランプトン伯爵家が財政難なのでまったく贅沢をさせていないが、アルフィーにはディラック侯爵家から利息として支払われた金銭の半分が毎月送られている。

 それを使って好きなものも飲めるし好きなものも買える。なんでもやり放題だ。

 芳醇な香りのするワインに口をつけて、すこし冷静になりアルフィーは考えた。

 今、この屋敷にいるナタリアはダメだ。使い物にならない、しかし、ナタリアの魔法の影響を元に戻せる力を持っているアイリスだったらどうだろう。

 こうしてナタリアが必死になって逃げようとしている間にも、きっと血濡れの公爵のところに嫁に行ったアイリスはもっと手酷く扱われ、怯えながら過ごしているだろう。

 そんな彼女なら、心を入れ替えてアルフィーの元に戻ってきて妹の暴挙を止めるに違いない。

 中は見ていないがアイリスからは、いくつもの手紙がナタリアに送られてきていた。

 きっと、アイリスもこの場所に戻ってきたいと望んでいるはずだ。

 思いついたその案はなかなかにいい案の気がして、アルフィーはワイングラスを傾けながらにんまりと笑みを浮かべた。
 
「ナタリアを餌にすれば絶対にあの女は簡単に釣れる、そうしたら甘い言葉でも囁いてやればいい」

 小さくつぶやいて作戦を立てた。丁度良く、開催される建国祭の舞踏会その日が早くも楽しみだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

今世は好きにできるんだ

朝山みどり
恋愛
誇り高く慈悲深い、公爵令嬢ルイーズ。だが気が付くと粗末な寝台に横たわっているのに気がついた。 鉄の意志で声を押さえ、状況・・・・状況・・・・確か藤棚の下でお茶会・・・・ポットが割れて・・・侍女がその欠片で・・・思わず切られた首を押さえたが・・・・首にさわった手ががさがさ!!!? やがて自分が伯爵家の先妻の娘だと理解した。後妻と義姉にいびられている、いくじなしで魔力なしの役立たずだと・・・・ なるほど・・・今回は遠慮なく敵をいびっていいんですわ。ましてこの境遇やりたい放題って事!! ルイーズは微笑んだ。

妹がいらないと言った婚約者は最高でした

朝山みどり
恋愛
わたしは、侯爵家の長女。跡取りとして学院にも行かず、執務をやって来た。婿に来る王子殿下も好きなのは妹。両親も気楽に遊んでいる妹が大事だ。 息詰まる毎日だった。そんなある日、思いがけない事が起こった。 わたしはそれを利用した。大事にしたい人も見つけた。わたしは幸せになる為に精一杯の事をする。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

処理中です...