114 / 139
ロイネの責任 その3
しおりを挟む次の日には、私は側近達とイーリスのとる行動の可能性や、本人の意思、それを加味してどうするべきかという事を話し合い、お義母さまに一つだけお願いすることにした。
それは、イーリスとの面会だ。現在は捕らえられているので、危険な物の所持なども無いだろう。それに何より、私を恨んでいるのかが問題だった、ジーベル伯爵から、開放されイーリス自身は、どういった身の振り方が良いと思うのか、確認したかった。
お義母さまに頭を下げると、案外すぐに私の要求は通った。
拘留されている施設に私が行くのではなく、この城の応接室まで、連れて来てくれる予定になっている。
応接室には、何人も騎士が配置されて、物々しい雰囲気だ。
アンジュ達も、平然を装っているがいくらか緊張している様子が伺える。
私も、罵られる覚悟ぐらいは、決めておこうと思う。
「姫さん、きたにゃ」
私にお茶を出して、リノが、耳を扉の方に向けながら、いう。
それから、リノは下がり背後に控えた。今日はアンジュは私のすぐ隣だ。彼女は大きくしっぽを揺らして、じっと扉を睨んだ。
扉が開き、騎士らしい格好をした人に、鉄製の首輪を付けられて、イーリスはフラフラと入室してくる。
本来であれば、両手に枷があるはずだが、イーリスは、腕が片方根元から無い、妥協案で首輪になったのだろう。
彼女と目が合う。初めて会った時程の嫌悪感を感じなかった。彼女の目立つ黒髪は、以前よりも多少マシになっているし、火傷も無いようで、顔は綺麗だ。
以前は、研ぎ澄まされたナイフのような雰囲気だったが、今は少しだけ柔らかく思えた。
ある程度近づき、彼女は何の躊躇も無く、両膝を着いた。
「……」
「……」
イーリスは長い髪を耳にかけて、私から視線を床へと移動させる。それからゆっくりと、頭を床に擦り付けるように下げた。
床にうずくまるようにして、そのまま顔を挙げずに、イーリスは喋りだす。
「私は、このまま死ぬのだと思っていました。謝罪の機会を頂けて感謝しています。姫殿下」
「………」
「申し訳、ありませんでした。私が言いたいのはそれだけ、です」
絞り出すような謝罪だった、彼女の言いたいことがそれだけのはずが無い。
「顔をあげてください。謝罪を受け入れます」
声をかけるが、イーリスは顔をあげることは無い。
きっと、反省からでは無いと思う。自爆直前に言っていた言葉、その後に言っていた言葉そのどれもが、私を責める内容だった。
ジーベル伯爵のもとから開放され、多少なりともまともな精神を取り戻せば、イーリスの非難は、お門違いだと気がつくだろう。でも、それを簡単に受け入れられるほど、人間は上手くできていない。
きっと彼女の中には様々な感情が渦巻いているのだろう。
「イーリス……貴方のした事は、許せることではありません」
「……」
「ですが、加害者でありながら、同時に被害者だと言うことも知っています」
「……っ、」
あなたに何がわかるの、なんて言われそう……だね。
私もきっとイーリスと同じ立場になったら、タリスビアに来た人間の姫を恨むだろう。クリスティナ様に守られていなかったら、きっと、今の彼女の位置に私が居た。
それでも、私は彼女の機嫌を伺うような事をしてはならない。
「望むのであれば、生きる術を教えましょう。それから、多少の支援も約束します」
「………、」
「貴族としての地位は失いますが、貴方の言っていた、熱や獣人からは守ります。具体的には、修道女としての生活になりますが、これが私の出来る、最高限度のサポートです」
お義母さまにも承諾を貰っている。
孤児院があるのだから、人間用の修道院を作って、タリスビアに来る貴族たち、それに伴って増える使用人やその家族等のために利用する。
ここに来る人間は、職場はある、雇い主も居るが、福祉面では、心もとないはずだ。
人間の最後のセーフティーネットとして、私が、責任者を引き受けようと考えている。こうした生活保障があり、人間もタリスビアに来ることを拒む人が減ったら良いなとも思っている。
イーリスは、未だに床で蹲るような姿勢から動かない。
残った方の手を握り締めて、肩を震わせる、肌が白くなるほど強く手を握りこんでおり、私は彼女の感情の処理の時間だろうと思い、無言で待つ。
やがて、深く呼吸をするような息遣いが聞こえて、イーリスは顔をあげた。
上手い笑顔では無い、ただ堪えている事は分かる、隠された敵意に気が付かないように、私も鈍感に笑った。
「過分な、ご配慮、感謝致します」
「えぇ……下がって結構です。今日は有意義な面会でした」
「……はい」
イーリスは返事をしつつ、髪で自分の表情を隠すように俯いて、また騎士に連れられて去っていく。
彼女が出ていき、扉がきっちりと閉まるまで、私は嫌な動悸が収まらなかった。
「姫さん、心臓ばっくばく」
「っ、えへへ、ホントだね」
扉が閉まってしばらくすると、リノが、妙な事を口走るので思わず、笑ってしまう。
「素晴らしい対応でしたわっ、威厳がありましたもの!」
「ありがとう」
アンジュの言う通り、威厳があったのなら良かったけれど、わたし的には緊張しすぎて、変な言葉使いをしていないか心配だ。
「ひとまずは、安心できますね。姫様、彼女には、生きる意思がありそうでした」
「うん、私もそう思った。きっと、嫌われたままだとは思うけど、それでも、サポートしていきたい」
「えぇ。ふふ、忙しくなりそうですね」
その通りだ、彼女の生活の基盤となるものなのだから、早いに越したことはない。教会と相談する事や、費用の問題、場所の他にも、準備や手続きが山ほどあるのだ。
メイド達や特にアンジュには、仕事の負担をかける事になるが、そこは本物の執務の練習だと思って、私も頑張るつもりだ。
しかし、イーリスの事件から既に十日は、経過している、お義母さまは、外せない社交があるとも言っていたし、そちらに私も顔を出さなければならないだろう。
それに、今まで遅れて居た、お義母さまの教育のスケジュールを通常通りに戻すための勉強と、私がいなかった間の冬行事の確認。
やる事が目白押しで、私はルカに会いに行かなければならないという事を、すっぽりと忘れてしまっていた。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
アプリリアの決断
(笑)
恋愛
貴族令嬢アプリリア・ランチアは、婚約者に裏切られたことをきっかけに自分の人生を見つめ直し、自立への道を歩み始める。試練を乗り越えながらも自身の力で成長していく彼女は、やがて真実の愛と幸せを掴むため、新たな未来へと歩み出す。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
花婿が差し替えられました
凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。
元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。
その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。
ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。
※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。
ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。
こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。
出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです!
※すみません、100000字くらいになりそうです…。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる