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もう一つのグループ
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東矢泉月と小早川の妹がやって来て賑やかになったところで、篠塚はトイレに入った。
中の洗面台に向かって立つ男に篠塚は見覚えがあった。
渋谷と並ぶ美形でありながら他者とほとんど接しない男。紛れもなくそれは香月遼だった。
篠塚自身も喋った記憶がない。声をかけて良いものか、いささか憚れた。
最近になって篠塚は、コミュニケーションをとりたくない人間の気持ちがわかるようになっていたのだ。
とはいえ、洗面台の大きな鏡越しに目が合ってしまい、香月の方が振り返ったものだから、篠塚はつい声をかけてしまった。
「あ、たしか、香月くんだね?」
「そうだけど、同じ学校の人?」
「二年C組の篠塚だよ」
「ひょっとして小早川さんがお邪魔している部屋にいるグループかな?」
「やっぱり明音と一緒に来たんだね」
「まあ、同じマンションの住人なんで」
「そうだったんだ」
小早川明音が連れてきた一団に香月もいたのか、と篠塚は驚いていた。
たくさんこぶがついてきたと小早川は言ったが、彼のこともこぶだと言うのだろうか。
「いや、参ったよ」香月は意外に饒舌だった。「俺は歌えないからね。人の歌を聴く習慣もないし。狭い部屋に子連れで九人もいたらすっかり疲れてしまった」
「それでなのか、明音と明音の妹がこっちに来ている。あと東矢泉月も来たからこっちは十一人になったよ」
「東矢さんところがいちばん大所帯だからね」
「そうなのか?」
トイレに立つのも忘れて篠塚はつい話し込んだ。
「うちの妹がカラオケ好きだからさ、あっちと一緒になってずっとマイクを握っている」
「あ、双子の妹さんも来ているのか」
「俺が連れてこられた方だよ」
香月の妹は二年H組だったと篠塚は記憶していた。高等部入学生にして数日で学校中にその存在を知らしめた女子だ。そのルックスと人当たりの良さから今や学園のアイドルと化している。
「それより用をすませなくて良いのかい?」香月が気を遣った。
「ああ、そうだった」
篠塚はトイレに立った。そのタイミングで樋笠が入ってきた。
「あれ、香月くんじゃん」樋笠は香月と面識があるようだった。
「えっと……」
「樋笠だよ、演芸部と演劇部とボランティア部の」
樋笠がいくつも自分の部活を挙げるところを見ると、香月の方は樋笠の名まで記憶していなかったようだ。
「ごめん、顔はよく見るから知っているんだが、俺は人の名前を覚えられなくて」
「男の名前だろう? 俺っちも女の子の名前専門だぜ。君が来てるってことは妹さんも来てるのか?」
「あいつはカラオケ狂だからな」
「どんなメンツ? 俺、邪魔して良いかな?」樋笠は誰とでも仲良くなれる男だった。
「結構濃いメンバーだけど」香月は言葉を濁した。
「明音と泉月と同じマンションらしい」篠塚は用を達してから口を挟んだ。
「すんげえな」樋笠はただ感心している。「そんなことってあるんだな」
「俺も驚いたけれど、新しいマンションだし、御堂藤の生徒はたくさんいるみたいだ。先生もいたな、古文の水沢先生」
「え、水沢光咲も?」驚きのあまり樋笠は教師をフルネーム呼び捨てにした。
水沢はずっとA組の担任をしていたから篠塚も樋笠も四年間世話になったのだった。
「結婚したって聞いたけど、マンションで新婚生活なのか」樋笠は感慨に耽る。「三十手前で結婚できて良かったよなあ」
「そんな言い方するなよ」篠塚は苦笑した。
樋笠がどうしても行きたいと言うので篠塚も付き合うことになった。
そこは八人部屋のようだった。
「ちょっと待ってくれるかな? 一応聞いてみるから」扉の前で香月はひと言断った。
中に顔を入れる。奥からロック調の曲が聞こえてきた。女子二人で歌っている。
FIANAの新曲シャイニング・メテオだと篠塚は思った。もうカラオケになっているのか。それにしても上手いな、本家のFIANAよりも上手いのではないか。
了解を得たらしく香月が振り返った。
「狭くて座るところないよ」
「挨拶だけだから」樋笠は言った。
奥のステージで女子二人が歌っている。一人は香月星だった。香月遼の双子の妹。
普段とは異なる巻き髪。白シャツに臙脂色の格子柄キャミワンピースがよく似合っている。彼女のミニスカ姿など学校ではお目にかかれない。
篠塚と樋笠は思わず見とれてしまった。そしてもう一人を見てさらに驚く。
ショートボブの黒髪が激しく揺れる。黒シャツにデニムのミニスカート。プロ紛いの声量で熱唱していたのは東雲桂羅だった。
中の洗面台に向かって立つ男に篠塚は見覚えがあった。
渋谷と並ぶ美形でありながら他者とほとんど接しない男。紛れもなくそれは香月遼だった。
篠塚自身も喋った記憶がない。声をかけて良いものか、いささか憚れた。
最近になって篠塚は、コミュニケーションをとりたくない人間の気持ちがわかるようになっていたのだ。
とはいえ、洗面台の大きな鏡越しに目が合ってしまい、香月の方が振り返ったものだから、篠塚はつい声をかけてしまった。
「あ、たしか、香月くんだね?」
「そうだけど、同じ学校の人?」
「二年C組の篠塚だよ」
「ひょっとして小早川さんがお邪魔している部屋にいるグループかな?」
「やっぱり明音と一緒に来たんだね」
「まあ、同じマンションの住人なんで」
「そうだったんだ」
小早川明音が連れてきた一団に香月もいたのか、と篠塚は驚いていた。
たくさんこぶがついてきたと小早川は言ったが、彼のこともこぶだと言うのだろうか。
「いや、参ったよ」香月は意外に饒舌だった。「俺は歌えないからね。人の歌を聴く習慣もないし。狭い部屋に子連れで九人もいたらすっかり疲れてしまった」
「それでなのか、明音と明音の妹がこっちに来ている。あと東矢泉月も来たからこっちは十一人になったよ」
「東矢さんところがいちばん大所帯だからね」
「そうなのか?」
トイレに立つのも忘れて篠塚はつい話し込んだ。
「うちの妹がカラオケ好きだからさ、あっちと一緒になってずっとマイクを握っている」
「あ、双子の妹さんも来ているのか」
「俺が連れてこられた方だよ」
香月の妹は二年H組だったと篠塚は記憶していた。高等部入学生にして数日で学校中にその存在を知らしめた女子だ。そのルックスと人当たりの良さから今や学園のアイドルと化している。
「それより用をすませなくて良いのかい?」香月が気を遣った。
「ああ、そうだった」
篠塚はトイレに立った。そのタイミングで樋笠が入ってきた。
「あれ、香月くんじゃん」樋笠は香月と面識があるようだった。
「えっと……」
「樋笠だよ、演芸部と演劇部とボランティア部の」
樋笠がいくつも自分の部活を挙げるところを見ると、香月の方は樋笠の名まで記憶していなかったようだ。
「ごめん、顔はよく見るから知っているんだが、俺は人の名前を覚えられなくて」
「男の名前だろう? 俺っちも女の子の名前専門だぜ。君が来てるってことは妹さんも来てるのか?」
「あいつはカラオケ狂だからな」
「どんなメンツ? 俺、邪魔して良いかな?」樋笠は誰とでも仲良くなれる男だった。
「結構濃いメンバーだけど」香月は言葉を濁した。
「明音と泉月と同じマンションらしい」篠塚は用を達してから口を挟んだ。
「すんげえな」樋笠はただ感心している。「そんなことってあるんだな」
「俺も驚いたけれど、新しいマンションだし、御堂藤の生徒はたくさんいるみたいだ。先生もいたな、古文の水沢先生」
「え、水沢光咲も?」驚きのあまり樋笠は教師をフルネーム呼び捨てにした。
水沢はずっとA組の担任をしていたから篠塚も樋笠も四年間世話になったのだった。
「結婚したって聞いたけど、マンションで新婚生活なのか」樋笠は感慨に耽る。「三十手前で結婚できて良かったよなあ」
「そんな言い方するなよ」篠塚は苦笑した。
樋笠がどうしても行きたいと言うので篠塚も付き合うことになった。
そこは八人部屋のようだった。
「ちょっと待ってくれるかな? 一応聞いてみるから」扉の前で香月はひと言断った。
中に顔を入れる。奥からロック調の曲が聞こえてきた。女子二人で歌っている。
FIANAの新曲シャイニング・メテオだと篠塚は思った。もうカラオケになっているのか。それにしても上手いな、本家のFIANAよりも上手いのではないか。
了解を得たらしく香月が振り返った。
「狭くて座るところないよ」
「挨拶だけだから」樋笠は言った。
奥のステージで女子二人が歌っている。一人は香月星だった。香月遼の双子の妹。
普段とは異なる巻き髪。白シャツに臙脂色の格子柄キャミワンピースがよく似合っている。彼女のミニスカ姿など学校ではお目にかかれない。
篠塚と樋笠は思わず見とれてしまった。そしてもう一人を見てさらに驚く。
ショートボブの黒髪が激しく揺れる。黒シャツにデニムのミニスカート。プロ紛いの声量で熱唱していたのは東雲桂羅だった。
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