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ロイネの責任 その3

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 次の日には、私は側近達とイーリスのとる行動の可能性や、本人の意思、それを加味してどうするべきかという事を話し合い、お義母さまに一つだけお願いすることにした。
 
 それは、イーリスとの面会だ。現在は捕らえられているので、危険な物の所持なども無いだろう。それに何より、私を恨んでいるのかが問題だった、ジーベル伯爵から、開放されイーリス自身は、どういった身の振り方が良いと思うのか、確認したかった。

 お義母さまに頭を下げると、案外すぐに私の要求は通った。
 
 拘留されている施設に私が行くのではなく、この城の応接室まで、連れて来てくれる予定になっている。
 応接室には、何人も騎士が配置されて、物々しい雰囲気だ。

 アンジュ達も、平然を装っているがいくらか緊張している様子が伺える。
 私も、罵られる覚悟ぐらいは、決めておこうと思う。
 
「姫さん、きたにゃ」
 
 私にお茶を出して、リノが、耳を扉の方に向けながら、いう。
 それから、リノは下がり背後に控えた。今日はアンジュは私のすぐ隣だ。彼女は大きくしっぽを揺らして、じっと扉を睨んだ。
 
 扉が開き、騎士らしい格好をした人に、鉄製の首輪を付けられて、イーリスはフラフラと入室してくる。
 
 本来であれば、両手に枷があるはずだが、イーリスは、腕が片方根元から無い、妥協案で首輪になったのだろう。
 
 彼女と目が合う。初めて会った時程の嫌悪感を感じなかった。彼女の目立つ黒髪は、以前よりも多少マシになっているし、火傷も無いようで、顔は綺麗だ。
 以前は、研ぎ澄まされたナイフのような雰囲気だったが、今は少しだけ柔らかく思えた。
 
 ある程度近づき、彼女は何の躊躇も無く、両膝を着いた。
 
「……」
「……」
 
 イーリスは長い髪を耳にかけて、私から視線を床へと移動させる。それからゆっくりと、頭を床に擦り付けるように下げた。
 
 床にうずくまるようにして、そのまま顔を挙げずに、イーリスは喋りだす。
 
「私は、このまま死ぬのだと思っていました。謝罪の機会を頂けて感謝しています。姫殿下」
「………」
「申し訳、ありませんでした。私が言いたいのはそれだけ、です」
 
 絞り出すような謝罪だった、彼女の言いたいことがそれだけのはずが無い。
 
「顔をあげてください。謝罪を受け入れます」
 
 声をかけるが、イーリスは顔をあげることは無い。

 きっと、反省からでは無いと思う。自爆直前に言っていた言葉、その後に言っていた言葉そのどれもが、私を責める内容だった。

 ジーベル伯爵のもとから開放され、多少なりともまともな精神を取り戻せば、イーリスの非難は、お門違いだと気がつくだろう。でも、それを簡単に受け入れられるほど、人間は上手くできていない。
 
 きっと彼女の中には様々な感情が渦巻いているのだろう。
 
「イーリス……貴方のした事は、許せることではありません」
「……」
「ですが、加害者でありながら、同時に被害者だと言うことも知っています」
「……っ、」
 
 あなたに何がわかるの、なんて言われそう……だね。

 私もきっとイーリスと同じ立場になったら、タリスビアに来た人間の姫を恨むだろう。クリスティナ様に守られていなかったら、きっと、今の彼女の位置に私が居た。
 
 それでも、私は彼女の機嫌を伺うような事をしてはならない。
 
「望むのであれば、生きる術を教えましょう。それから、多少の支援も約束します」
「………、」
「貴族としての地位は失いますが、貴方の言っていた、熱や獣人からは守ります。具体的には、修道女としての生活になりますが、これが私の出来る、最高限度のサポートです」
 
 お義母さまにも承諾を貰っている。

 孤児院があるのだから、人間用の修道院を作って、タリスビアに来る貴族たち、それに伴って増える使用人やその家族等のために利用する。
 ここに来る人間は、職場はある、雇い主も居るが、福祉面では、心もとないはずだ。

 人間の最後のセーフティーネットとして、私が、責任者を引き受けようと考えている。こうした生活保障があり、人間もタリスビアに来ることを拒む人が減ったら良いなとも思っている。
 
 イーリスは、未だに床で蹲るような姿勢から動かない。

 残った方の手を握り締めて、肩を震わせる、肌が白くなるほど強く手を握りこんでおり、私は彼女の感情の処理の時間だろうと思い、無言で待つ。
 
 やがて、深く呼吸をするような息遣いが聞こえて、イーリスは顔をあげた。
 
 上手い笑顔では無い、ただ堪えている事は分かる、隠された敵意に気が付かないように、私も鈍感に笑った。
 
「過分な、ご配慮、感謝致します」
「えぇ……下がって結構です。今日は有意義な面会でした」
「……はい」
 
 イーリスは返事をしつつ、髪で自分の表情を隠すように俯いて、また騎士に連れられて去っていく。
 彼女が出ていき、扉がきっちりと閉まるまで、私は嫌な動悸が収まらなかった。
 
「姫さん、心臓ばっくばく」
「っ、えへへ、ホントだね」

 扉が閉まってしばらくすると、リノが、妙な事を口走るので思わず、笑ってしまう。

「素晴らしい対応でしたわっ、威厳がありましたもの!」
「ありがとう」
 
 アンジュの言う通り、威厳があったのなら良かったけれど、わたし的には緊張しすぎて、変な言葉使いをしていないか心配だ。
 
「ひとまずは、安心できますね。姫様、彼女には、生きる意思がありそうでした」
「うん、私もそう思った。きっと、嫌われたままだとは思うけど、それでも、サポートしていきたい」
「えぇ。ふふ、忙しくなりそうですね」
 
 その通りだ、彼女の生活の基盤となるものなのだから、早いに越したことはない。教会と相談する事や、費用の問題、場所の他にも、準備や手続きが山ほどあるのだ。
 メイド達や特にアンジュには、仕事の負担をかける事になるが、そこは本物の執務の練習だと思って、私も頑張るつもりだ。
 
 しかし、イーリスの事件から既に十日は、経過している、お義母さまは、外せない社交があるとも言っていたし、そちらに私も顔を出さなければならないだろう。

 それに、今まで遅れて居た、お義母さまの教育のスケジュールを通常通りに戻すための勉強と、私がいなかった間の冬行事の確認。
 やる事が目白押しで、私はルカに会いに行かなければならないという事を、すっぽりと忘れてしまっていた。
 
 
 
 

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