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23 言いたくない話
しおりを挟むティナは二人分の紅茶を淹れて、ニコニコしながらそのまま下がっていきアイリスとレナルドは二人きりで部屋に残された。
夜遅いこんな時間にレナルドがアイリスの部屋にいるなんて不思議だ。
後は眠るばかりだった彼は、いつもよりずっとラフな格好をしていて体の線がわかりやすい。
アイリスだって寝巻同然の姿だ。こんな姿を見せるのはもっと先の事になると思っていたがすでに結婚した身だ。
そう考えるとこんな風に向き合うことだって自然で、夜突然思い立って会うことだって普通といえば普通なのだ。
「…………ごめんね、ティナが、君が俺に話したいことがあるって言ったから……なんだか昼に重たい話もしたし、とても気になって来てしまって。
もしかして彼女の早とちりだったかな」
アイリスが一人でドギマギした心をどうにか落ち着けていると彼は、心配そうにアイリスに聞いてきた。
それにアイリスは、彼もそんな風に思ってくれていたのかと少し、安堵した。
だってアイリスもそのことを考えていて不安になっていたし、レナルドがどんな人かとか、何を隠しているかとか、思考がぐるぐるとめぐっていた。
だから同じように彼だって、そう思ってくれていたことがうれしい。
「いいえ、違います。私が無理を言ってティナにお願いしたんです。レナルド様に会えて今、とても嬉しいです」
「そ、そう。俺も君の顔が見られてうれしいよ。どうして、難しい話をした後ってこう不安になってしまうんだろうね」
彼は、困ったように笑って紅茶をゆっくりと飲んだ。
それに合わせてアイリスも、温かい紅茶を飲んで、ほっと一息ついた。
それから普段はいつも話を振ってくれるのは彼だけど、今日はアイリスが話したいことがあったのだ。
それでここまで来てくれた。場の雰囲気も悪くはないし、レナルドが話したがっていない事でも、言葉を選べばきっと大丈夫だと思えた。
「わかります。私も同じです……あのレナルド様、お昼には、はっきりと伺うことができなかったのですが、聞きたいことがあるんです」
レナルドと視線を合わせてアイリスは、表情が強張らないように続けた。
「うん。どんなこと?」
「……お昼の話、とても具体的にいろいろなことをレナルド様は話してくださいました。どんな貴族が革命派なのか、どんな風に革命が起こりそうになったのか、それぞれの領地の被害状況など」
彼の様子をうかがいつつ丁寧に言葉を紡ぐ。
「しかし、レナルド様自身が王族の誰に仕えて、どのように革命を阻止したのか、その件については一切のお話を聞いていません。
それをいつ知ってどのように阻止するために動いたのか、そしてこれからはどのように続けていくのか。
ダンヴァーズ公爵領は比較的安定していて、二人でも何とか治めることができていると思います。けれど、この国も不幸が終わらない限りは不安定が続くと思います」
アイリスが口を出してもどうにもならないかもしれないし、アイリスは鳥かごの中からずっと出られていないかもしれない。そんな風に思う気持ちも心のどこかにはある。
けれどレナルドが言ってくれたのだ、何もできないわけでもないし、アイリスはキチンと努力して成し遂げることができると教えてくれた。
だからこそ、知らないふりはしたくない。
「理性的に対局を見て、解決する可能性が高い方を選ぶというレナルド様のお言葉はもっともです。
しかしそれだけではない、レナルド様の事情があって王族の方に協力しようと考えているのではないでしょうか、是非、考えをお聞きしたいです」
知ったうえで、アイリスは彼を支えられるのか、彼が行く先に同行する覚悟ができるか、考えて、選択をして努力をしたい。
その選択の余地を与えてくれる人だという事をアイリスはわかっている。それゆえの質問だった。
「……」
「……やはり、答えられない事情があるのですか?」
すぐには返答を返さないレナルドにアイリスは、不安になって問いかけた。
その質問にもレナルドは長考して、とても難しい表情をした後に、重たい口を開いた。
「……たしかに、アイリスが言う通り、昼間に言った王族に協力する理由は後付けの考えで、革命を阻止した時にはそういうことを考えていたわけじゃない。
でも、答えられない事情があるわけでもない、これは単に俺の罪で、君には言えない……というか言いたくない部分だ」
言えないわけではなく、言いたくない。
その言葉はアイリスを拒絶しているようにも思える。
「アイリスは、ここに来た時、君は俺に何も期待をしていなかったと思うし、俺も妻として役割を果たしてくれるならどんな人でもいいと思ってた。
でも実際に会ってみて、共に暮らしてみて君は想像よりずっと勤勉で、思いやりがあって、とても素敵な人だった」
「……」
「けれどその分、アイリスの心はとても繊細だろうと思うんだ。だからその、率直に言うと、なんていうか……」
彼は首をかしげながらもとても困り果てたような顔をしつつ言葉を探す。
それから、すこしだけ頬を染めてぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「あまり、負担になりそうなことを言って、困らせたり心配させたりしたくはないし本当は両親にも会わせなくてもいいと思っていたぐらいなんだ。
それに俺はこんな風に、君の前では優しい人間のような顔をしているけれど、そうではないということが露見してしまうのが怖い」
「怖い……ですか」
「うん。だから今はもう少し時間が欲しい、きっとちゃんと俺がやったことについては話すし、それについて君が知らないままというわけにもいかないとは思ってる」
「……はい」
「実際に会うまでは、君に気に入られようとか深く考えてはいなかったのに……いつの間にか、嫌われるのが恐ろしくなってしまうぐらい、アイリスが俺は好きで、けれどそれで君に全部を話せなくて不安にさせてしまうのは本末転倒だろうし。
いろいろ、頭の中で迷ってはいるんだけど、まだ少しなら君が知るまでに時間があるだろうから、言い方と言い訳を考える時間をくれないかな」
その言葉は、どうかそうして欲しいと切に願うような強い気持ちが入っていて、アイリスは拒絶されていたわけではなく、彼は彼の気持ちで整理がついていないだけなのだと理解が出来る。
そういうことは誰にだってあるだろう。
そしてきっと、レナルドは革命を阻止した時に人には言いづらいことをしたのだと思う。
殺し以上の何かなのかそれとも、犯してはいけない禁忌か。
それはわからないし、それがアイリスにどんな風に作用するのかもわからない。
それは不安だ。恐ろしいと思う。しかし、信じて待てないほど、レナルドは信用に値しない人物か。
答えはすでに決まっている。
「……わかりました。そういう事でしたら、待ちたいと思います」
きっとレナルドだってアイリスが何か秘密を抱えていたとしても、話してくれるまで待つと言ってくれると思う。
だから自分もそうすることにした。
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