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クリスティナ その3

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 さすが母上だと、心の中で賞賛したが、まだ一人戦闘をできる人間がいる。
 
「ぎゃっ、あ゛ぁ、こ、このがぎぃ!!」
「ぐ、ぅ」
 
 すぐに視線を向けると、少し離れた位置に居た魔術持ちがクリスティナを抱きしめているように見えた。
 すぐに男の口から血が流れ出す。
 
「よい、しょ」
 
 ゴリと何かをえぐるような音がした。それから、男は表情をちぐはぐに動かし「ごペ」と変な声を出しつつ、クリスティナに、もたれかかるように脱力した。
 
 それを、クリスティナは押しのけて、男を地面に転がし、手のひらにおさまるサイズのナイフを抜き取る。
 栓を抜かれると、男の体からは、とめどなく血が溢れて鉄の匂いが辺りに充満する。自分の出血もあいまり、脳が揺すられるような不快感がした。
 
「っ、はっ、はぁ、……足を、捻ったんじゃ無かったのか」
「嘘をついたって怒るつもりかしら?やだわ。心の狭い男性は嫌われるのよ、ふふ」
「お前に嫌われようが、おれは、……どうだって、良いが、今度、こそ、走れ」
 
 まだ倒れるつもりはなかった、マジックアイテムはまだいくつか残っている。
 命の危険があることには変わりないが、この女が逃げてくれない事にはどうしようもない。
 
 木の影から、俺に噛まれた傷の処置をして、サーベルを所持した男性が出てくる。
 仲間が死んでも、目的は果たすつもりらしい。

 クリスティナが魔術持ちに攻撃をしてくれなければ、俺は確実に死んでいただろう。
 けれど、この場にクリスティナが居なければ、そもそも狙われていない俺が足止めをして、こいつらの目的を果たせない状況を作るべきだったんだ。
 
「狙いはお前だろう」
「行かないわ」
「……は、っ、自分のために、命をかけたものにぐらい報いてくれないか。共に、死んでなん、の、意味がある……」
 
 俺がクリスティナを説得しているうちにも、男は駆け出し、すぐに距離を詰めて剣を振り上げる。
 俺はその隙目掛けて魔力弾を打ち込むが、叩き切られ攻撃は届かない。
 
 せめて、目の前で俺が切られ、逃げる気にならないだろうかと思い、クリスティナを庇うように両手を広げた。が、何故かクリスティナは俺の前に居た。
 辛そうな笑顔がさらに歪んで、苦悶の表情になる。
 
「ぐっぅ、あたし、まだまだ死ねないのよ!!」
 
 剣を抱え込むように素手で握って、思い切り男の股間を蹴りあげた。
 
「守らなければならないものがあるもの、置いて逝くなんて許されない」
 
 情けなく、男は後退して、サーベルを握り直す。
 
「なら、、逃げろ、お前じゃ勝てない」
「逃げない。貴方が死ぬのもごめんよ」
「っ、ははっ、何故だ、お前にとって俺はただの異国の王子だろ。逃げてくれ、数分なら持たせる」
「嫌よ、何度言わせるつもり」
 
 クリスティナは肩を真っ赤に染め、微笑む。傷口に髪が触れて痛かったのか、反対側の肩に髪を流した。
 
 もうだれの血か分からないほど、地面は血まみれで、香水の香りもしないほど、鉄の匂いが充満していた。
 赤い夕焼けが、俺を庇うように立つクリスティナを照らし出す。クリスティナの行動は、理解が出来なかった、勝算もないのに俺を庇って死のうとしている。
 
 庇った意味が無いじゃないか、と怒りすら感じていた。
 
「何なんだ、逃げろと言ってる!っ、はぁ。何がしたいんだ!」
「っ、死なれたら困るのよ。……後味が悪いじゃない。……そうよ、それに助けたら、貴方が恩を感じて、今度は私を助けてくれるかもしれないでしょう。そう言う打算よ!!」
 
 そんな元も子も無いような、打算があってたまるか!!

 それに、二人とも生きて戻れたなら、恩を感じるのはお前の方だろう。筋の通らない話だ。
 けれど彼女の酷く鳴り響く心臓の鼓動を聞くと、これ以上、怒鳴りつける事は出来なくなってしまった。
 
 どんな状況であれ、たとえ勝算が無くても、その、無謀な行動が、嬉しいと一瞬でも感じてしまった俺は、心の底から馬鹿なのだと思う。
 
 まったく、こんな事を考えてる場合じゃないのだとわかっているのに、無事だったら話がしたいと思ってしまった。
 呼吸が荒くなり、視界がブレる、限界が近いのだとわかっていた。
 
 ただ、やはり、クリスティナだけでも逃げて生きて欲しかったと、考えると同時に足の力が抜けた。
 
「遅いわよ、ギルバート!!」
「申し訳ございません、すぐに救護の者が到着します」
「殺さず捉えなさい、やっとしっぽを出したかもしれない」
「はい」
 
 ……救援か、先程の騎士だろう、人間にしては、早いほうだ、褒めてやってもいいと思うが。
 
 地面に頭を打ち付け、うつ伏せに倒れ込み、状況の把握が出来ない。
 顔をあげたいと思うが、全身が鉛になったように動かない。
 
 すると、勝手に体が転がされる。仰向けになり、頭を抱え込むように覗き込まれた。
 
 返り血と自らの血で、顔は汚れていたが、相変わらずクリスティナは美しかった。これ程、様相が乱れていても、綺麗だとは驚いた。そのまま、やはり、泣く事もせずに痛々しく笑った。
 
「巻き込んでしまったわね」
「……」
「あたしもこんな事になるなんて、思っていなかったのだけど、大人の考える事って、相変わらず最悪ね」
 
 返事をするような内容でも無かったので、ぼんやりとクリスティナを見つめ返す。
 
「…………ねぇ、クルス、この借りは必ず返すわ、約束する。助けてくれてありがとう」
 
 ほら、お前が恩を感じているじゃないか。
 こんな女に、恩だ貸しだと言う程、俺は最低な男じゃない。

 危機を脱した今でもこんなに辛そうな人間に、そんなものは期待しない。
 
「違うだろ………、なぁ、クリスティナ」
「……なによ」
「逃げずに守ってくれて、助かった、お前のおかげでっ、、命を救われた」
「……なに、いって」
「お前の打算に乗ろう、約束する、何時か、今度は俺が守る」
 
 また、会いたい。約束をするのであれば、これが最善だ。だから、今度またあって話のできる機会があるのであれば、その辛そうな笑顔の理由を教えて欲しい。
 
 これが、惚れたというやつなんだろうか。
 
「っ、……」
 
 クリスティナは一瞬目を見開いて、それから口を開いて笑った。
 
「……待ってる」
「あぁ、」
 
 その笑顔を綺麗だとは思わなかったが、初めて心を開いて笑ってくれたような気がした。
 意識が遠のいて行き、緊張の糸が切れると、全身の痺れるような痛みに気を失った。
 
 
 
 

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