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クルスとお話 その1

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「くるす」
「……なんだ」
「ル、ルカが怖い」
 
 執務をしているクルスの背中に向かって話しかけた。
 私は、ソファに三角座りをして、相変わらず味の薄いクッキーをもそもそと食べる。
 
「会わなければいいだろう。お前にも部屋があるんだから、引きこもればいい」
「それが出来たら、こんな相談してない」
 
 作業中に話しかけるのは、悪いかもと思ったが、クルスのしっぽが揺れているので問題は無さそうだ。

 彼は魔法を使って、書いていた書類を封筒に入れて、印を押す。
 ふわふわと手紙が勝手に完成してく様は、とても面白い。そして器用だなとも思う。

 魔法を使うには、繊細な魔力の操作が必要だし、何度もその作業をして、慣れて、目を瞑ってでも出来るようにならなければ魔法による自動化は出来ない。

 人間は魔力の操作が得意な者が少ないため、手でやった方が早い。そう言う理由で日常的に魔法を使う者は多くない。
 
「……そうだな、拒否できるわけないか」
「うん」
 
 クルスは作り終えた手紙を、そのまま執務机に残して、私の方へと振り返る。
 
「ルカに見初められるなんて、災難だったな」
「本当よ……姫様達は本当に帰っちゃったの?」
「ああ、マナンルークの船はもう港を出航した頃だろう。姫達の罪を不問にして送り返したんだ。お前の望んだとおりだろう」
「そう、だけど……」
 
 
 混乱を極めたお見合いパーティーは、ルカが私を見初めて、それから、クルスがその場を収めることによって何とか終結した。
 
 逃げの一手に出た私は、ルカの付き人によって捕らえられて、引きずられるようにして、城の一室へと連れ込まれた。
 そこで、何故か私も含めて、罪を犯した二人の姫と、被害者であるカトリーナ姫の処遇に付いて、話し合われた。
 
 主に話し合っていたのは、クルスとルカの二人だったが、ルカは私を嫁に迎えるので、彼女達についてはクルスに任せると言い切った。

 クルスは、私を見やった、そんでもって、何を思ったのか、クルスも花嫁を私に決めていたと言った。
 ルカは態度から人間嫌いが滲み出ているような男なので、クルスは私を庇ってくれたのかもしれない。
 
 ルカはお耳をピコピコさせながら「それじゃあ、決まりだね。残りの子は返しちゃっていいんじゃない」言って、実際その通りになった。
 
 屋敷に帰ることが出来なくなった、私の願いをクルスは聞いてくれた。私の望みはひとつ。被害者も加害者も、皆無事に国に返してあげて欲しいという事だ。

 せっかく被ったのだ、その結果自分がどうなったのであれ、意思は突き通すべきだと思った。それに、私を養子に貰ってくれた、テラスト公爵家に迷惑をかけるわけにはいかない。
 政変の負け組だとしても、姫様達に恩を売っておけば損は無いだろう。
 
 本当は、自分が帰れるのが一番良かったが……未だに実感がわかない。
 運悪く事故にあったようなものだと、自分を納得させようとも思ったが、このまま結婚してしまえば、本当に母国へは一生帰れない。
 
 妙な感じだ、来る時は王子様に見初められるなんてあるわけないと思っていたが、そこには、多少の乙女心なんて物も含まれていた。きっとあるわけない様なことが起こって私が選ばれたら、お相手の王子様は素敵な人なのだろうと。
 もしも……家族ができるのなら、それはそれで悪くないのかもしれないと。
 
 けれど、現実は非情なもので、知っていた通り、獣人は種族差別が酷い。
 王子だからといって、特別良い人なんて事は無かった。
 
 そして現在、私は、二人の王子の婚約者という特殊な立ち位置になった。
 
 ……いやぁ、びっくり。
 ついこの間まで、田舎貴族の令嬢だったはずが、世界を騒がせているタリスビアの王子二人の婚約者とか。

 ここ数日で、タリスビアは、礼儀や作法が緩めのお国柄だということがわかったため、もはや、人間蔑視をする婚約者の事は、呼び捨てにする事とした。
 
 それにルカは、私の事を名前で呼びさえしない。
 私の名前は人間じゃないっロイネだ!お前のこと猫ちゃんって呼んだろか!
 
 まぁ、そんな感じルカと呼ぶことにしたけれど、クルスの方は親しみを込めてって感じだ。
 
「お前のおかげで、俺はまだ、結婚せずに済んでいる。できる限り、手助けはするぞ」
「……。私のお陰?」
 
 クルスは、戸棚から、救急箱のような木箱を出してきて、テーブルに置き私の向かいのソファーに座った。そして、それを開くと、宝石の様なものが並んでいる。
 
 引っかかる言い方をした彼に、問いかけるとキョトンとして、耳をピコンと反応させる。
 
「気がついてなかったのか?」
「な、なにを?」
「……ルカと俺がロイネと婚約している限りは、どちらかが譲らなければ、結婚できないだろう」
「……つまり?」
「まだ、探すつもりだ」
「あっ、想い人?」
 
 どうやら心配して、婚約者になったわけではなく、クルスは混乱に乗じて、結婚を先延ばしにするために、私を選んだらしい。
 
 ずいぶん自惚れた思い違いをしてしまっていたが、まぁ、それはいいだろう実際、私だって、まだ、ルカと結婚せずに済んでいるし。
 
「ああ……諦めが悪いと笑うか?」
「いいえ、私はステキだと思う、笑ったりしないよ」
「そ、そうか!」
 
 パッと表情を明るくして、しっぽをぶんぶんと振り回す。
 
 ……喜びの仕草が、可愛いな。
 クールな見た目をしているけれど、こう……うん、ちょっとワンコっぽいところが、愛らしい。
 




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