迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(プレセア暦2811年5月11日~)

迷宮探索開始

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 「迷宮への扉」から侵入して真っ暗な道を進んだ。まるで人が整備したかのような坑道だ。あるいは太古の昔、人々はここを通って大迷宮へ獲物をとりに行ったりしたのだろうか。
 明かりは魔法師が灯してくれている。人が二人並んで歩ける幅の坑道。ややはあるものの、道はほぼ平坦で、歩くのに苦はない。
 なお今のところ生き物には遭遇していない。すぐにコウモリ型の小型モンスターを見かけると思っていたのに予想は外れている。あのコウモリ型の小型モンスターはここからやって来たのではないのだろうか。
 やがて一つ目の分かれ道に至った。それまでの進行方向から見て我々が来た道と別の道とが合流したかのように見える。我々が左からやってきて、もう一つの道は右から来て合流したかのように見えるのだ。
 奥へ行くには右へと鋭角に曲がるよりは直進に見える斜め左側の道へ行くのがふさわしいと思われた。
「マーキングしましょう」私はストライヤー騎士団長に言った。
「やはりマップが役に立たないのか?」
「はい」
 記録係を務める私には「ダイアリー」以外にも特殊な能力があった。時と場所を把握する能力だ。
 戦闘能力に秀でていない私が騎士団に身をおけるのはいくつかの特殊能力のお蔭だった。その一つが位置感覚だ。何の指標もない闇の中でも私には北へ何キロ東へ何キロ移動したかがわかる。
 あくまでも相対的な位置感覚だが、ダンディ・ウオーカーストリートの「迷宮への扉」を出発点として設定し、現在地がわかる予定だったのだ。
 ところがそれが機能していない。坑道に入ってしばらくして私はその事態に気づき、騎士団長に報告した。
 騎士の中には磁石盤を持参している者もいたが、その磁石盤の指針が安定して北を指すことはなかった。
 くるくると回ったかと思うとあたかも身震いするかのように「北」を指し、またくるくると回って別の「北」を指すのだ。
 同行していた魔法師の一人によると何らかの不可思議な力により磁場が歪められているらしい。
 このまま進むと道を誤り、遭難するおそれがあった。幸いなことにここまではずっと一本道だったのだ。同じ道を辿るにはこの三叉路は重要なポイントだった。
 私と、記憶能力に長けた騎士及び魔法師の三人がこの地点を記憶にとどめ、この場所に魔法によるマーキングを施すことにした。帰路に向けて矢印をマークしたわけだ。
「位置や方角がわからぬとは、これぞ迷宮たるゆえんだな」ストライヤー騎士団長が言った。
 しかしわからないのは位置だけではなかった。分かれ道をほぼ直進してしばらくした頃、私はようやく、先ほどから感じていた違和感の正体に気がついた。
「団長、恐れながら時計をお持ちですか?」
「持っているが役に立たんぞ。これだけ歩いたのにまだ一時間しかたっていない。そんなはずはないのにな」
 私は他の調査団員にも訊いた。彼らは口を揃えて「一時間あまりの経過」という。そしてそれが誤りであると認識していた。
「実は私の『ザ・タイム』でも一時間と数分の経過となっているのです」
「だとしたら我々の感覚が誤っているのだろう。長時間たったと思ったが実はそれほど時間は経過していなかったと」言っている騎士団長は困惑の表情を浮かべていた。「もしや……?」
「時の流れもおかしいのです」私は答えた。「感覚的には五時間くらい歩いた気がします。疲労を感じないのは身体強化魔法による効果だとしても、空腹や喉の渇きをを感じません。排泄の用を足す者が一人もいません。本来なら休憩をとるべき時間帯だと思いますが、その必要を全く感じないのです。我々が自ら施した魔法による効果だけでは説明できない現象です」
 同行していた魔法師と騎士の何人かは私と同意見だった。
 魔法師の一人が口を開いた。「私の心拍数は一分あたり六十です。懐中時計を見ながら数えてもほぼその通りの数が計測されます。見た実感として確かに一分は経過しています。時は確かに流れているのです。しかしそれは通常の流れではないようです。時々時刻が巻き戻っているのではないでしょうか」
「それは時が戻っているということか?」
「それならばまだ単純です。時が戻っているなら過去へ戻っていることになりますが、我々は確かに前進しているのです。前進したという事実がなかったことになっているわけではありません。時は流れているのに時刻だけが時々戻っているのです。五時間経過して、それなりの距離を進んだのに時刻は一時間あまりしか経過していないのです。たとえて言うなら秒針が一周したのに分針は進まずそのままといった感じでしょうか。そして時々分針も進む。それが懐中時計だけの現象ではなく、この場の現象として起こっているのです」
「五分経過して時刻は一分だけ進むということか?」
「果たしてそう規則的なのかどうかもわかりません」
 そこで私も口を挟んだ。「位置感覚が当てにならないと気づいてから私は歩数で移動距離を算定することを考えました。歩幅と歩数でおおよその距離を算出するのです」
「お前には『歩数計』の能力があったな」
 それも私の特殊能力だった。ひとたび歩数をカウントすると意識した時から無意識的に歩数を数えることが出きるのだ。
「あくまでも途中からの計測ですが、少なくとも七十キロは歩きました。これまでの平坦な道のりを考慮しますと、通常一時間に四キロ進むことができます。そして我々は身体強化魔法により通常歩行の約三倍のスピードで歩行していますから時速十二キロくらいになります。そこから逆算して我々は少なくとも六時間は歩いていることになります」
「にもかかわらず一時間くらいしかたっていないということか」
「食欲や排泄欲求を考慮しても六時間はあり得ません」
「時空が歪んだ世界ということか」
 その時の我々にはもと来た道を引き返すという選択肢もあった。ここまでは平坦な一本道。今なら引き返せると誰もが一度は考えただろう。
 しかしまだ何の調査結果も得られていない。コウモリ型の小型モンスターの発見すらできていないのだ。
 わかったのはこの坑道の時空が歪んでいるということだけだ。さすがにそれで引き上げるのはどうなのだ、と我々は思ってしまった。
「もう少し、せめて次の分岐点が現れるまで進むとしよう」ストライヤー騎士団長の一言は全員の意思でもあった。

***

ストーリーテリング中断
「ここに見える坑道は彼が見たままなのか」ジョセフは訊いた。
「そうです。彼が見、彼が記憶しているままです。誤認でない限りこれが彼が見た坑道なのでしょう」フレッドが答えた。
「人の手が加わったトンネルに見えるが」
「自然にできたものではないでしょうね」
「過去の何者かが掘ったということか」
「ある程度できていた道らしきものに手を加えたのでしょうね」
「ここを通って奥へと向かった者たちがいたということだな。続けよう」
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