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メイドの二人 その1

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 “獣人は、食物連鎖の頂点に君臨する種族である”

 タリスビアの前王がこんな事を言っていたという記述を見たことがある。

 随分昔から、獣人は人間を目の敵にしており、私達の事を劣等種族として扱う。
 獣人は、魔力が人間に作用することによって生まれた種族とされているが、実際は、何が正解なのか、人間である私達は誰も知らない。
 
 ……でもはっきりしている事はある。
 獣人は皆、私を人間と言うだけで、白い目で見るという事だ。
 クルスは良い奴だ。けれど、あの付き人のように獣人は、ルカのような人が多いんだろうと思う。

 なので、私は今日も与えられた城の一室から出ること無くこじんまりと生活している。クルスに会いに行く日以外は、部屋着から着替えない日もあるぐらいだ。
 
 これからどうなるのか分からない以上は、主にタリスビアの勉強として、部屋に用意されている本を読んだり、屋敷への手紙を書いたりして過ごしている。
 
 稀にルカがやってきて、外に連れ出される事があるが、相変わらず彼が何がしたいのか分からない。
 獣人にしか使えない魔力をたくさん使う魔法道具を使ってみろと言われたり、生焼けの肉料理を晩餐に出されたりと、いじめを受けている。
 
 ここに来て二週間程たつが、この状況がいつまで続くのか、私は本当に、結婚するのか、そしてここでやって行けるのか、不安な日々が続いていた。

 だからといって不安に駆られて、下手に動いき、ルカみたいな獣人に目つけられたら、たまったもんじゃない。こうして部屋で小規模な生活をしている方が良いに決まっている。
 
 まだ一文字も書いていない白紙の便箋を眺めた。

 思考が不安と自由に過ごせないストレスで堂々巡りを繰り返して、まともに屋敷へ出す手紙の内容も考えられない。
 
 ガチャッと扉の開く音に、心臓がドキンと跳ねる。
 そっと振り向くと、メイドの小さい方だった。

 小さいと言っても私よりは大きく、そして、大きなお耳がついている。
 しっぽは、狐のような毛量の多いふわふわだが、私は彼女が苦手だ。
 というか怖いのだ。
 
 自分の身の周りの世話をしてくれるメイドなのはわかっているが、それ故、怖い。

 いつもしれっと仕事をしていて、無口。初めて仕事に来た日だって、私に話しかけることも無く、名前も知らない彼女は部屋の掃除を始めたのだ。
 それから、一切のコミュニケーションを取らないまま仕事をして貰っているが、どう接したらいいのかわからずにいる。
 
 彼女のミルクティー色の長い髪は、いつもふわふわと柔らかそうで、仲良くなりたいと思う。でも、彼女は私の事を睨むように見てくるので「いつもありがとう」と言う勇気さえ出ないのだ。
 
 と、それから、単純にストレスなのだ。自分の生活空間に、私を軽くひねりあげる事が出来る、筋肉ダルマの愛想の悪い大男がいるって考えてご覧よ。怖いだろう誰だって。
 
 こちとら、まったく知らない土地でこの部屋にしか居場所がないんですよ?
 稀に来る婚約者第一号は、私を人間って呼ぶしね!
 精神的に、ギリギリ……限界。
 
 何か、小さい方のメイドに声をかけようと思って小さく息を吸う。するとタイミング悪く、扉を開けて大きい方のメイドがパタパタと足音を鳴らし虎柄のしっぽを揺らしながら入ってくる。
 
 椅子の上で、身をかがめて、メイドの様子を伺う私に、大きい方のメイドは一瞬存在を確認するように視線を送る。
 丸っこい耳は、少し威嚇するみたいに、伏せられて、ふとすぐに視線はそらされる。
 
「……、……」
 
 コソッと二人は何かを話して、大きい方のメイドはまたパタパタと去っていく。
 
 大きい方のメイドは、小さい方より幾分雰囲気は柔らかいが、目が人間のそれではない。
 よく見ると瞳孔が縦長でルカとおなじで、怖い。
 
 ……私って、こんなに怖がりだったっけ。
 
 これから掃除をする予定なのか、ハタキを片手に小さいメイドは、私の近くまで来る。
 
 彼女の些細な動きが、心臓の鼓動を早くして、頭がクラクラする。
 この国に来て、まともに眠れてないせいもあるのかもしれない。
 
 なんでこんなに、怖いと思うのだろう。
 マナンルークには純粋な獣人はいないけれど、少し獣人の血が混じっている半獣人は存在する。
 彼らは、稀にタリスビアからマナンルークに人身売買されてやってくるが、獣人特有の力を持っているものも多い。力持ちだったり、魔法が得意だったりしてとても心強い存在だ。

 高貴な王族の人々は、半獣人の彼らの事を獣人同様、毛嫌いしている者ばかりだが、私の屋敷には二人程、半獣人の使用人がいた。
 私が多少なりとも、獣人に理解があるのはその二人のおかげだ。
 
 ちゃんと彼らとは、信頼関係を築けていたし、腕力が強くとも、頼りになるなぁ、としか思わなかったのに。
 
 今は自分の世話をしてくれるメイドにさえ怯えて動けずにいる。
 
 ……誰か見知った人が一人でもそばに居てくれたら、勇気が出たのに。
 無理な事だとわかっていても、屋敷の皆の顔を思い浮かべる。
 
 本当に……なんでこんな事になっているのだろう。
 帰りたい、帰らなければ。まだ、結婚していないんだ、帰れる方法だって……あるかもしれない……。

 頭が熱に浮かされるような感覚がする、タリスビアに来てから、夢の中にいるようなふわふわした感覚がする時がある。
 
 ……。
 
 私は。
 
 弱かったんだな。

 ポツリとそう思った。こんな風に思ったのは初めてだ。
 
 自分を落ち着かせるために、胸いっぱいに空気を吸い込んでゆっくり吐く。
 
 ……獣人にもクルスのような人がいるように、何の種族だろうと、人となりはその人、個人の問題だ。

 人間嫌いの獣人は沢山いて、当たり前のように、私は、メイドたちに嫌われているかも知れない。でも、そうじゃない可能性だってちゃんとある。

 人が人を好くか嫌うかなど、貴族だろうが、人族だろうが、平民だろうと、半獣人でも、獣人でも、人それぞれだ。
 
 自分から歩み寄っていないのに、相手に任せて怯えて、そして被害者のような顔をするなんて、情けない。
 
 そう、情けない……から。
 
「メイドさん……いつも、ありがとう。と、ところで、このペンダントの付け方、お、しえて欲しいな」
 



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