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13 誰のせいか

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「わからないったら、わからないわよ!」

 ナタリアは大きな声をあげて、使用人たちが次から次にしてくる質問を拒絶した。

「ですがナタリアお嬢様、伯爵領の森を開拓する機材についての返答の期限は差し迫っておりますご決断を……」
「こちらは、商会からアイリスお嬢様が発注していた中古の家具について問い合わせが来ております……」
「奥様のご実家からの死因についての問い合わせについてはどのように返答をいたしましょうか?」

 ナタリアが何度もわからないと言っているのに、彼らはしつこくナタリアにどうするべきかと問いかけてくる。

 アルフィーがナタリアに酷い事をしてきたときには、助けてはくれなかったのに、自分が責任を負いたくない事については、必死になってナタリアの事情など鑑みずにただ問いかけてくるのだ。

 お姉さまの代わりに執務室にいたらもっといろいろな人が訪ねてきて、まだ爵位継承だって形式上しか済んでいないし、なにも具体的なことはわからないのに伯爵の地位を持っているというだけで次から次に責任を押し付けられる。

 その事態に困り果てたからこそ、ナタリアは自分の部屋の寝台に引っ込んだというのに、身の回りの世話をして快適に暮らしを守ってくれるはずの侍女たちですらナタリアの事などお構いなしだ。

 お姉さまがいなくなってからずっとそんな生活が続いていた。

 ……そもそも、借金があるなんてぜんっぜん知らなかったし、お姉さまがいなくなった瞬間からアルフィーも私の話をまったく聞いてくれない。

 どうして、どうしてこんなことになったの?

 なんで私がこんな目に合わなければならないの?

 ナタリアが思い描いていた未来とはまったく違う事態に、ナタリアはただ戸惑う事しかできない。

 気持ちの整理だってこんなに騒がしくてはつくはずもないし、それにそもそもナタリアには屋敷と領地それから事業を進めるだけの教育を与えられていないのだ。
 
 しかし今からそれを勉強することだって、これではできない。

 そんな暇はなく次から次に問題が起こって、このままではナタリアの頭はパンクして滅茶苦茶になってしまう。
 
 そんな危機が迫った状態だった。

「今、私は少し休みたい気分なのよ! 最悪の気分なの、お母さまとお父さまだっていなくなってまだ間もないっていうのに、どうしてそんなに私に仕事を押し付けられるわけ!? なんでもっとみんな自分で動いてちゃんと仕事をしてくれないのよ!」

 涙ぐみながらナタリアは布団を頭にかぶって子供の癇癪のような声をあげる。

 しかし、そんな風になっていても誰もナタリアに同情的な視線を向けることはなかった。

 いくら未熟であってもナタリアは成人した女性で、すでに結婚している身である。

 結婚して配偶者を持った貴族だ。彼女が決断して策を練らなければならない事は山ほどある。

 それなのに、こんな風ではこの屋敷は回っていかない。

 すでに、アイリスが節約をするために毎日、咲かせていた花瓶の花だって駄目になって取り換えるのにもお金がかかるし、今までなかった出費なので屋敷の主に確認が必要だ。

 それに、アイリスは自分の両親が亡くなったというのに葬儀の準備から、様々な儀式に至るまで、きちんと調べて実行して恥ずかしくないような式を挙げた。

 今ナタリアに、のしかかっている業務は、そんなきちんとしていたアイリスを準備をさせる暇もなく追い出したせいで発生しているものだ。
 
 姉の仕事量も把握せずに、取って代われると言ったアルフィーの言葉だけを信じて追い出したナタリアの責任である。

 その責任はナタリアにすべてあるのだ。

 ナタリアを取り囲んでいた侍女たちは目配せをしあって、その中で一番年配の侍女がナタリアに厳しい視線を向けて諭すように言ったのだった。

「……ナタリアお嬢様……いいえ、クランプトン伯爵様、わたくしたちは、何も伯爵様を困らせたくてこのようなことをしているのではありません。

 あなた様の将来を考えて、今あなた様のやるべきことを果たして欲しいと望んでいるだけなのです。

 どうか今一度、机につき、しっかりと将来の事を考えこれから先、旦那様と協力してどのようにしていくのか話し合うことが必要ではありませんか?」

 侍女は、すでに爵位を持った貴族である彼女に、親心のような優しい気持ちで言ったのだった。

「……」
「どうかお願いします。ご当主様、あなた様はもう立派な大人になられたんです」
「……」
「ナタリア様、私からもお願いします」
「どうか、アイリスお嬢様の代わりにこの屋敷を支えてください」

 侍女たちは口々にナタリアに、彼女が立派な伯爵としてやっていけるように願いを口にした。

 ……でも、ご当主様なんて言われたって、私、何も知らないしできない。

 布団をぎゅうっと抱きしめて、それから首にかかっている美しい母のネックレスに触れた。これはお母さまの形見であり、お姉さまが最後にナタリアに託してくれたものだ。

 双子の姉は、今頃、血濡れの公爵様のところでどんな風にすごしているだろうか。

 つらい目に遭っているのだろうか、それとも公爵家の財産を使って楽しくぜいたくな暮らしをしている?

 ……楽しく……贅沢に……。

 それはナタリアが思い描いていたこの実家での生活だ。

 でもまったく今は楽しくなんてない、むしろ、アルフィーはナタリアを酷く裏切って罵って手まで上げた。

 そんな男と二人っきりの屋敷、家族がいた時には、どこに行っても楽しい事ばかりだったのに、今はここから動きたくないほど嫌な場所になってしまった。

 昔はお母さまの部屋に行けば、いつもお菓子を出してもらって楽しくお話をしたし、お父さまの書斎に行けば埃っぽい古めかしい雰囲気で、そこで楽しくチェスをした。

 お姉さまはいつも屋敷のあちこちを動き回っていて、貴族がやるべきではない掃除をしたり、屋敷の内装を気にしていたりした。

 流行ではないカーテンを買ってきて刺繍をいれて華やかにしてみたり、かと思えば歩きながら本を読んでいたり。

 しかしよく記憶に残っているのは、エントランスの大きな花瓶の花を取り換えもせずに毎日毎日魔法をかけて綺麗に咲かせていたところだ。

 その時は貧乏くさくて守銭奴だと思ったけれど、それもこれも、借金返済の為だったと考えれば、納得がいく。

 そんな些細なことで返せる金額ではないというのに、それを毎日、毎日。

 ……そんなお姉さまが、公爵様のところで贅沢……できるわけがない。

 精々、ドレスの一着や二着、十着や二十着……二十着作っていたらうらやましい……。

 考えているとお姉さまに対する嫉妬心が生まれてきた。彼女だって借金の事を知っていてナタリアに教えてくれなかったのだ。
 
 ……そうよ最低よ。皆だって私に何も言わないで……。

 そう思うと目の前にいる侍女たちも、お姉さまも腹立たしくなって、目の前にいる彼女たちを怒鳴りつけてやろうとキッと睨んだ。

 しかし、目の前にいる彼女たちは、誰もかれも、この屋敷からお姉さまを追い出したときと同じ心配そうな顔でこちらを見ている。

「ナタリア様……」

 つぶやくように名前を呼ばれる。

 そんな風に何か言いたげだったところを、ナタリアはお姉さまの言葉をさえぎって、自分の話ばかりした。

 話してくれなかったのではなく言えなかったのだ。

 アルフィーに言われるがままに楽しそうな方へとよく考えずに流されて言って彼女の言葉を聞こうとすら考えていなかった。

 目の前の利益に目がくらんで自分に都合のいい事しか考えていなかった。甘い誘いに乗せられてまるで止めるお姉さまを邪魔者みたいだとさえ思っていた。

 だから騙されたのだと言われても文句も言えない。

 ……それじゃあ私も、悪いの?

 アルフィーはもちろん悪い。あの人はナタリアに愛の言葉をささやいたのにその言葉は全てうそだった。

 でも、その甘言に騙されて、双子のずっとそばにいた片割れの事を最低な人間だと信じて疑わなかったのはナタリアの罪ではないだろうか。

 …………。

「……皆、私……」

 では、それならば、ナタリアはやるべきことがあるのではないか。

 しかし思ったのと同時に、ノックもなく扉が開いて、アルフィーが入ってきた。


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