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深夜の呼び出し その5

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 感情を抑えるようにして、自分の手を握る。

 子を産むことだとでも言うのだろう。確かにそれだって立派な仕事だ。大事な事だ。
 
 けれどやっぱり、私で無くなっていいじゃないか。
 私の意思に関わらず、それが、大事だと言われてしまえば、なすすべなどないのに。
 
「……はい」
「タリスビアで生き、我々に人を教えておくれ」
 
 予想外の答えに、私はぱちぱちと瞬きをした。

 人を教える?
 それって……一体どういうことだろう。
 
「……どういう意味ですか」
「我々は、強者である。が同時に、人間と言う大きな敵をもつ弱者でもある」
 
 エグバート様は、相好を崩し、そういう、人間を敵と言ったが、そう思っているようには見えない表情だ。
 
「人間もまた、獣人という、強力な種族を敵にしている弱者だ」
 
 この人は、難しい言い回しをする。
 つまりは、両方弱者の立場だという事か。
 
「お互いに、滅ぼされぬように牙を剥き出しにし、怯えておる。一個体の強さでは増されども、我らは、長い目で見れば、人間よりも劣等種だ」
「そ、そんなこと!」
「良いのだ、そういった事は有り得る」
 
 否定しようとすると、制されてしまった。
 私にはそんな風には思えない。というか、あまり、難しい話は得意ではない。
 
「故に、我々は人を敵ではなく、友にしなければならないであろう。人は我々を短い目でのみ見て、強力な敵だと思い込んでおる」
「……」
「歩み寄らなければ、人を知らなければ、友にはなれぬ」
「そう……ですね」
 
 だから、私に人を教えて欲しいと。

 けれど、具体的にどんな事が獣人と違って、何を教えればいいのか私には分からない。学者でもなければ、頭もそれほど良くない。
 
「でも、それでもやっぱり、私には……出来ない」
 
 自分でも、駄々を捏ねてしまったと思った。こんなわがままを言ってしまうなんて、私はどうかしている。
 
 ここでの役目を認めてしまえば、故郷を思って帰りたいと願うことが許されないような気がした。
 
「いつかでいいのだ、ロイネよ。この国にでも、ルカかクルスにでも、どれかに愛着が持てたら、我々に歩み寄ってくれれば良い」
 
 暗く沈んた表情をしている私をエグバート様は優しく撫でた。
 
「ロイネ、其方は成人もしていない幼い娘なのだ、いつでも頼りなさい」
 
 励ますようにエグバート様は、私の肩に触れる。
 
 ……優しすぎだよ。
 今まで、誰にもこんな事を言われた事はなかった。幼い頃から、自分に仕える者達と生活していたからだろうか、頼れと言われた事は、初めてな気がする。
 
 私にもし、父親がいるのならこんな人ならいいな。
 
「……ありがとうございます」
「ああ、それに私は、其方を買っているのだ」
「?……何故ですか」
 
 エグバート様に見せた中で、そん風に思われる部分が思い浮かばず、聞き返すと、エグバート様はふと笑みを浮かべる。
 
「人間に月光浴の習慣がないことは、知っていたのでな」
「?」
「我らの風習だと気がついて、異を唱えず、合わせたのだろう?……心優しいのだな、其方は」
 
 言い終わると、急にモフっと狼の姿になった。
 
 知ってたのなら、説明ぐらいあってもいいのでは、と思ったが、もしかすると、最初の一時間の熱弁が説明だったのかもしれない。
 
 そ、そんな分かりづらい事ある?なんか、少しおかしくて笑えてしまう。
 
 エグバート様は、そのままソファから降りて、クルスの元まで駆けてゆき、隣に腰を下ろした。
 それからすっと顔を上げて「ウォン」と小さく吠える。
 
 何か言ってるなぁと思い、とりあえず、側まで私も歩いていくと、くんっと服の裾を引かれて、座り込む。
 
「ウォン」
「な、なんですか」
「わふっ」
 
 背後で眠っていたクルスが起きて、眠たげに鳴いた。それから、バッと私に覆い被さってきて、床に押しつぶされるように、横になった。
 
 納得したようにエグバート様は、目を瞑る。
 
 もう、なんだか深く考えられない私は、そのまま眠気に任せて、目を閉じる。
 大理石が冷たかったので、傍で眠っているクルスに引っ付いて暖を取った。
 
 少しだけ……いや、結構触ってみたかった、わんこの体は想像よりも毛が柔らかくて、笑みが零れる。
 
 やっぱり、月光浴は寝落ちまでがセットなのね。
 
 
 
 
 
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