ジミクラ 二年C組

hakusuya

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平穏な日常と隣の女生徒

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 六月に入った。まだ梅雨は来ていないが、天気は日ごと変貌した。暑く晴れたり、急に降りだしたり。
 二年C組は静かだった。篠塚は休憩時間に読書を嗜んだ。今読んでいるのはグリムウッドの「リプレイ」だ。あの北村薫が、先に書かれてしまったと嘆いたとかいう小説。何度も過去に戻って人生をやり直すストーリー。自分も主人公の立場におかれたら何もやる気をなくしてしまうかもしれないと篠塚は思った。
 隣の席の女子は相変わらず孤高の存在だった。少しずつクラスの人間と言葉を交わすようになっている。しかし自分から誰かに話しかけることはほとんどなかった。今も篠塚の隣で膝の上に置いた両手の指が微かに、しかし激しく動いていて、おそらくそれはエアギターなのだろう、と篠塚は思った。
 学級委員の西潟にしかたがやって来た。西潟はこのクラスでは顔が広い。特定の誰かと一緒にいることはなく、近くにいた生徒とお喋りができるタイプだ。その西潟は毎日東雲しののめに声をかけることを忘れなかった。
「東雲さん、お昼は?」次の四時限目のあとは昼休みだった。
「お弁当」
「一緒に食べない?」
「良いけど、どこで?」東雲と西潟の席は離れていた。
「僕の席を使うと良いよ。今日は学食だし」篠塚は割り込むように言った。
「良いの? ありがとう」西潟は微笑んだ。  
「何なら篠塚君も一緒にどう? 何か買ってくれば良いわ」
「じゃあ今度そうするよ。今日は学食で食べるって決めているんだ」
「じゃあまたの機会に」それで西潟は自分の席に戻った。  
 昼休みに篠塚はひとりで学内食堂に入った。相変わらず混んでいる、と篠塚はため息をつきそうになった。
 日替わり定食をトレイに載せて席をさがす。十人掛けテーブルは賑やかな生徒たちが陣取っていて、その隙間に申し訳程度に一つ二つ席が空いていたが、そこに坐る気は起きなかった。
 二人掛けテーブルの方を見遣ると、ひとりで食べている知人を見つけて、篠塚はその彼に声をかけた。
生出おいで、ここ、良いか?」
「ん?」生出おいでは顔を上げた。「良いよ」
 篠塚は生出の前に腰かけた。
「久しぶりだな」
「廊下では何度もすれ違ってるけどな」
「何だか、疲れてるな、生出」
「いつものことだよ」
「そういや、学級委員だったな。忙しいんだろ?」
「担任がノリで僕を指名したんだ」
「通称げんき組だったな」篠塚は憐れむように生出を見た。
 生出元気おいでげんきは中等部一年の時のクラスメイトだった。あの頃はよく喋った気がすると篠塚は思った。
「シノはC組で頑張ってるな。球技大会のバスケット、見たよ。カッコ良かった。さすがはS組だ」
「その言い方、もうやめて。僕はもうS組だなんて呼ばれたくない。地味に生きていくから」
「そんなわけにもいかんだろ。ひとはみな、それぞれ生まれもった加護のもとに生きることとなる」
「何を異世界ラノベみたいなことを言ってるんだ?」
「僕は裏方として粛々と生きるから、シノは輝けよ」
「僕も裏方なんだけどな」
「うちはどこのクラスも女子の力が強いから、シノでも裏方にまわるのかもしれないけど、僕と違ってシノはやっぱり目立つから頑張れよ」
「まあ、ほどほどにするよ」
 それからしばらく篠塚は生出と他愛もない話をした。
「あの転入生、東雲さんだっけ? すごい人だね。バスケットも凄かったけど、廊下で見かけても何かオーラが違うね」生出が篠塚の顔を窺うように言った。
「隣の席なんだよ」
「良いじゃん、僕だったら緊張してしまうけどシノなら大丈夫」
「ほとんど喋らないよ」
「僕も隣の奴はずっと寝てるし、喋らない」生出は少し笑みを浮かべていた。
「でもクラスの女子は少しずつだけど東雲さんに話しかけるようになったよ。特に西潟さんはそういうのが得意みたいだ」
「あ、西潟さんね」
「知ってたっけ?」
「学級委員の集まりで顔を合わすから」
「なるほど」
「西潟さんもバスケうまかったよな」
「やっぱりよく見てたな、生出」
「見るだけな」
 ゆるゆるとした雰囲気が流れて、篠塚と生出は食事を終えた。  
 篠塚は教室に戻った。
 篠塚の席にはまだ西潟がいたが、すでに弁当は食べ終わっていたようで、西潟は篠塚の姿を見るやあわてて片付けを始めた。
「ゆっくりしていけば良いよ」
 篠塚は窓際の空いている椅子に腰かけた。学食に行ったり部活で出かけている生徒がまだいた。
「篠塚君、文化祭の出し物で何か意見ある?」西潟が訊いた。
「いや特に」
「篠塚君はずっとA組にいたんだよね?」
「そうだけど、A組は英語劇かオーケストラの演奏会だったよ」何をやっていたか訊かれる前に篠塚は答えた。「このクラスはどうなんだろうな」
 文化祭実行委員は別にいるが、その仕事は学園全体の文化祭運営に関わるもので、クラスで何をするかは学級内で話し合われる。だから学級委員の西潟は話を聞いてまわっているのだろうと篠塚は思った。
「メイド喫茶とかやるタイプのクラスでもないしね」西潟がポツリと言った。
「西潟さん、メイドの格好できるんだ?」篠塚は意地悪く訊いた。
「私は平気よ。でも私としては東雲さんにメイド服着てもらいたいかなあ」西潟は東雲に顔を寄せた。
「何なの、それ」東雲は表情も変えず西潟に訊いた。
「こういうやつ」西潟はスマホ検索でヒットした画像を東雲に見せた。
「あ、こういうのね……」
 東雲は困惑していると篠塚は思った。顔に出ないだけだ。
「ねえ東雲さん、聖麗女学館の文化祭ではどんなことをやっているの?」
「演奏会とか劇、かしら」
「A組と同じなのね」
「そうね、私は軽音とかやってみたいかしら」
「できるの?」
「少しかじった程度だけど」
「聖麗女学館で軽音とは」
「ふつうはやらないわ。私はふつうではなかったから。よく始末書を書かされた劣等生」
「劣等生とは思わないけれど、中間テストも名前を載せていたし。でも異端児扱いされていそう」
「そんな風に見えるの?」東雲の顔が西潟に寄った。
「え、まあ、ちょっとね」
「何がいけないのかしら。ルールは守っているつもりよ、見えるところでは」
「その言い方だと影で悪いことしてそうよ」
「何もしていないわ」
「そういえば、球技大会の打ち上げのあと、おうちの人に迎えに来てもらったの?」
「うん」
「バイクで?」
「見られていたか」
「お兄さん? 彼氏?」
「彼氏ではないね」東雲はおかしそうにした。「まあ、兄、かしらね、やっぱり」
「何それ、意味ありげ」西潟も笑う。
「お兄さんがいるんだ?」篠塚は単刀直入に訊いてみた。
「うん、いたみたい」
「他人事みたい」西潟がツボにはまって笑いが止まらない。
「私もうまく説明できないのよ。だから話さない。物心ついたときには私は聖麗女学館の寮生になっていた。実の親は二人とも死んでいて私は養子。そんなある日突然、お前にはきょうだいがいるって言われたら混乱するよね」
「それ、ホントなの?」西潟の顔から笑いが消えた。
「ホントかどうかいまだによくわからない。わからないから説明もできない。だから黙っている。訊かれても答えられない」
 昼休みの終了を示す予鈴が鳴った。話はそれで途切れた。
「じゃあ、またね」
 西潟は自分の席に戻った。何と声をかけて良いのかわからないうちに話が途切れてしまった。続きに興味があるが果たして訊いて良いものだろうか、と篠塚は思った。 
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