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故郷 佐原編
二月十四日⑤
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火花は家に帰った。珍しく全員揃って夕飯をとっていると、胡蝶日和が彼女の母親とともにやって来た。
「ごめんくださいまし」という日和の母親の声が聞こえ、叔母の玲子が慌てて二人を迎え入れた。
「お裾分けです」
日和は客間に正座して手をつき、持参したものを鮎沢一家一同に披露した。
「母に手伝ってもらいました。お口に合いますかどうか」
持ってきたのは手製のチョコだった。鮎沢一家全員分ある。
従妹の飛鳥が感激していた。
「私も友チョコ用意しました」
ガラにもなく飛鳥が慎ましやかだと火花は冷ややかな目を向けた。
「これはわざわざご丁寧に」叔父の歳也が恐縮していた。
ふと火花は叔父が叔母や飛鳥から貰えたのかと訝った。
祖父と叔父は甘党ではないが、貰えて嬉しくないはずがない。
「日和ちゃんがうちの嫁に来てくれたら言うことがないがのう」祖父はすでに酔っていた。
「まあ、お義父さん、胡蝶さんを困らせてはいけませんよ」祖父を諌められるのは最早叔母だけだ。
「単なる希望じゃ」ガハハと祖父は豪快に笑った。「ところで、雷人と火花のはどちらが大きい?」
「同じに決まってるでしょ」と答えたのは飛鳥だった。
「なんじゃ、手玉かな」
それはまるで日和が自分と雷人を両天秤にかけているみたいだと火花は思った。それは違う。恐らくは雷人の方に傾いている、と火花は思った。
「では私たちはこれにて」胡蝶母子は他にも訪れる先があるという。
「チョコの配達便か」ボソッと呟いた祖父の一言が言い当てていると火花は思った。
「また明日な」雷人が見送りに出た。雷人と日和は同じクラスだ。
「ありがとな」同じく見送りに玄関まで出た火花は日和に言った。
「十倍返しね」日和は笑う。
「じゃあ千円くらいかな」
「は?」
火花と日和はこういう関係だった。
真面目な雷人と接する時と日和は明らかに使い分けていた。そのじゃれあいを雷人は常に羨ましく思っているようだったが、所詮幼馴染みに過ぎないのだと火花はわかっていた。
「私のは千倍ね」飛鳥がウインクした。
すでに飛鳥からももらっていた。疾うの昔に腹の中におさまっていたが。
そして日和たちは帰っていった。
「さて、また麻雀するか」祖父が言い出した。
叔母が片付けに忙しいと言い、叔父と火花、そして飛鳥が付き合うことになった。
「雷人は朝練があるからな」火花が本人の代わりに祖父に伝えた。
最近雷人が麻雀に加わることはない。
「学校で雷人の右に出るやつはおらんのか?」牌を積みながら祖父は訊いた。
「たぶんな」
「それで練習になるのか? 一度ワシが見てやるべきか?」
「もうじいちゃんでもかなわないんじゃね?」
「は? そんなことあるかい」
「あるんだよな、それが」
「父さんはもう良い歳だし、それに剣道より空手の方が専門だろ」叔父が言った。「火花が相手してやれよ」
「俺? 段も持ってないのに?」
「お前の動き、全く予想できないから、良い練習になるって雷人は言ってたぞ。常に初対戦の相手をするみたいに緊張するってな」
「普通じゃ敵わないから非常識戦法にしてるだけだよ、まあじいちゃん譲りだな」
鮎沢一家の家族麻雀が始まった。しかしいつものことだが祖父と叔父は酔っていた。だから敵ではない。
叔母の玲子の代わりに入った飛鳥が叔母譲りの冴えを見せた。親になったら安い手で上がり続ける。
祖父と叔父は酔っていて、満貫狙いをするから頼りにならない。
火花は飛鳥の親を飛ばすのに苦労した。何しろ飛鳥は火花だけをマークしていれば良かったのだ。そしてようやく飛鳥を親から下ろしたと思ったら、ドラまみれの満貫を連発して、しかも父と祖父から振り込ませて勝った。
「飛鳥の圧勝だな。叔母さんより強くね?」
「ヘッヘッへ。ご褒美くれ。五万二千になっただよ」
「五十二円な」
「は? 何それ」
「賭け麻雀は違法だ」火花は笑った。
すでに祖父と叔父は炬燵に足を突っ込んだまま寝ていた。
「ごめんくださいまし」という日和の母親の声が聞こえ、叔母の玲子が慌てて二人を迎え入れた。
「お裾分けです」
日和は客間に正座して手をつき、持参したものを鮎沢一家一同に披露した。
「母に手伝ってもらいました。お口に合いますかどうか」
持ってきたのは手製のチョコだった。鮎沢一家全員分ある。
従妹の飛鳥が感激していた。
「私も友チョコ用意しました」
ガラにもなく飛鳥が慎ましやかだと火花は冷ややかな目を向けた。
「これはわざわざご丁寧に」叔父の歳也が恐縮していた。
ふと火花は叔父が叔母や飛鳥から貰えたのかと訝った。
祖父と叔父は甘党ではないが、貰えて嬉しくないはずがない。
「日和ちゃんがうちの嫁に来てくれたら言うことがないがのう」祖父はすでに酔っていた。
「まあ、お義父さん、胡蝶さんを困らせてはいけませんよ」祖父を諌められるのは最早叔母だけだ。
「単なる希望じゃ」ガハハと祖父は豪快に笑った。「ところで、雷人と火花のはどちらが大きい?」
「同じに決まってるでしょ」と答えたのは飛鳥だった。
「なんじゃ、手玉かな」
それはまるで日和が自分と雷人を両天秤にかけているみたいだと火花は思った。それは違う。恐らくは雷人の方に傾いている、と火花は思った。
「では私たちはこれにて」胡蝶母子は他にも訪れる先があるという。
「チョコの配達便か」ボソッと呟いた祖父の一言が言い当てていると火花は思った。
「また明日な」雷人が見送りに出た。雷人と日和は同じクラスだ。
「ありがとな」同じく見送りに玄関まで出た火花は日和に言った。
「十倍返しね」日和は笑う。
「じゃあ千円くらいかな」
「は?」
火花と日和はこういう関係だった。
真面目な雷人と接する時と日和は明らかに使い分けていた。そのじゃれあいを雷人は常に羨ましく思っているようだったが、所詮幼馴染みに過ぎないのだと火花はわかっていた。
「私のは千倍ね」飛鳥がウインクした。
すでに飛鳥からももらっていた。疾うの昔に腹の中におさまっていたが。
そして日和たちは帰っていった。
「さて、また麻雀するか」祖父が言い出した。
叔母が片付けに忙しいと言い、叔父と火花、そして飛鳥が付き合うことになった。
「雷人は朝練があるからな」火花が本人の代わりに祖父に伝えた。
最近雷人が麻雀に加わることはない。
「学校で雷人の右に出るやつはおらんのか?」牌を積みながら祖父は訊いた。
「たぶんな」
「それで練習になるのか? 一度ワシが見てやるべきか?」
「もうじいちゃんでもかなわないんじゃね?」
「は? そんなことあるかい」
「あるんだよな、それが」
「父さんはもう良い歳だし、それに剣道より空手の方が専門だろ」叔父が言った。「火花が相手してやれよ」
「俺? 段も持ってないのに?」
「お前の動き、全く予想できないから、良い練習になるって雷人は言ってたぞ。常に初対戦の相手をするみたいに緊張するってな」
「普通じゃ敵わないから非常識戦法にしてるだけだよ、まあじいちゃん譲りだな」
鮎沢一家の家族麻雀が始まった。しかしいつものことだが祖父と叔父は酔っていた。だから敵ではない。
叔母の玲子の代わりに入った飛鳥が叔母譲りの冴えを見せた。親になったら安い手で上がり続ける。
祖父と叔父は酔っていて、満貫狙いをするから頼りにならない。
火花は飛鳥の親を飛ばすのに苦労した。何しろ飛鳥は火花だけをマークしていれば良かったのだ。そしてようやく飛鳥を親から下ろしたと思ったら、ドラまみれの満貫を連発して、しかも父と祖父から振り込ませて勝った。
「飛鳥の圧勝だな。叔母さんより強くね?」
「ヘッヘッへ。ご褒美くれ。五万二千になっただよ」
「五十二円な」
「は? 何それ」
「賭け麻雀は違法だ」火花は笑った。
すでに祖父と叔父は炬燵に足を突っ込んだまま寝ていた。
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