104 / 139
クリスティナ その3
しおりを挟むさすが母上だと、心の中で賞賛したが、まだ一人戦闘をできる人間がいる。
「ぎゃっ、あ゛ぁ、こ、このがぎぃ!!」
「ぐ、ぅ」
すぐに視線を向けると、少し離れた位置に居た魔術持ちがクリスティナを抱きしめているように見えた。
すぐに男の口から血が流れ出す。
「よい、しょ」
ゴリと何かをえぐるような音がした。それから、男は表情をちぐはぐに動かし「ごペ」と変な声を出しつつ、クリスティナに、もたれかかるように脱力した。
それを、クリスティナは押しのけて、男を地面に転がし、手のひらにおさまるサイズのナイフを抜き取る。
栓を抜かれると、男の体からは、とめどなく血が溢れて鉄の匂いが辺りに充満する。自分の出血もあいまり、脳が揺すられるような不快感がした。
「っ、はっ、はぁ、……足を、捻ったんじゃ無かったのか」
「嘘をついたって怒るつもりかしら?やだわ。心の狭い男性は嫌われるのよ、ふふ」
「お前に嫌われようが、おれは、……どうだって、良いが、今度、こそ、走れ」
まだ倒れるつもりはなかった、マジックアイテムはまだいくつか残っている。
命の危険があることには変わりないが、この女が逃げてくれない事にはどうしようもない。
木の影から、俺に噛まれた傷の処置をして、サーベルを所持した男性が出てくる。
仲間が死んでも、目的は果たすつもりらしい。
クリスティナが魔術持ちに攻撃をしてくれなければ、俺は確実に死んでいただろう。
けれど、この場にクリスティナが居なければ、そもそも狙われていない俺が足止めをして、こいつらの目的を果たせない状況を作るべきだったんだ。
「狙いはお前だろう」
「行かないわ」
「……は、っ、自分のために、命をかけたものにぐらい報いてくれないか。共に、死んでなん、の、意味がある……」
俺がクリスティナを説得しているうちにも、男は駆け出し、すぐに距離を詰めて剣を振り上げる。
俺はその隙目掛けて魔力弾を打ち込むが、叩き切られ攻撃は届かない。
せめて、目の前で俺が切られ、逃げる気にならないだろうかと思い、クリスティナを庇うように両手を広げた。が、何故かクリスティナは俺の前に居た。
辛そうな笑顔がさらに歪んで、苦悶の表情になる。
「ぐっぅ、あたし、まだまだ死ねないのよ!!」
剣を抱え込むように素手で握って、思い切り男の股間を蹴りあげた。
「守らなければならないものがあるもの、置いて逝くなんて許されない」
情けなく、男は後退して、サーベルを握り直す。
「なら、、逃げろ、お前じゃ勝てない」
「逃げない。貴方が死ぬのもごめんよ」
「っ、ははっ、何故だ、お前にとって俺はただの異国の王子だろ。逃げてくれ、数分なら持たせる」
「嫌よ、何度言わせるつもり」
クリスティナは肩を真っ赤に染め、微笑む。傷口に髪が触れて痛かったのか、反対側の肩に髪を流した。
もうだれの血か分からないほど、地面は血まみれで、香水の香りもしないほど、鉄の匂いが充満していた。
赤い夕焼けが、俺を庇うように立つクリスティナを照らし出す。クリスティナの行動は、理解が出来なかった、勝算もないのに俺を庇って死のうとしている。
庇った意味が無いじゃないか、と怒りすら感じていた。
「何なんだ、逃げろと言ってる!っ、はぁ。何がしたいんだ!」
「っ、死なれたら困るのよ。……後味が悪いじゃない。……そうよ、それに助けたら、貴方が恩を感じて、今度は私を助けてくれるかもしれないでしょう。そう言う打算よ!!」
そんな元も子も無いような、打算があってたまるか!!
それに、二人とも生きて戻れたなら、恩を感じるのはお前の方だろう。筋の通らない話だ。
けれど彼女の酷く鳴り響く心臓の鼓動を聞くと、これ以上、怒鳴りつける事は出来なくなってしまった。
どんな状況であれ、たとえ勝算が無くても、その、無謀な行動が、嬉しいと一瞬でも感じてしまった俺は、心の底から馬鹿なのだと思う。
まったく、こんな事を考えてる場合じゃないのだとわかっているのに、無事だったら話がしたいと思ってしまった。
呼吸が荒くなり、視界がブレる、限界が近いのだとわかっていた。
ただ、やはり、クリスティナだけでも逃げて生きて欲しかったと、考えると同時に足の力が抜けた。
「遅いわよ、ギルバート!!」
「申し訳ございません、すぐに救護の者が到着します」
「殺さず捉えなさい、やっとしっぽを出したかもしれない」
「はい」
……救援か、先程の騎士だろう、人間にしては、早いほうだ、褒めてやってもいいと思うが。
地面に頭を打ち付け、うつ伏せに倒れ込み、状況の把握が出来ない。
顔をあげたいと思うが、全身が鉛になったように動かない。
すると、勝手に体が転がされる。仰向けになり、頭を抱え込むように覗き込まれた。
返り血と自らの血で、顔は汚れていたが、相変わらずクリスティナは美しかった。これ程、様相が乱れていても、綺麗だとは驚いた。そのまま、やはり、泣く事もせずに痛々しく笑った。
「巻き込んでしまったわね」
「……」
「あたしもこんな事になるなんて、思っていなかったのだけど、大人の考える事って、相変わらず最悪ね」
返事をするような内容でも無かったので、ぼんやりとクリスティナを見つめ返す。
「…………ねぇ、クルス、この借りは必ず返すわ、約束する。助けてくれてありがとう」
ほら、お前が恩を感じているじゃないか。
こんな女に、恩だ貸しだと言う程、俺は最低な男じゃない。
危機を脱した今でもこんなに辛そうな人間に、そんなものは期待しない。
「違うだろ………、なぁ、クリスティナ」
「……なによ」
「逃げずに守ってくれて、助かった、お前のおかげでっ、、命を救われた」
「……なに、いって」
「お前の打算に乗ろう、約束する、何時か、今度は俺が守る」
また、会いたい。約束をするのであれば、これが最善だ。だから、今度またあって話のできる機会があるのであれば、その辛そうな笑顔の理由を教えて欲しい。
これが、惚れたというやつなんだろうか。
「っ、……」
クリスティナは一瞬目を見開いて、それから口を開いて笑った。
「……待ってる」
「あぁ、」
その笑顔を綺麗だとは思わなかったが、初めて心を開いて笑ってくれたような気がした。
意識が遠のいて行き、緊張の糸が切れると、全身の痺れるような痛みに気を失った。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
花婿が差し替えられました
凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。
元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。
その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。
ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。
※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。
ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。
こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。
出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです!
※すみません、100000字くらいになりそうです…。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる