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熱の病 その4

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 風邪を引いてから、何日目だろうか。
 
 相変わらず、すごく体が熱い、全身が熱湯に浸かっているかのようで、目を瞑ることもできずに、ベットの天蓋を見つめていた。
 
 あぁー……本当に死にそうだな……。
 
 熱は上がり続けて、次第に食事は取れなくなり、水分補給もままならない。こんな唐突に病気になるなんて、誰が予想できただろうか。
 
 急に訃報が届いたら、屋敷の皆は驚くだろう。
 私自身だって、まだ、夢が叶っていないというのに。
 
 ……つらい。
 
 ぐしゃっと顔を歪めて、涙を我慢する。
 泣きだしたらキリがないだろう。何から悲しんだらいいのか分からない。
 
 慣れ親しんだ場所に、もう二度と戻れないと言う悲しみ?
 船で大変だった長旅?
 助けようとした姫に裏切られたこと?
 ルカの酷い言葉?
 誰にも常識が通用しない息苦しさ?
 
 ……、……。

 ……本当は、全部悲しかった。
 一つの事でも、本当は、すごく悲しいんだ。
 だから、こんな状態で泣き出せば止まらない事は、わかっている。
 
 何とか体を起こす。部屋の電気はついている、けれどメイド二人は居ない。
 窓の外を見れば、日が暮れて真っ暗なので、夜ということは間違いないだろう。
 
 何か、気が紛れるものないかな。
 
 ふと真横に顔を向けると、そこに座っていたルカとパチッと目が合った。彼の耳がピクッと反応する。
 
「……、」
 
 何しに、来たんだ。
 
 今まで、顔を出さなかったくせに。
 
「体調はどう?」
 
 見ればわかるだろう、何故そんなことをわざわざ聞くの。

 ルカは薄ら笑って、首を傾げた。
 
「このまま熱が続いたらどうなるか、考えた?」
 
 考え無いわけ無いじゃないか。不安で仕方ないって言うのに……なんでそんな楽しそうに、私に聞けるの。
 
「熱で倒れた姫達、帰りの船上で、息を引き取ったらしいよ。死ぬ直前まで、熱い、怖い、苦しいって泣いてたってさ」
「……」
「姫なんて所詮、都合のいい交渉道具だからね。親の庇護がなければ、何されても一人じゃ解決できない」
「……だから、なによ」
「可哀想だなって。獣人の国にお嫁に行かされるなんて、親に見捨てられたも同然でしょ?人間はすぐに子供を見捨てるから、君みたいな可哀想な子供が増える。大切にできないなら、馬鹿みたいに繁殖しなければいいのに、……っあはは!」
 
 ルカは我慢できないと言った感じに、しっぽをふわりと揺らして、軽快に笑う。
 
「そ、んな、事。……この風邪に、関係ない、でしょ」
「どうして?その熱の原因は、ここに来た事だって検討がついているでしょ、それなら連れてこられたという事に因果関係があるのは必然だ。そして君が無様に苦しむのには、ちゃんと理由があるんだよ」
「……りゆう」
「そう、理由ね……君が人間だから。苦しんで怖かって怯えて、当たり前。わかった?」
 
 ……。
 
 楽しげに話す彼の方へ、体を引きずって移動し、すぐ目の前まで寄る。

 起き上がるだけで辛いと言うのに、どうして、ルカはこんな事ばかり言うのか。悲しいし、不安だ。こんな風に悪意で言葉を吐かれたら、誰だって傷つくに決まってる。
 そしてルカは、わざとやっている。私を傷つけたくてやっている。でも、まったくそんな事をされる心当たりなんか無くて、そして、ルカは何か、違うような気がした。

 悪戯にそんな事をして楽しんでいるだけのただの酷い人だとは、上手く思えない。いや、思いたくない、だって怪我したときは助けてくれたし、それにこの人が私を選んだんだ。だからきっと……。
 
 倦怠感ですぐに呼吸が乱れる。生理的の涙なのか、悲しみなのか、じんわりと視界が歪んだ。
 
 ……彼の本音は違うって思いたい。
 
「……ルカ。は……何が言いたいの」
「は、話聞い───
 
 もうひどい言葉を聞きたく無くて、両手でルカの口を塞いだ。
 
 今は、聞いていられるほどの精神力がないのだ。
 それに、ルカはわざわざ私の部屋にきたのなら、一方的に罵るのではなく、私と話をするべきだ。ちゃんと、相手の言葉を汲み取って交わすこと、これが話をするってことだ。
 
 それなのにルカは一人で話して、私を傷つけて、自分が求めている反応だけを欲していて、私に暴言を吐く。
 
 そんなものは、会話とは言わない。
 
 それに、相変わらず彼が私に望んでいることはよくわからない。罵るのではなく素直に私にどうして欲しいのかを言って欲しい。
 
 泣き崩れるところが見たいの?それとも激昂して殴りかかればいいのかな?わからない。
 
「ルカ、思って、ること、言ってくれないと……なんにも、わかんない」
 
 口に手を押し当てただけじゃ、喋れるのに、ルカは私の言葉を遮らなかった。
 やはり驚いたように私を見ている。
 
「意味のない、事、ばっかり、言ってないで、ちゃんと話をするなら、ごほっ……聞くから」
 
 手を離しても彼は、口を開かない。
 また、何も言葉が出なくなってしまったルカを見ていると、子供みたいで、自分自身が何をしたいのかわかっていないようで、あどけなく見えた。
 
「……、辛いから、寝るね、おやすみ」
「……」
 
 横になって、布団をかけると、縦長の瞳孔を真ん丸にして私を見ている。その観察するような瞳を見つめ返す。
 
 ……やっぱりルカは不自然なかんじ、アンバランスとも言うのか。
 だって良く考えれば、ルカは、私が起き上がるまで、ベットの隣でじっと待っていたわけでしょ。
 今だって同じように観察しているだけだ。
 
 出会った時からおしゃべりで毒舌な王子様だと思っていたが、もしかすると本来は、物静かな人なのかも。
 
 まぁ……わからんけどね。
 
 それでも、気は紛れた。先ほどまでの陰鬱とした気持ちは幾分ましになり、泣かずに済んだのだ。
 ……もうちょっとだけ頑張れそう。
 



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