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決意の手紙 その1
しおりを挟む描き上がった手紙を丁寧に封筒に入れ、封蝋をし、タリスビアの印を押し付ける。これは、クリスティナ様へと、送るものだ。私の名前の手紙であれば、必ず彼女の元に届くだろう。
内容は、私は帰らない、それだけ。暗号式すら使っていない。迎えに来られても私は、帰らないと決めた。
ガラスの箱に入れて、丁寧に飾ってある、ネックレスへと視線を移す。
これを外すと、私は意外とドライだった。
数日間は熱が出たり、体調が優れなくなることがあったが、現在はそれも落ち着いている。
憶測だけど、私の思考を制御する以外にも、体調を整えてくれたり、生活をサポートしてくれるような普通の手仕事らしい魔法も編み込まれていたのだと思う。
…………人って分からないよね。本当に。
愛してくれていたのだと、思う、けれど、分かりにくすぎる愛情だ。
……私は、マナンルークの王位争いと言うものを歴史書でしか知らない。読んでいるだけでも、恐ろしくなるような内容だった。毒殺なんて日常茶飯事、残酷な拷問にかけたり、見せしめに処刑をしたり、気の滅入るような争いの記録が国にはたくさんある。
有名な話だと、意図せず王の子供を産んだ母が王位争いに巻き込まれないように、聖痕のある赤子の右手を切り落とすお話がある。
愛しい子供の腕を落とすよりも、王位争いに対する恐怖が勝り、母親は子供の腕を切り落とす。話の結末は結局、母子ともに聖なる印を侮辱したとして、処刑される。不憫すぎる教訓話だ。
その歴史書で見たままの世界で、幼い頃から生きているクリスティナ様の事を私が理解できないのは当然だと思う。
彼女が即位したのは、まだ十歳の頃の事だったはずだ。
母親が、貴族の中でも大きな力を持っている、家系であり、女性だというハンデをものともせずに、同じ血筋の王族を次々に無力化して、王座を手に入れた。
正直、クリスティナ様は、その時まだ子供だ何も出来なかったはずだと、家庭教師に教えられたが、実際に会っていればただ操られるだけの人物じゃない事はわかる。
常に感情を表に出さないし、所作は、全てのことが絵になるほど美しくて、何事にも気を払って行動している。
大人が、クリスティナ様を王位につかせようとしただけではない、彼女自身努力して、それを望んでいた。
だから、残酷な貴族社会の王位争いも甘んじて受け入れられたのだろう。
怖くて、強くて、悲しい人だ。
クリスティナ様には、長生きして欲しいと思うが、正直、もう、対面でのお話は出来ない。さすがに怖すぎる。こんな手紙を送ったら、あの冷たい笑顔で、美しさを保ったまま、綺麗な言葉で罵ってくるのだろう。
……やっぱり手紙、書き直そうかな……。
いや、ダメだ、もう封だってしちゃったのだから。それに、これは私の決意の表れだ。私はこの国で生きていく。長く丁寧な言葉を書いたところで、結論は変わらないのだ。
「リノ、これ」
「ん?」
「マナンルークの女王陛下に」
「……姫さん、僕」
送ってもらおうと思い渡したのだが、リノは、その手紙を見てものすごく困ったように、言い淀んだ。
あ、あれ、なんだろう、私は手紙を出しちゃ行けないとか、そういう決まりでもあったのだろうか。
首を傾げていると、リノは、ペタンと耳を下げて、「マティ」と小さく呼ぶ。
私はその声を聞いて、マティの方を振り返ると、お茶の支度をしていたはずの彼女は、泣きそうな不安でたまらないといった表情で、支度を途中で辞める。
??
これが終わったら、甘いお菓子を食べようと思ってお願いしていたのに、なぜ準備を止めたのだろうか。
楽しみにしていたクッキーは、一旦、箱へ戻された。
それからマティは、どんな表情をしたらいいのか分からないみたいな、思い詰めた無表情をして、こちらへやってくる。
「姫様……ルカと何かあったのでしょう?」
な、なんで唐突にルカ……。まぁ、何かあったとか言われればあった、ちょっと仲良くなった。
けれど、話すと長くなるし特出して言うようなことは無い、それに昨日は、私は今までと変わらずここにいると言う事を決意しただけだ。それなら、今までとまったく変わりなく過ごせるのでやはり特に伝えることも無いと思う。
あ、でも、二人はもしかしたら、遊猟会の日から私が思い悩んでいた事に気がついて居ただろう。
それで心配かけてしまったのかな?
「うん、ちょっとね、でも」
「やっぱり!!」
「ん?」
「姫様!お願いです、私、姫様が投獄されている姿なんて、見たくありません!!リノ!」
マティが、今にも泣き出しそうに、眉をしかめて、リノから手紙を受け取った。
そして、魔法で火をつけて、手紙を燃やす。ハラハラと灰になって、一時間ほど迷ってやっと書いた手紙はあっけなく燃えカスになった。
「え、えぇ」
もう一度、書けば良いのだけれど、マティの主張は意味が分からず、突然の行動に、思考が追いつかない。
私は、手紙に手を伸ばしたまま硬直していた。
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