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18 顔合わせ

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 レナルドが言った通り、数分で馬車は現れた。

 しかしアイリスが想像していたよりもずっと簡素な馬車で、仮にも公爵家となった人間が乗るようなものには見えなかったし、以前から使用していたのか少し古ぼけて見えた。

 中から降りてきた二人の男女は、とても柔らかい雰囲気をしているということはたしかだが、それに加えて、レナルドの両親とは思えないほどに歳を取っているように見えた。

 当たり前のように二人とも髪が白くなっているし、少しやせていてとても健康そうには見えなかった。

 アイリスはとても驚いてしまってレナルドには年の離れた兄でもいたのかと考えたが、その間にも彼らは、目の前にやってきて二人そろって頭を下げた。

「お久しぶりです。公爵閣下、ご結婚まことにおめでとうございます。お二方の未来に女神さまの祝福があらんことを心よりお祈り申し上げます」

 マイルズは二人を代表して、そう口にしてからゆっくりと頭をあげたが、どこかぼんやりしていて目の前のレナルドを見ているようには見えない。

 視線が合っていないだろうと思う。

 続けてロザリンドがアイリスに言った。

「お初にお目にかかります。公爵夫人、本日はお招きくださり大変うれしゅうございます。わたくしは、ロザリンドと申します。公爵閣下の親類ではございますがどうぞお好きにお呼びくだっさってかまいません」
「……」

 ……親類……レナルド様のお母さまで間違いないはずなのに……。

 彼らはとても親とは思えないようなかしこまり方をしていて、アイリスは面食らって何も言葉を返せなかった。

 というか何と返したらいいのかまるで分らない。

 どうしてそんな風なのかと聞いてもいいのか、それともそんな風に敬われるいわれはないと否定すればいいのか。

 それともアイリスのイレギュラーへの対応力でも見られているのか、とにかくどうするべきか、必死で考えることしかできずにその場には数秒の沈黙が生まれた。
 
「母上、アイリスが驚いてしまっているからとりあえず中へどうぞ。積もる話もあることだし」

 すると予想していたかのようにレナルドが黙ったアイリスにフォローをいれて、応接室の方へと向かう流れになった。

 
 応接室の中へと入って向かい合って腰かけても、彼らはアイリスともレナルドとお目が合っている様子がなく、感情の読めない表情でレナルドの言葉に丁寧に返すだけだった。

「元ダンヴァーズ男爵領地には変わりないかな?」
「はい。公爵領に比べ非常に小さな領地ですから穏やかな日々が流れています」
「そっか。こちらに使用人を何人か引き抜いてしまったから、生活に苦労がないかと心配で」
「いいえ、心配には及びません。公爵閣下、以前から言っているように私たちの事はもう死んだものとでも思っていてください」
「……」
「……」

 マイルズのとんでもない発言に、流石にレナルドも若干気まずい顔になり応接は沈黙に包まれる。

 さすがにこんな意味の分からない状況下で、何か楽し気なことを言って盛り上げる様な力はアイリスにはない。

 ナタリアならばもしかするとズバッと変な親子関係に、意味が分からないから説明してほしいと言ったかもしれないが、アイリスはそんなことはできない。

 ただソファーの上で小さくまとまっているのがせいぜいだ。

 しかし、そうだとしても思考だけは停止してはいけないだろう、彼らの言ったことから何か推察できないかと考えた。

 ……えっと、ロザリンド様とマイルズ様は、レナルド様が与えられた公爵家の屋敷には住まいをうつさず、元の男爵領の方にある屋敷に住んでいて、そちらの方が長年の愛着もあるし、穏やかに生活できるからそちらにいたんでしたよね。

 でも、何か必要な事柄や、レナルド様に助けが必要な時は男爵領の方から出てきて、手を貸してくれたりする……という話だったと思います。

 しかし今話を聞いた限りだと、そういうことになっているだけで、もはや縁切り状態に近いんでしょうか。

「……私たちはただ、一応の顔合わせに参っただけです。業務上必要な確認などは後日手紙にて行えばいいはずではありませんか、公爵閣下」

 さっさと顔合わせを終わらせて、今すぐにでもこの場を去りたいような雰囲気を出している彼らに、アイリスは少し心が痛くなった。

 普通は昼食ぐらいは一緒にして、もう少しお互いについて話をするのが普通の顔合わせだろう。

 それをここまで簡素に終わらせて一度も目線を合わせて話ができないままだなんて悲しいではないか。

「……そうだね。それは間違っていないけれど、流石に妻の前で俺の顔を立ててくれてもいいとも思う」

 あまりにそっけなさすぎる態度に、レナルドも少し怒った様子で彼らを鋭く見つめて抑揚のない声で言った。

 冷静ながらも怒りを感じているそんな様子に、アイリスは怒ったところを初めて見たのだった。

「そうおっしゃいましても公爵閣下、私たちはあなた方のなんの力にもなれませんし、爵位も失った身、建国祭の舞踏会にも参加いたしません。

 分かりますでしょう。

 我々は女神さまからの加護を失った王家の派閥には属しません。しかし、公爵閣下によって旗頭を失った革命派は結束力を失い、この国の未来は暗黒に包まれています。

 そんな中で例え、公爵閣下とであっても心中するつもりはないのです。わが領地は自分で守ります。

 公爵閣下は故郷の安寧よりも、大切なものがあり手を伸ばした。

 その時点で我々の親子の縁はとうに切れたのですから、そのように望まれてもわしたちは困惑するしかありません」
「……たしかに、俺は家の方針とは違って身勝手なことをした。しかし━━━━」
「革命派を認めるわけにはいかないと? 生憎そんな議論をする時期はすでにはるか昔に過ぎ去っているではありませんか。ロザリンド、今日はもうこのあたりで失礼しましょう。

 話をする余地などないのですから」

 レナルドの言葉を早々にさえぎって、マイルズは決めつけるように言ってから彼らはソファーを立って使用人に扉を開けさせて、去っていく。

 淹れたての紅茶は一口も手をつけられないままテーブルに残されていて、レナルドは彼らを追うことはなく、苦々しい表情をしてその場から動かなかった。

 そんな中でアイリスだけが彼らをお見送りに向かうこともできないし、何と声をかけていいのかもわからない。

 ただ沈黙して、レナルドの隣にいたのだった。


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