迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(ペテルギア辺境の森 プレセア暦2817年11月)

場だけではなく時も

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 案内された食事の部屋には真ん中に大きな長テーブルが置かれていた。そのまわりに背もたれのない丸椅子が並んでいる。大木を輪切りにして作ったと思われる椅子で、不思議なことに高さがまちまちだった。
「適当な高さの椅子に腰かけて下され」
 レヴィは、我々四人が腰かけるまで立って待っていた。
 我々は自分の背丈に見合っている椅子を探して腰かけた。
 レヴィは奥の議長席にあたるところに腰を下ろした。
「もうしばらくお待ち下され。給仕の子らが来ますので」
 どうやら歓待の扱いをされているようで我々は恐縮した。窮地を救ってもらったのは我々の方だったのに。
 しばらくとりとめもない話をして過ごした。
 やがて小さなこどもが三人現れ、木製の皿を我々の前に並べ始めた。フォークやスプーンまで木製だった。
 年の頃十歳前後あるいはそれ以下と思われるこどもは男児一名女児二名で、はじめは我々を警戒して固い顔つきをしていたが、ストライヤー騎士団長と魔法師ルークが微笑みかけると、ニコッと笑い、食器を配置した。
 そこへアングとサーシャが現れた。
 アングは、適当な大きさにカットした新鮮な生野菜をテーブルの真ん中にある大皿に盛った。
 サーシャは我々にパンを配ってまわった。我々四人が腰かけていない空席にもパンは配られ、そこにこの子らが腰かけるのだとわかった。どうやら大勢で食事をとるようだ。
 最後に何かの肉やら根菜などが煮込まれた鍋がアングによって運び込まれ、それぞれの取り皿に移し変えられた。とても良い匂いがするシチューだった。
 用意が整うとアングやサーシャ、小さなこども三人もテーブルの末席に腰を下ろした。椅子の高さがまちまちだったのはこども用の椅子だったからだ。
「さて」
 レヴィが促すとアングが感謝の言葉を唱えた。それはプレセア教の信者が食事前に唱える言葉だった。
 小さな子らは畏まって目を閉じ、真似をするかのようにぶつぶつと言っていた。
「いただこう」
 レヴィの合図で食事が始まった。
 落ち着いた場所でまともな食事をとったのは調査に出てから初めてだった。実感として二日目の夜なのだが、もっと長い時間旅をした気もする。
 小さな子らは我々に好奇の目を向けていた。食事はするのだが、ときどきフォークを刺し損なったり、よそ見をしてスプーンからシチューがこぼれたりした。それをサーシャが叱る。
 幼く見えたサーシャだったが、より年少の子らに対しては年相応の振る舞いをするようだ。
 やがて子らが先に食事を終え、片付けを始めた。
 我々はレヴィによって振る舞われた酒を口にしていた。
「この子らは……?」ストライヤー騎士団長はずっと気になっていたことをレヴィに訊いた。
「この村の大人たちは揃って狩りに出ました。あと二週間もすれば雪が降り始めます。そうなる前に冬支度をする必要があるのです。私はこの子らを預かり、この子らの親は森の奥へ入りました。冬に備えて収穫し備蓄しておくのです」
「ということは……今は何月なのですか?」
「十一月の晦日みそかになろうという頃ですな」
「我々が大迷宮に足を踏み入れたのは五月でした。あれから半年ほど過ぎたのですね」ストライヤー騎士団長は驚きを隠さなかった。
「大迷宮は時の流れが一定ではありませぬ」レヴィが静かに言った。
 再び大迷宮を通って王国に戻ったならさらに時間が超過してしまっているのだろうか。
 やがてサーシャと小さな子らが部屋を出ていった。片付けを行うという。
 我々四人とレヴィ以外にアングが残っていた。アングは我々に酒を注ぎつつ、我々の皿を少しずつ片付けていた。
「ここにペテルギアの兵士や憲兵が来ることがありますか?」ストライヤー騎士団長が訊ねた。
「今は来ることはないですな。こんな山の中まで来る余裕はないのでしょう。ペテルギアは西からの脅威にかかりきりです」
「西と言いますと?」
「エゼルムンド帝国です。東に侵攻して隣国だったオーデリア国を併合し、今やペテルギアの西を脅かす勢いなのです」
「何ですって?」
「ミシャルレ王国も脅威を感じ、バングレア王国との百年戦争を中断して休戦協定を結びました。今やミシャルレはバングレアと手を組んでいる状態です」
「ちょっと待って下さい。ついて行けない」
 我々四人は顔を見合わせた。大陸の勢力地図が大きく書き換えられようとしている。
「エゼルムンドはハインツ皇帝になってから急速に勢力を拡大しております」
「ハインツって第二皇子?」
「まるで動かない木偶でく人形とか言われていた?」
「皇帝になったのですか? いつです? 皇帝が代わったのですか?」
「ハインツが父ヴィルヘルム前皇帝と第一皇子カールを討ち、強引に皇帝についたのです」
「そんな……」
「今は……何年なのですか?」ストライヤー騎士団長が訊いた。
「二千八百十七年十一月ですぞ」
 我々は頭を抱えた。我々が大迷宮に入って六年あまりが経過していることになる。その間に世界の勢力地図が変わった。
 我々が「迷宮への扉」に入った頃は我がバングレア王国は海を挟んで対国のミシャルレ王国と長い交戦状態にあったのだ。
 海の覇権をめぐり両国は互いに譲らなかった。しかし長い戦は国に疲弊しかもたらさない。数年ごとに休戦し、また数年後に再戦をする状態が続いている。
 エゼルムンド帝国が周囲に侵攻するとなると、ミシャルレ王国にとってはバングレア王国とエゼルムンド帝国と西東両方に気を配らねばならない。バングレアとの休戦を優先したとしても不思議ではなかった。
「あの第二皇子がそのような暴挙に出るとは……」
「……信じられない」
 それが我々の認識だった。
 皇位につかないと思われていたハインツ第二皇子は我がバングレア王国に留学していたことがある。その温厚な性格と、お世辞にも優秀とはいえない平凡な成績のために「木偶でく人形」と揶揄する声もあった。
「ハインツの周囲に彼を持ち上げ、御旗みはたの主にする勢力があったのかもしれないな」ストライヤー騎士団長が言った。
「そもそもハインツの母親は隣のオードリア国の第三皇女ではなかったか? 自分の母親の母国を討つ神経が理解できない」
「あるいは母国を取り込みたかったのかもしれませんな」レヴィが言った。
 何はともあれ、我々が迷宮にいたわずか二日かそこらで六年経過してしまっている。
「迷宮を通って王国に帰ったとしたらもっと年月は経過してあるかもしれませんね」私はそう言ってしまっていた。
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