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銀髪の女神
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図書室には毎日顔を出している。それが遼の日課だった。
遼自身図書委員をしていたが、週に何度かしか当番がまわって来ないので本来は毎日来る義務はない。今日も一生徒として来たのだ。しかし書庫にいると図書委員として声をかけられることが多かった。
腕章をしていない時は図書委員ではないのだが、顔を覚えられていては仕方がない。さすがに貸し出し業務まではしないが、探している本がどの辺りにあるかについては教えている。
もっとも、声をかけてくるのは二年生か三年生であり、下級生は話したことのある顔見知りだけだ。
図書室に入り、閲覧室や書庫に入ったところでそういう生徒の相手を何人かしてからようやく自分の時間がやってくるのだった。
そして白砂レイナはいた。
今日は薄いグレーのパンツスーツ姿だった。たまに膝上丈のミニスカートの時があるが、担当授業がない日らしい。授業がある日はいつも同じ格好をしていた。あまり授業用の服を持っていないのかもしれない。
「あ、香月君」
いつも白砂の方から声をかける。そのように仕向けている。
遼は自分から声をかけられない。話がしたいと思った相手にはさりげなく自分の存在を知らせて話しかけてもらうように動いている。
「どうも」何がどうもなのかわからないがそういう返事しかできないのだ。
「今日は図書委員ではないのね?」白砂はわずかに微笑した。
毎日図書室に来て、図書委員でない日の方が多いにもかかわらず白砂はそういう訊き方をした。
「お蔭さまで」何なのか、と心の中で自虐的に思うがもちろん顔には出ない。
「何かお探し?」
たまに白砂は生徒に向かっても丁寧な言葉遣いをする。それがまた品が良い。そして少し返事が遅れたりするとわずかに首を傾げる。
今日の白砂は銀髪にも見える黒髪を頭頂部で纏めて綺麗なうなじを出していた。髪の生え際が処理をしているのかと思うくらい綺麗だ。
「すみません、つい見とれてしまいました」
「え?」
「何でもないです。特に今日も探し物はないです。いつも気まぐれですから」
「そう」白砂は目を細め「何だか調子が狂うわ」と独り言を口にした。
「そういえば香月君、球技大会はどっちに出るの? バスケット? サッカー?」
白砂の認識ではフットサルもサッカーも誤差の範囲のようだ。遼自身もその違いを認識したのは最近だったが。
「サッカーです」と白砂に合わせて答えた。
「観に行くわ。香月君が活躍するところを見てみたい」
「ボクは最低限の三分しか出るつもりはないです。運動音痴なもので」
「あらそうなの? それでも見てみたい」白砂は笑った。
最低限しか出ないのは、特殊ルールで男子のシュートが得点にならず、フィールドに女子を揃えた方が有利だからなのだが、そういうことを語るのは面倒だと考えてしまった。
だから一言で済ませてしまう。それでコミュニケーションが乏しい結果になってしまうのだった。
「先生は何かスポーツされるのですか?」
「そんな風に見える?」
質問に質問で返すのは反語すなわち否定だと思ったが、遼はこれ幸いと白砂の体をまじまじと見た。
「すごく綺麗な体です」
「まるで透視できるみたいな言い方ね」白砂はわずかに顔を赤らめた。
「ずっと視ていて飽きないですね」
「ちょっとは遠慮してよ」白砂は両掌を顔の前に盾のように立てた。
「先生、顔を見られるのがイヤなのですか?」
「そんなことないけど」
「でも隠したのは顔でしたよ」
「君の視線が怖かっただけよ」白砂は目をそらした。
「ボクが先生だったら胸に手を当てましたけどね」
「そこ!?」
「ボクに限らず男の視線とはそんなものだと思います」
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
白砂のジト目に爽やかな笑みを返す。
「まあ先生が顔を隠すのもわかる気がします」
「どういうこと?」
「美貌ですものね」
「そんなこと、ないわ」白砂はまた目をそらした。
それは自分の顔が好きだと言っているようにも見えた。
「この学園には美人の先生が驚くほど多いですが、ボクが知る限り白砂先生は二番ですね」
「何か複雑な気持ちになるわ。褒められて嬉しいけれど微妙。ちなみに一番は誰?」
「小町先生です」
「納得ね。何だか光栄だと感じるようになったわ」
「美貌という観点では二番ですけど、好みの顔という意味では一番ですよ」
「香月君、そんなことを平気で口にするのね。ちょっと意外」
「ボクも意外ですよ。先生の前では素直になってしまう。思ったことが口からどんどん出てくるようです」
「できれば口にチャックをしてほしかったわ」白砂は眉をひそめて困惑をあらわにした。
「ということで球技大会にもし先生が観に来られたら先生が気になってサッカーどころじゃないです。ボクが出ていない時にどうぞ」
「じゃあそっと物陰から覗くわ」
「結局観に来られるのですね」遼はため息をついた。
「たまには君を困らせてみたいから」
「は?」
「いつも私が困惑しているし」
書庫に生徒の姿が増えたために白砂との会話はそれで終わりとなった。
「またここで会える日を楽しみにしています」
「私も」白砂はにこりと笑って去っていった。
遼自身図書委員をしていたが、週に何度かしか当番がまわって来ないので本来は毎日来る義務はない。今日も一生徒として来たのだ。しかし書庫にいると図書委員として声をかけられることが多かった。
腕章をしていない時は図書委員ではないのだが、顔を覚えられていては仕方がない。さすがに貸し出し業務まではしないが、探している本がどの辺りにあるかについては教えている。
もっとも、声をかけてくるのは二年生か三年生であり、下級生は話したことのある顔見知りだけだ。
図書室に入り、閲覧室や書庫に入ったところでそういう生徒の相手を何人かしてからようやく自分の時間がやってくるのだった。
そして白砂レイナはいた。
今日は薄いグレーのパンツスーツ姿だった。たまに膝上丈のミニスカートの時があるが、担当授業がない日らしい。授業がある日はいつも同じ格好をしていた。あまり授業用の服を持っていないのかもしれない。
「あ、香月君」
いつも白砂の方から声をかける。そのように仕向けている。
遼は自分から声をかけられない。話がしたいと思った相手にはさりげなく自分の存在を知らせて話しかけてもらうように動いている。
「どうも」何がどうもなのかわからないがそういう返事しかできないのだ。
「今日は図書委員ではないのね?」白砂はわずかに微笑した。
毎日図書室に来て、図書委員でない日の方が多いにもかかわらず白砂はそういう訊き方をした。
「お蔭さまで」何なのか、と心の中で自虐的に思うがもちろん顔には出ない。
「何かお探し?」
たまに白砂は生徒に向かっても丁寧な言葉遣いをする。それがまた品が良い。そして少し返事が遅れたりするとわずかに首を傾げる。
今日の白砂は銀髪にも見える黒髪を頭頂部で纏めて綺麗なうなじを出していた。髪の生え際が処理をしているのかと思うくらい綺麗だ。
「すみません、つい見とれてしまいました」
「え?」
「何でもないです。特に今日も探し物はないです。いつも気まぐれですから」
「そう」白砂は目を細め「何だか調子が狂うわ」と独り言を口にした。
「そういえば香月君、球技大会はどっちに出るの? バスケット? サッカー?」
白砂の認識ではフットサルもサッカーも誤差の範囲のようだ。遼自身もその違いを認識したのは最近だったが。
「サッカーです」と白砂に合わせて答えた。
「観に行くわ。香月君が活躍するところを見てみたい」
「ボクは最低限の三分しか出るつもりはないです。運動音痴なもので」
「あらそうなの? それでも見てみたい」白砂は笑った。
最低限しか出ないのは、特殊ルールで男子のシュートが得点にならず、フィールドに女子を揃えた方が有利だからなのだが、そういうことを語るのは面倒だと考えてしまった。
だから一言で済ませてしまう。それでコミュニケーションが乏しい結果になってしまうのだった。
「先生は何かスポーツされるのですか?」
「そんな風に見える?」
質問に質問で返すのは反語すなわち否定だと思ったが、遼はこれ幸いと白砂の体をまじまじと見た。
「すごく綺麗な体です」
「まるで透視できるみたいな言い方ね」白砂はわずかに顔を赤らめた。
「ずっと視ていて飽きないですね」
「ちょっとは遠慮してよ」白砂は両掌を顔の前に盾のように立てた。
「先生、顔を見られるのがイヤなのですか?」
「そんなことないけど」
「でも隠したのは顔でしたよ」
「君の視線が怖かっただけよ」白砂は目をそらした。
「ボクが先生だったら胸に手を当てましたけどね」
「そこ!?」
「ボクに限らず男の視線とはそんなものだと思います」
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
白砂のジト目に爽やかな笑みを返す。
「まあ先生が顔を隠すのもわかる気がします」
「どういうこと?」
「美貌ですものね」
「そんなこと、ないわ」白砂はまた目をそらした。
それは自分の顔が好きだと言っているようにも見えた。
「この学園には美人の先生が驚くほど多いですが、ボクが知る限り白砂先生は二番ですね」
「何か複雑な気持ちになるわ。褒められて嬉しいけれど微妙。ちなみに一番は誰?」
「小町先生です」
「納得ね。何だか光栄だと感じるようになったわ」
「美貌という観点では二番ですけど、好みの顔という意味では一番ですよ」
「香月君、そんなことを平気で口にするのね。ちょっと意外」
「ボクも意外ですよ。先生の前では素直になってしまう。思ったことが口からどんどん出てくるようです」
「できれば口にチャックをしてほしかったわ」白砂は眉をひそめて困惑をあらわにした。
「ということで球技大会にもし先生が観に来られたら先生が気になってサッカーどころじゃないです。ボクが出ていない時にどうぞ」
「じゃあそっと物陰から覗くわ」
「結局観に来られるのですね」遼はため息をついた。
「たまには君を困らせてみたいから」
「は?」
「いつも私が困惑しているし」
書庫に生徒の姿が増えたために白砂との会話はそれで終わりとなった。
「またここで会える日を楽しみにしています」
「私も」白砂はにこりと笑って去っていった。
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