ウラカタ 二年G組げんき組

hakusuya

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隣で寝ている残念美人

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 昼休みは残り少なくなっていた。資料を教室後ろの棚に置き席に戻る。
 隣の席の女子生徒は机に突っ伏して寝ていた。サラサラストレートの黒髪が肩甲骨のあたりまであった。両腕でつくった手まくらに額を載せてすやすやと眠っている。よく見る光景だ。
 午後の予鈴が鳴った途端、彼女は目を覚まし顔を上げた。額にうっすらと腕枕の赤い痕がついていた。
 残念美人。生出おいでを含めクラスメイトたちがひそかに彼女のことを言う。
 笑みも浮かべず無表情で、これほど美しい顔は、美少女が揃っていると言われる御堂藤学園でもそうはいない。しかしその所作はお世辞にも誉められたものではなかった。授業中もよく寝ている。学業成績は時に目をみはる結果を見せることもあるがムラがあり、乱高下した。そして女子であることを放棄したかのような毒舌。クラス替えしてはじめの頃はその美貌に騙されて群がった男子生徒たちもすぐに近寄らなくなった。
「元気組」の中にいる無気力な異端児、それが法月美鈴のりづきみすずだった。
「おはよう、法月さん」生出は作り笑いを浮かべて声をかけた。
「あ、おはよう……」法月はつられるように返事をした。「もう午後の授業か」
 遠慮なく欠伸をした。それでも手で口を覆うという最低限の仕草は見せる。
「おいで……」法月は無表情の顔を生出に向けた。
 心なしか目がすわっているようだと生出は思った。生出は考え込むように黙って法月の顔を見た。「おいで」と言うのは自分の名を呼んだのか、こちらに来いと促したのか、わからなかったからだ。
 いつも法月はそうした紛らわしい話しかけを行い、生出の反応を見て楽しむ。下手に近寄ると、名前を呼んだだけで近寄れとは言ってないと言いそうだし、かといって動かずにいると、呼んだのに来ないのか、とへそを曲げそうだ。
 だから生出はどう反応すべきか考え込んでしまった。
「名前を呼んでみただけだよ」法月は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「何か用があるの?」
「用がないと話しかけちゃいけないのか……、意地悪だなあ。私にそんな意地悪するのは生出だけだよ」
「そっくりそのままその言葉を返したいよ」生出はため息をついた。
 法月とは中一、高一に続いて今年で三回目の同クラスだ。
 気心が知れているせいか、法月は生出とは口を利いた。他の生徒には近寄りがたい雰囲気を纏っているのに生出には気を許しているのだ。生出はその法月に良いように使われていた。
 法月はその時何か言いたそうだったが、ほどなくして一時限目が始まったためにそれきりになった。  
 中間試験の答案が順次返却されてきた。すべての答案が返ってくる頃には成績優秀者が掲示板に貼り出される。かつて中等部に入学した頃は生出も二十位以内に入っていたからその中に名前があった。今や並の成績で、掲示板に載ることはない。
 それは法月にも言えることで、彼女の場合、中一の一学期は学年で一、二位を争う位置にいた。しかし今は総合成績で掲示される五十位以内に入ることすらなくなっている。たまに単一の教科、たとえば英語長文読解や数学で五位以内の優秀者として名前が載るくらいだ。
 その法月は物理の答案が返ってくるとため息をついて生出に絡んできた。
「生出、あんた物理部だったよね?」
「一応ね」生出は曖昧に答えた。
「何点だった?」
「ボクは確かに物理研究部だけど、テストは得意ではない。これでも良くできた方だよ」生出は七十二点の答案用紙を法月に見せた。
「もっと良いのかと思ったよ」法月は不気味な笑みを浮かべた。
「悪かったな」生出はむくれた。
 御堂藤学園の理系科目は高得点をとるのは難しい。赤点にならないように四十点分は簡単な問題になっており、二十点分が標準的問題、そして残りの四十点分が大学入試レベルの難問になっていて、六十点より多く獲るためには入試レベルの難問をどれだけ解けるかにかかっているのだ。そこでどうにか十二点獲れた生出は七十二点となったのだった。同じ物理部の鶴翔かくしょうは八十五点をゲットしてクラスでは最高得点だった。
「私の点見る?」法月が周囲を憚るようにして話しかけてきた。幸運なことに他の生徒は生出と法月に注目していなかった。
「良かったのか?」と訊いた生出は、それが間違いだと知った。
 十五点。それが法月の物理の得点だった。
「の、法月さん……」驚愕と憐憫の入り雑じった目で法月を見ると、法月は開き直ったように不適な笑みを浮かべていた。
「しようがないじゃん、物理にまで手が回らなかったんだから」
 確かその前に返ってきた英語長文読解は九十点超えだったはずだ。数学Ⅱもそのくらいあったように思う。理系科目が不得手というわけでもなかろうに。
「ということで、あとで物理教えてよ、物理部員の生出君」法月は悪びれず魔性の微笑みを浮かべた。「課題を出されたし、期末で挽回しなければならない」
 中間で悪かったら期末で取り返す。中間で良かったら期末で手を抜く。それが法月のやり方だった。
「お互い、落ちこぼれたものだね」
「ボクは赤点にはならないけど」
 すべて並の点で平均的な成績になる生出、できる科目とできない科目の差が大きい法月。総合得点にそれほど差がなかったとしてもその中身は全く違った。そして目立つのは法月の方なのだ。
 総合得点は五十位まで掲示板に名前が出る。それ以外に単一の教科も五位まで貼り出される。法月はそのどこか一科目にでも名前を載せることに成功していた。だから法月は今も優秀者として崇められるのだ。
「やればできる子なのに……」生出は残念そうに呟いた。
「は?」法月は聞こえなかったようだ。
 その日は七時限目にロングホームルームがあった。いわゆる定例の学級会を開く時間だ。議題は球技大会と修学旅行について。五月になってから毎週のように話し合われているテーマだった。
 球技大会は近年形だけのものになっていて、多くのクラスは参加するだけにしている。今年の場合フットサルかバスケットのどちらかにエントリーして最低三分以上出れば良かった。むしろ運営業務の方が忙しい印象すらある。
 生出はフットサル組に入った。それを見ていたのか法月もまたフットサル組に入る。球技大会は男女混合で男子は同時に二名までしか試合に出ることができない。しかもシュートしても得点として認められないというおかしなルールのために男子は試合に出ても裏方の役割だった。
 球技大会は、元女子校だった御堂藤学園が共学化した際に男女の親睦を図るために始まったとかいう説があるが、そんなことを今の生徒たちは意識していなかった。
「勝ちに行こうぜ!」男子の声があがり、「おお」と続く。元気でやる気はある。しかし体がついてこない。それがG組だった。
 おそらく楽しくやるのだろうから自分はできるだけ邪魔にならないように動こうと生出は思った。法月は欠伸をしていた。
 修学旅行については班分けがなされた。一つの班はタクシーに乗れる、相部屋になれる人数として三、四名で組まれた。もちろん男女は別々だ。この班分けはひとりで学園生活を営んでいる生徒にストレスを与える。
 生出は学級委員としての立場上、余った生徒と同じ班になるつもりだった。そして実際ひとりは単独行動をしている生徒が同じ班になったわけだが、もうひとりはクラスでも特に目立つ明るい性格の男子と組むことになった。
「オレ、あぶれたから、元気、よろしくな」と賀村よしむらは軽いノリで生出に笑いかけた。
 仲良しグループが大きいとどうしても一人や二人あぶれるらしい。そして女子もまた同様で、あぶれるはずの法月は鶴翔と同じ班になった。鶴翔が気を利かせたらしいが、法月は「え、なんで、ま、いいけど……」と戸惑っていた。
 法月は鶴翔のような人徳のある優等生が苦手なのだ。他人を追い払う毒舌も鶴翔には通用しなかった。そして鶴翔と賀村が馴染みだったために「じゃあ生出君の班と一緒にまわろうよ」と鶴翔が話をまとめていた。
 まだまだ先の話だが、生出は気疲れする予感がした。学級委員になったがために生出は徐々に女子に囲まれるようになった。
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