18 / 48
18 顔合わせ
しおりを挟むレナルドが言った通り、数分で馬車は現れた。
しかしアイリスが想像していたよりもずっと簡素な馬車で、仮にも公爵家となった人間が乗るようなものには見えなかったし、以前から使用していたのか少し古ぼけて見えた。
中から降りてきた二人の男女は、とても柔らかい雰囲気をしているということはたしかだが、それに加えて、レナルドの両親とは思えないほどに歳を取っているように見えた。
当たり前のように二人とも髪が白くなっているし、少しやせていてとても健康そうには見えなかった。
アイリスはとても驚いてしまってレナルドには年の離れた兄でもいたのかと考えたが、その間にも彼らは、目の前にやってきて二人そろって頭を下げた。
「お久しぶりです。公爵閣下、ご結婚まことにおめでとうございます。お二方の未来に女神さまの祝福があらんことを心よりお祈り申し上げます」
マイルズは二人を代表して、そう口にしてからゆっくりと頭をあげたが、どこかぼんやりしていて目の前のレナルドを見ているようには見えない。
視線が合っていないだろうと思う。
続けてロザリンドがアイリスに言った。
「お初にお目にかかります。公爵夫人、本日はお招きくださり大変うれしゅうございます。わたくしは、ロザリンドと申します。公爵閣下の親類ではございますがどうぞお好きにお呼びくだっさってかまいません」
「……」
……親類……レナルド様のお母さまで間違いないはずなのに……。
彼らはとても親とは思えないようなかしこまり方をしていて、アイリスは面食らって何も言葉を返せなかった。
というか何と返したらいいのかまるで分らない。
どうしてそんな風なのかと聞いてもいいのか、それともそんな風に敬われるいわれはないと否定すればいいのか。
それともアイリスのイレギュラーへの対応力でも見られているのか、とにかくどうするべきか、必死で考えることしかできずにその場には数秒の沈黙が生まれた。
「母上、アイリスが驚いてしまっているからとりあえず中へどうぞ。積もる話もあることだし」
すると予想していたかのようにレナルドが黙ったアイリスにフォローをいれて、応接室の方へと向かう流れになった。
応接室の中へと入って向かい合って腰かけても、彼らはアイリスともレナルドとお目が合っている様子がなく、感情の読めない表情でレナルドの言葉に丁寧に返すだけだった。
「元ダンヴァーズ男爵領地には変わりないかな?」
「はい。公爵領に比べ非常に小さな領地ですから穏やかな日々が流れています」
「そっか。こちらに使用人を何人か引き抜いてしまったから、生活に苦労がないかと心配で」
「いいえ、心配には及びません。公爵閣下、以前から言っているように私たちの事はもう死んだものとでも思っていてください」
「……」
「……」
マイルズのとんでもない発言に、流石にレナルドも若干気まずい顔になり応接は沈黙に包まれる。
さすがにこんな意味の分からない状況下で、何か楽し気なことを言って盛り上げる様な力はアイリスにはない。
ナタリアならばもしかするとズバッと変な親子関係に、意味が分からないから説明してほしいと言ったかもしれないが、アイリスはそんなことはできない。
ただソファーの上で小さくまとまっているのがせいぜいだ。
しかし、そうだとしても思考だけは停止してはいけないだろう、彼らの言ったことから何か推察できないかと考えた。
……えっと、ロザリンド様とマイルズ様は、レナルド様が与えられた公爵家の屋敷には住まいをうつさず、元の男爵領の方にある屋敷に住んでいて、そちらの方が長年の愛着もあるし、穏やかに生活できるからそちらにいたんでしたよね。
でも、何か必要な事柄や、レナルド様に助けが必要な時は男爵領の方から出てきて、手を貸してくれたりする……という話だったと思います。
しかし今話を聞いた限りだと、そういうことになっているだけで、もはや縁切り状態に近いんでしょうか。
「……私たちはただ、一応の顔合わせに参っただけです。業務上必要な確認などは後日手紙にて行えばいいはずではありませんか、公爵閣下」
さっさと顔合わせを終わらせて、今すぐにでもこの場を去りたいような雰囲気を出している彼らに、アイリスは少し心が痛くなった。
普通は昼食ぐらいは一緒にして、もう少しお互いについて話をするのが普通の顔合わせだろう。
それをここまで簡素に終わらせて一度も目線を合わせて話ができないままだなんて悲しいではないか。
「……そうだね。それは間違っていないけれど、流石に妻の前で俺の顔を立ててくれてもいいとも思う」
あまりにそっけなさすぎる態度に、レナルドも少し怒った様子で彼らを鋭く見つめて抑揚のない声で言った。
冷静ながらも怒りを感じているそんな様子に、アイリスは怒ったところを初めて見たのだった。
「そうおっしゃいましても公爵閣下、私たちはあなた方のなんの力にもなれませんし、爵位も失った身、建国祭の舞踏会にも参加いたしません。
分かりますでしょう。
我々は女神さまからの加護を失った王家の派閥には属しません。しかし、公爵閣下によって旗頭を失った革命派は結束力を失い、この国の未来は暗黒に包まれています。
そんな中で例え、公爵閣下とであっても心中するつもりはないのです。わが領地は自分で守ります。
公爵閣下は故郷の安寧よりも、大切なものがあり手を伸ばした。
その時点で我々の親子の縁はとうに切れたのですから、そのように望まれてもわしたちは困惑するしかありません」
「……たしかに、俺は家の方針とは違って身勝手なことをした。しかし━━━━」
「革命派を認めるわけにはいかないと? 生憎そんな議論をする時期はすでにはるか昔に過ぎ去っているではありませんか。ロザリンド、今日はもうこのあたりで失礼しましょう。
話をする余地などないのですから」
レナルドの言葉を早々にさえぎって、マイルズは決めつけるように言ってから彼らはソファーを立って使用人に扉を開けさせて、去っていく。
淹れたての紅茶は一口も手をつけられないままテーブルに残されていて、レナルドは彼らを追うことはなく、苦々しい表情をしてその場から動かなかった。
そんな中でアイリスだけが彼らをお見送りに向かうこともできないし、何と声をかけていいのかもわからない。
ただ沈黙して、レナルドの隣にいたのだった。
499
お気に入りに追加
1,338
あなたにおすすめの小説
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
王妃はわたくしですよ
朝山みどり
恋愛
王太子のやらかしで、正妃を人質に出すことになった。正妃に選ばれたジュディは、迎えの馬車に乗って王城に行き、書類にサインした。それが結婚。
隣国からの迎えの馬車に乗って隣国に向かった。迎えに来た宰相は、ジュディに言った。
「王妃殿下、力をつけて仕返ししたらどうですか?我が帝国は寛大ですから機会をたくさんあげますよ」
『わたしを退屈から救ってくれ!楽しませてくれ』宰相の思惑通りに、ジュディは力をつけて行った。
飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。
希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。
同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。
二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。
しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。
「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」
失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。
「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」
ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。
そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。
エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。
しかしティナはそれさえ気に食わないようで……
やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。
「君はエレノアに相応しくないだろう」
「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」
エレノアは決断する……!
そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
お飾り王妃は愛されたい
神崎葵
恋愛
誰も愛せないはずの男のもとに嫁いだはずなのに、彼は愛を得た。
私とは違う人との間に。
愛されたいと願ったお飾り王妃は自らの人生に終止符を打ち――次の瞬間、嫁ぐ直前で目を覚ました。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる