上 下
15 / 86

マルセルの話 プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院寄宿舎

しおりを挟む
 姉グレースのことはやはり気がかりだった。といって、ひとりでは何もできない。ロアルドは自分の無力さを思い知らされた。
 寄宿舎同室にいるオスカーならその魔力でもってどのようにでもできただろう。しかし身内のことを相談するほどロアルドはまだオスカーを全面的に信用していなかった。
 彼の魔力は脅威だ。
 同じような魔力持ちでも、マルセルの方がロアルドにとっては親近感を覚える相手だった。
 その時、部屋にはロアルドとマルセルしかいなかった。
 アーサーは何やら格闘系の部活をしていたし、オスカーは図書館に行っているようだ。
 何の取り柄もない仕官科生徒ロアルドと病弱なマルセルは真っすぐに寄宿舎に帰ってくることがよくあった。
「君は神学科だったね」ロアルドはマルセルに話しかけていた。「将来は神官になるのかい?」
「どうだろう」マルセルは何だか口ごもっていた。「亡くなった父が神官だったんだよ」
「お父上は亡くなられていたのか。それはすまないことを聞いた」
「良いんだよ、別に隠すことでもないし。家は伯爵家だった。父が亡くなり、爵位を返上するのが通例なのだが、父の偉業が認められて据え置かれた。僕が爵位を継ぐことになっている。家のことをするのなら神官にはならない方が良いんだ」
「君のお父上は伯爵として家のことをしながら神官もしていたのか? 君の国ではそれも可能なのだろう?」
「父はふだん伯爵として暮らしていたようだ。そして必要なときだけ神官になった」
「必要なときだけ?」
「よくわからないけれど、何か大きな仕事があるときに父の力が必要だったようだ」
「どんな力なのだろう?」
「それはわからない」
「君はそれを受け継いでいるのだろうか?」
「それもわからない」
 マルセルが持つ底知れぬ魔力はオスカーをも凌ぐものだった。おそらく彼の父も同じものを持っていたのだろうとロアルドは思った。
「お父上はご病気で?」それほどの魔力の持ち主が単なる病気で亡くなるとは思えなかった。
「いや、制圧されたらしい」
「制圧?」
「気がふれたんだ。それで処分された」
「そんなことって……」
「父がしていた仕事はそれくらい心を削るものだったようだ。だから偉業だと讃えられた。そして僕はこうして学校へ通わせてもらっている。すべては父のお蔭だ。最期が醜いものだったとしても偉業の方がそれを上回っていたようだよ。詳しいことは何も知らされていないけれどね」
「君の国のことはよくわからないけれど、そういうこともあるのだろうね」
 マルセルの国ミシャルレ王国は、島国のバングレア王国とは海を隔てた大陸にあった。その距離はかなり近い。ちょうどロアルドの家があるコーネル領の港からは泳ぎに自信のある者なら泳いで渡ることができる距離だった。
 だから百年前までのバングレアとミシャルレとの戦争では、コーネル領が戦争の最前線となったのだ。その重要な領地を曾祖父たちが守り切った。コーネル家が辺境伯でありながら一目おかれるのは曾祖父たちのお蔭だった。
 今バングレアとミシャルレとの間には百年前の和平協定にもとづき盛んな交流がある。交換留学のかたちでマルセルらミシャルレ王国の子たちが王立のローゼンタール王都学院に通うこともできるのだった。
「君の国では神官が家庭をもつのは当たり前のことなのか?」ロアルドは訊いた。
「数は多くはないけれど、珍しくはないかな。この国とそう変わりはないさ」
「そうなのか……」
「君は神官の特殊能力のことを気にしているのだね。神官の特殊能力は異性と交わるたびに少しずつ失われる。だから高位の神官の中には去勢してでも生涯神官についているものもいる。家庭を持つとしても引退してからが多い。しかしそれは噂の域を出ない。そもそも、持っている魔力量が多ければ少々失われても問題がないんだよ。って僕は聞いたよ」
「君のお父上がそうだったというわけか」そして君も。
「父のことはわからないけれどね。誰もよく教えてはくれないんだ」
「君はもう神官になるための勉強を始めているんだよね?」
「経典暗誦とかさせられているよ。でも僕には才能がないみたいだ。何より記憶能力が他の子より劣っている。数万冊の本を記憶するなんて僕には無理だよ」
 その割には魔術書数十冊分以上の魔法を保持しているようだが、とロアルドは思った。
 そしてマルセルが言うことが本当なら、数十万冊の書物を脳内に記憶している姉グレースはとても素質のある神官だ。できればその能力を伸ばしてあげたい。能力を削ぐ行為はすべて障害だった。
 あの教授の行いを何としても止めなければならないとロアルドは改めて思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

処理中です...