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故郷 佐原編
金髪火花
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翌週月曜日、登校した火花を見て、誰もが避けるように道を空けた。
教室に入った途端、軽部が笑いを抑えもせず火花をいじった。「何だよ、火花、まだ春休みになってないぞ」
「良いんだよ、誤差のうちだ」
「それにしても見事に金ぴかだなあ」
火花は金髪に染めた。ワックスで少し固めて額を出している。夏休みなどに髪を染めるのはいつもしていることで、そのため夏休みに取得した二輪の免許証写真は見事に金髪火花になっている。
「でもお前はイケメンだからどんな髪型も似合うよな」軽部が髪を触る。
「あまり触るな」火花はうっとうしいと軽部を遠ざけた。
しかしこの頭で登校したことはなかった。クラスメイトの半分以上が、何と声をかけて良いのか戸惑っていた。
その中にあって学級委員の佐内一葉は普段通りに落ち着いていた。
「鮎沢君、いくらなんでもその頭は呼び出しされるわよ」わざわざ火花のそばまでやって来て忠告した。
そしてそれは現実のものとなった。朝のショートホームルームにて担任の芦崎は火花を見ると、無表情のまま火花に言った。「鮎沢君、放課後に職員室まで来なさい」
「俺、バイトがあるんすけど」
「すぐにすみますから、来なさい」
「わかりました」
教室は静かにざわついた。軽部ら火花の悪友たちは笑いを噛み殺している。一葉は、言わないこっちゃない、と言いたげな顔をしていた。
言われた通り放課後に職員室を訪れると、室内隅にある面談コーナーに案内された。
「いつもより早く染めただけですけど」火花は先に口を開いた。
「染めた?」芦崎は怪訝な顔をして「髪のことかしら。そういえば見事に輝いているわ。綺麗ね」
そういうことを顔色ひとつ変えずに芦崎は言う。芦崎にしてみればどうでも良いことらしい。
「君の進路のことよ」
「そっちですか」まあそうなるわな、と火花はのけぞった。
「転校する話は本当なのね?」
「よくご存じですね、まだ決めてませんが」
「君のお祖父様からうかがっているわ。手続きも始めている」
「え、じいちゃん、来たんすか?」
「二度、お見えになったわよ。始めに手続きの説明と書類をお渡しして、二度目に書類をお持ちになった」
「俺に言わずに話を進めていたんですね?」
「聞いていなかったの?」
「父方の祖父の具合が良くないので、本当なら俺が二十歳になってから向こうと会うという約束を前倒しにすると聞きました。その上で向こうの家族と一緒に住む話になろうとしています」
転校することになるかもしれない、とは考えていた。しかし一度父方祖父と会って、その結果向こうの家族とはもう会わないという選択肢を選ぶ可能性もあったのだ。そのことを火花は芦崎に説明した。
「じいちゃんは、一度向こうの家族と暮らしてみろ、と言います。それで気に入らなかったらまた戻ってこいと」
「それで君自身はどうしたいの?」
「正直なところわからないです。今の家族にはこれまで大変お世話になったので、突然そこを出るなど考えられません。しかし、ずっと今の家にいるつもりもないので、違う世界を見てみたい気もしています」
「転校の意思はあるということね?」
「はい」と答えたが本当にそうなのかという疑問もあった。
「では、まずは編入試験を受けてみて、それからの話ね」
「え? 編入試験?」
「お祖父様が持ってこられたのは私立の高校の編入手続きの書類だったわ。こちらの一年時の成績証明も書類作成してお渡ししたので、試験を受ける方向で進んでいると思ったのだけれど、聞いていないのかしら?」
「聞いてません。転校、それも公立校だと思っていたので、五月の連休後あたりに無試験で転校するのかと思ってました」
「何を言っているのよ、編入試験を受けるの。英語、数学に面接だったかしら。あ、その頭、黒くしないとね」ここで初めて芦崎は微笑んだ。
「えええ!」火花の叫びが職員室に響いた。
自分の知らないところで話が進んでいると火花は思った。
昔から祖父は言葉足らずなところがあった。肝心なことを言わない。それがここ数年で顕著になっている。本人は言ったつもりなのだ。編入試験の話も、私立の高校の話もしたつもりなのだろう。
バイトがあるので火花はそれ以上芦崎と話をせず、職員室を出た。しかしそこに待っていたかのように西銘がいた。「鮎沢くん、転校するの?」
「かもしれないってだけです。編入出試験なんて合格するかもわからない」
「ふうん、って、その頭、どうしたの?」
「これですか?」火花は笑った。「初恋に破れた上に、大人の女に弄ばれましたから」
「くっ!」西銘は出そうになった言葉を噛みしめた。そして無理に微笑んだ。「よく言うわ。でも、良い感じね。そっちの方が君らしい」
「ありがとうございます」
火花はふてぶてしい態度で西銘に別れを告げた。こうして懲りずに絡んでくるところを見ると西銘も相当な奴だと火花は思った。
バイト先でも火花は頭のことで三森菜実にいじられた。
「何、それ、イケてるんだけど」
「三森さん、これ見たことなかったか? 夏休みなんかいつもこんな感じだよ」
「そうだったんだ。私がバイト始めたのは十二月からだったし。知らなかったよ」
「でもまた黒くするんだよ」
「学校で叱られたな?」
「それもあるけど、編入試験を受けることになったんだ」
「え、編入するの?」
「できるかわからないけど、家庭の事情で」
「例の父方家族と一緒に住む話ね」菜実にはそのあたりのことを話したことがあった。「やっぱり向こうへ行っちゃうんだ?」
「試験に受かればだけど」
「受かるよ、きっと。でもさびしくなるわね」
「すぐに帰ってくるかもしれないよ」
「店長に言った?」
「あ、忘れてた。というか急な話だったので、店長に話すのが後回しになってたよ」バイトもやめることになる。
「本来、三か月前に言わなきゃいけないんだよ」
「今から言いに行ってくる」
「そうね、ガンバ」
店長に伝えると、予想通り驚いた後に困った顔をした。「そういう事情なら仕方ないな。代わりの者をさがさないと」
いざとなったら悪ダチを紹介することになる。火花は少し頭が痛かった。
転校する話はまだ誰にもしていない。叔母はうすうす気づいていると思われるが、叔父、雷人や飛鳥はどうなのだろう。知っていて黙っているのだろうか。
教室に入った途端、軽部が笑いを抑えもせず火花をいじった。「何だよ、火花、まだ春休みになってないぞ」
「良いんだよ、誤差のうちだ」
「それにしても見事に金ぴかだなあ」
火花は金髪に染めた。ワックスで少し固めて額を出している。夏休みなどに髪を染めるのはいつもしていることで、そのため夏休みに取得した二輪の免許証写真は見事に金髪火花になっている。
「でもお前はイケメンだからどんな髪型も似合うよな」軽部が髪を触る。
「あまり触るな」火花はうっとうしいと軽部を遠ざけた。
しかしこの頭で登校したことはなかった。クラスメイトの半分以上が、何と声をかけて良いのか戸惑っていた。
その中にあって学級委員の佐内一葉は普段通りに落ち着いていた。
「鮎沢君、いくらなんでもその頭は呼び出しされるわよ」わざわざ火花のそばまでやって来て忠告した。
そしてそれは現実のものとなった。朝のショートホームルームにて担任の芦崎は火花を見ると、無表情のまま火花に言った。「鮎沢君、放課後に職員室まで来なさい」
「俺、バイトがあるんすけど」
「すぐにすみますから、来なさい」
「わかりました」
教室は静かにざわついた。軽部ら火花の悪友たちは笑いを噛み殺している。一葉は、言わないこっちゃない、と言いたげな顔をしていた。
言われた通り放課後に職員室を訪れると、室内隅にある面談コーナーに案内された。
「いつもより早く染めただけですけど」火花は先に口を開いた。
「染めた?」芦崎は怪訝な顔をして「髪のことかしら。そういえば見事に輝いているわ。綺麗ね」
そういうことを顔色ひとつ変えずに芦崎は言う。芦崎にしてみればどうでも良いことらしい。
「君の進路のことよ」
「そっちですか」まあそうなるわな、と火花はのけぞった。
「転校する話は本当なのね?」
「よくご存じですね、まだ決めてませんが」
「君のお祖父様からうかがっているわ。手続きも始めている」
「え、じいちゃん、来たんすか?」
「二度、お見えになったわよ。始めに手続きの説明と書類をお渡しして、二度目に書類をお持ちになった」
「俺に言わずに話を進めていたんですね?」
「聞いていなかったの?」
「父方の祖父の具合が良くないので、本当なら俺が二十歳になってから向こうと会うという約束を前倒しにすると聞きました。その上で向こうの家族と一緒に住む話になろうとしています」
転校することになるかもしれない、とは考えていた。しかし一度父方祖父と会って、その結果向こうの家族とはもう会わないという選択肢を選ぶ可能性もあったのだ。そのことを火花は芦崎に説明した。
「じいちゃんは、一度向こうの家族と暮らしてみろ、と言います。それで気に入らなかったらまた戻ってこいと」
「それで君自身はどうしたいの?」
「正直なところわからないです。今の家族にはこれまで大変お世話になったので、突然そこを出るなど考えられません。しかし、ずっと今の家にいるつもりもないので、違う世界を見てみたい気もしています」
「転校の意思はあるということね?」
「はい」と答えたが本当にそうなのかという疑問もあった。
「では、まずは編入試験を受けてみて、それからの話ね」
「え? 編入試験?」
「お祖父様が持ってこられたのは私立の高校の編入手続きの書類だったわ。こちらの一年時の成績証明も書類作成してお渡ししたので、試験を受ける方向で進んでいると思ったのだけれど、聞いていないのかしら?」
「聞いてません。転校、それも公立校だと思っていたので、五月の連休後あたりに無試験で転校するのかと思ってました」
「何を言っているのよ、編入試験を受けるの。英語、数学に面接だったかしら。あ、その頭、黒くしないとね」ここで初めて芦崎は微笑んだ。
「えええ!」火花の叫びが職員室に響いた。
自分の知らないところで話が進んでいると火花は思った。
昔から祖父は言葉足らずなところがあった。肝心なことを言わない。それがここ数年で顕著になっている。本人は言ったつもりなのだ。編入試験の話も、私立の高校の話もしたつもりなのだろう。
バイトがあるので火花はそれ以上芦崎と話をせず、職員室を出た。しかしそこに待っていたかのように西銘がいた。「鮎沢くん、転校するの?」
「かもしれないってだけです。編入出試験なんて合格するかもわからない」
「ふうん、って、その頭、どうしたの?」
「これですか?」火花は笑った。「初恋に破れた上に、大人の女に弄ばれましたから」
「くっ!」西銘は出そうになった言葉を噛みしめた。そして無理に微笑んだ。「よく言うわ。でも、良い感じね。そっちの方が君らしい」
「ありがとうございます」
火花はふてぶてしい態度で西銘に別れを告げた。こうして懲りずに絡んでくるところを見ると西銘も相当な奴だと火花は思った。
バイト先でも火花は頭のことで三森菜実にいじられた。
「何、それ、イケてるんだけど」
「三森さん、これ見たことなかったか? 夏休みなんかいつもこんな感じだよ」
「そうだったんだ。私がバイト始めたのは十二月からだったし。知らなかったよ」
「でもまた黒くするんだよ」
「学校で叱られたな?」
「それもあるけど、編入試験を受けることになったんだ」
「え、編入するの?」
「できるかわからないけど、家庭の事情で」
「例の父方家族と一緒に住む話ね」菜実にはそのあたりのことを話したことがあった。「やっぱり向こうへ行っちゃうんだ?」
「試験に受かればだけど」
「受かるよ、きっと。でもさびしくなるわね」
「すぐに帰ってくるかもしれないよ」
「店長に言った?」
「あ、忘れてた。というか急な話だったので、店長に話すのが後回しになってたよ」バイトもやめることになる。
「本来、三か月前に言わなきゃいけないんだよ」
「今から言いに行ってくる」
「そうね、ガンバ」
店長に伝えると、予想通り驚いた後に困った顔をした。「そういう事情なら仕方ないな。代わりの者をさがさないと」
いざとなったら悪ダチを紹介することになる。火花は少し頭が痛かった。
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