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16 義両親
しおりを挟む「建国祭が近いから、そろそろ王都のタウンハウスの方へとうつろうと思ってるんだけど、アイリスは王都で何かやりたいこととかある?」
食事をしているとレナルドはそうアイリスに問いかけてきた。
王都でやりたいことと聞かれても、王都に何があってどんな楽しい事があるのかをアイリスは知らない。
それに王都なんて幼い頃に一度訪れたことがあったかなかったかというくらいだ。
成人の儀式にも葬儀がかぶって、ごたごたしていて出られなかったし、王族がもしアイリスたちの事を認知しているならば、無礼な一族だと思われているに違いないと思う。
「特にありません。……あ、でも、建国祭の舞踏会には国中の貴族が一番多く集まるのでしたよね……それならもしかして……」
アイリスの頭の中には、置いてきてしまった妹のこと、それからディラック侯爵家の人間とアルフィーの事が思い浮かぶ。
「ああ、妹さん? あまり長い間会っていないと心配になるよね。彼女も爵位を継いだのなら配偶者と一緒に来ると思うよ」
「はい。……すこし、そのやっぱり心配で、あまり深く物事を考えて決める子ではないし、父も母もいないのでどうなっているか」
「そうなんだ。詳しい事は俺は知らないけど、あまり心配しすぎるのもよくないよ。まだ建国祭の日まで日にちがあるから、気になるなら手紙でも出してみたらいい」
アイリスは前菜のサラダをもぐもぐと食べながら、彼の言っていることはとても正しいと思った。
心配で気をもむくらいなら、連絡を取ればいい。
常識的に考えればその通りであるのだが、しかし今のナタリアにアイリスの手紙が届くかは正直疑問だ。
すでにアルフィーと結婚してしまって、ナタリアはアルフィーの本性を知ったのだろう。
彼はアイリスに何か危害を加えるようなことはしてこなかったが、アイリスはアルフィーの性根は最低な人間だという事を知っている。
父と母には自分は味方だと言わんばかりに、甘い言葉ばかりをささやいて彼らを惑わすし、ナタリアには贅沢をしていいのだとたきつけるし、アイリスにも手を出してこようとした数は数えきれないほどだ。
アイリスが彼の被害に遭わなかった理由は、単純に自衛していたからだ。
父や母、侍女たちのそばを離れずに、貴族としての距離感をきちんと守っていた。
それに彼の思い通りにさせないために、彼も交えて借金について父と母と正しい知識を共有したりと手を打っていた。
しかし、そうして邪魔だと思ってもらえていたからアイリスは彼の魔の手から逃れることができたが、ナタリアの事をアイリスは守り切れなかった。
確かにナタリアは彼を選んで、アイリスの婚約者であったアルフィーを奪ったという事実はある。
それでも、元をたどればディラック侯爵家がクランプトン伯爵家をだましたのが大元なのだ。
それを履き違えてはいけない。まだアイリスは父と母が死んだことはとても怖いし、真っ向から立ち向かって今度こそ何かあったらという気持ちはある。
しかし、今のアイリスがいる場所は……。
考えつつも食事を口に運ぶレナルドへと視線を向けた。
彼はアイリスからの視線に気がつかずに、丁寧な仕草で食事をとっている。
きっと安全だ。だからこそここからでも出来ることがあるのではないか。
クランプトン伯爵家を食い物にしている彼らに牽制をしたり、遠隔からでもナタリアを守ったりできると思う。
もし建国祭で直接会うことができたのなら、アイリスがうまく立ち回ることによってアルフィーにだけでも釘を刺せるかもしれない。
もちろんアイリスに居場所を与えてくれているレナルドに迷惑をかけるつもりはないが、自分の力で公爵夫人という地位を使ってできることをするなら自由のはずだ。
ここでレナルドの役に立って、二人で支え合っていけるようにすることは第一前提として、出来る限り公爵夫人らしく力を蓄えてディラック侯爵家の人々から実家を守る、それを目標にしたい。
どんな風に解決するかはまだ、具体的には思い浮かばないけれどもそれでも目標を掲げるのは大切なことだ。
「あ、もし里帰りしたくなったらいってね。俺もついていくから」
アイリスが壮大な目標を掲げていると、レナルドはふいにアイリスに言った。
如何にも当たり前の事のように言ったレナルドに、アイリスは、里帰りってそんなに簡単に嫁に行った人間がしていいものだっけ? と疑問に思ったが、基本的に実家に帰るのは喜ばれることではないはずだ。
それに、わざわざ、爵位を持つ旦那もついてくるというのも滅多にない話だろう。
当たり前の事ではない。
「……何かクランプトン伯爵領の辺りに用事でもあるのですか?」
なので何かのついでという可能性が高いだろうと思いアイリスはそう聞いてみた。
しかしレナルドは少し考えた後、カトラリーを置いてから真剣な顔をした。
「そういう事ではなくて、単純に君が心配だから。ディラック侯爵家とクランプトン伯爵家の関係性はあまり深く知らないけど君が実家に行くとききっと絡んでくる。
そうなれば君は変な契約とか、妙なことばで騙されたりはしないと思うけど、武力で敵わないからね。ついていくよ」
アイリスは彼に何も話はしていないがそれでも、金銭関係で深く絡まり合っている二つの家の関係性については察するところがあるらしく、アイリスに配慮してくれたらしい。
そしてその心配はまったく見当違いではない。
「……はい。ご心配ありがとうございます」
「お礼なんていいって、そもそも里帰りするならって言うもしもの話だから、あ、そうだ。それに君にもう一つ話をしておかなきゃならない事があったんだった」
「はい? なんでしょうか」
アイリスがお礼するとレナルドはまた食事を再開して、明るい声で別の話題に切り替えた。
実家の事については色々思う所はあっても、食事時にそぐわない重たい話をするのはナンセンスだ。
彼の話についていこうとアイリスはすこしトーンをあげて聞いてみた。
すると、彼はなんとも言えない顔でアイリスに言った。
「それが、王都のタウンハウスに移る前に、両親が君の顔を見に来る……予定になりそうなんだけど、いいかな」
レナルドはとても気まずそうに言ったが、むしろアイリスはすこし嬉しいぐらいだった。
ほかのお嫁さんはどうか知らないが、アイリスはレナルド知り合ってまだまだ日も浅いし、良い人だと思っているのに彼の事を深く知らない。
だからこそレナルドの家族に会えるというのはとてもうれしい事だった。
「はいっ、良いというか、是非、会わせてください。結婚する前のご挨拶にもうかがえなかったので嬉しいです」
「……そうだね。そう言ってくれてうれしいんだけど…………」
アイリスの頭の中ではどんなふうに話をしてどんな風に仲良くなろうと色々な考えがめぐっていた。
しかしレナルドはやっぱり微妙な顔をしていて、むしろアイリスが嬉しく思っているからか少し困っているように見えた。
「……レナルド様、何か会わない方がいい理由でもあるんでしょうか」
「あ、違うよ。そういう事ではなくて……ただ、普通の人たちだから大丈夫だと思うけど、すこしアイリスを驚かせてしまうかもしれないと思ってね」
「……どういう、意味でしょうか」
「とりあえず、会ってみたらわかると思う。何にせよ会わせないっていうわけにはいかないからね」
レナルドはあまりピンとこない事を言って、困った表情のままアイリスに笑みを向ける。
普通の人だからアイリスが驚くという意味を考えてみても、どういう意味かはわからない。
しかし、今わからなくてもその時になったらわかると言われたら、これ以上深く聞くことはできないだろう。
アイリスは腑に落ちないながらも、頷いて「わかりました」と返事をしたのだった。
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