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神学科グループのマルセル プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院庭園

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 その四阿ガゼボでマルセルとともにお茶を飲んでいる四人の女子生徒は神学科の一年生らしかった。名前をロアルドは知らない。ひとりを除いて。そのひとりは入学式で総代をつとめた女子生徒で、名は確かアルベルチーヌといったはずだ。マルセルと同じミシャルレ王国からの留学生だった。
 マルセルは幼馴染とともにここローゼンタール王都学院に入学してきた。それが留学を許す条件だったとロアルドはマルセルから聞いたことを思い出した。
 病弱なマルセルには彼を思いやって身の回りの世話をする人間が必要だったのだろう。
 しかし、誰の目にもその主従関係はアルベルチーヌが上で、マルセルが下であることは明らかだった。
 そのグループはアルベルチーヌが中心にいた。他の三人の女子は彼女の取り巻きに過ぎない。そしてさらにマルセルは同じグループにお情けで置いてもらっている憐れな男に見えた。
 アルベルチーヌの幼馴染だからマルセルはそこにいさせてもらえる。周囲の人間はそう思ったことだろう。実際、アルベルチーヌはミシャルレ王国の公爵家の娘らしい。身分もマルセルの家より高かった。
 黒髪のアルベルチーヌはとても美しかった。ややつり上がり気味のつぶらな目はほとんど瞬きをせず猫の目のようだ。筋の通った鼻、小さな唇はしっとりと潤っていて常に輝いて見える。その高貴なさまは実際の年齢よりも大人に見えた。ジェシカの友人と紹介されても違和感はなかっただろう。
 そんなアルベルチーヌと一緒にいてはマルセルに声をかけることは抵抗があった。
 ロアルドは彼らのそばをそっと通り過ぎることにした。
 しかし、その四阿ガゼボの傍を通りかかったとき、ロアルドはまたしても視てしまった。
 どうもこれは癖になっているようだ。これまでたびたび不可思議な魔法を持ったもの達の襲撃を受け、その対処に迫られた経験から、ふだんからスナッチを働かせるのが習慣となっていたのだ。
 そしてロアルドは視た。アルベルチーヌの持つ魔法を。
(この人、ほんとうに神学科の生徒なのか?)
 ずらりと並んだ殺傷力のある攻撃魔法。一瞬にして敵の命を奪う強力な攻撃魔法をアルベルチーヌはいつでも発動できる状態にしていた。その数およそ二十。宮廷を守護する騎士たちでもこれほどそろえている者はいないだろう。
 それらはすべてマルセルを守るために用意しているのだとロアルドは感じ取った。
 探査系の魔法がとんできた。こうして近くを通りかかる人間に対して、敵意がないか、魔力はどれくらいか、常に探査しているようだ。
 ロアルドがその探査系魔法にひっかかることはない。何しろ魔力がゼロなのだから。
 特性スナッチはシリアスで覆い隠されている上に、鑑定魔法を防御するブレスレットを常に装着しているから見破られなかったようだ。
 ロアルドは、マルセルをちらりと見やり、そこを通り過ぎようとした。
「そこの人」突然アルベルチーヌが口を開いた。「私たちをじろじろと見ているようですが、何か御用でしょうか?」
「は、僕ですか?」ロアルドは間の抜けた声を出していた。
 じろじろ見てはいない。ちょっとスナッチを働かせただけだ。それも彼女には気づかれなかったはずなのに。彼女は動物的勘も働くのか? だとしたら恐ろしいほどの戦闘狂だ。
「そう、あなたです」アルベルチーヌはきついまなざしでロアルドを睨んだ。
「ロアルド君じゃないか」マルセルが穏やかな声をあげた。「同じ部屋の子だよ、アルベルチーヌ」
「そうですか……」
「僕に何か用があったのかな?」
「ふたりで話をしてみたいと思っただけだよ、たいした用じゃない」ロアルドは答えた。
「じゃあ、話をする機会をつくろう。寄宿舎だとアーサーがいたりしてゆっくりお喋りもできないからね」
「ダメよ、ひとりで出歩いては。発作を起こしたり、何かあったりしたらどうするの?」アルベルチーヌがマルセルをとがめた。
「大丈夫だよ。ロアルドは魔法を持たないし、とても良い友人だから」
「親しい友人でも魔法をもたなければ誰も守れないわ」
「何かあったら僕が魔法を使うよ」
「何を言っているの、あなたは魔法を使うと体が弱るでしょう?」
 女王様は臣下に対して過保護のようだった。
 とりまきの三人の女子も引いていた。なぜそこまでこのさえない男子を擁護する。幼馴染だからか、と言わんばかりに。
「じゃあ、また後で」マルセルは手を上げた。
「うん」
 ロアルドは頷き、睨むような視線を送るアルベルチーヌに一礼してその場を去った。
 果たしてマルセルと二人きりで話をすることは可能だろうか。アーサーとオスカーがいない時が都合よくめぐってくれば寄宿舎の部屋でも可能だろうが、そう何度もあるようには思えなかった。そしてそれを待っている猶予もなかった。
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