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マルセルの話 プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院寄宿舎
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姉グレースのことはやはり気がかりだった。といって、ひとりでは何もできない。ロアルドは自分の無力さを思い知らされた。
寄宿舎同室にいるオスカーならその魔力でもってどのようにでもできただろう。しかし身内のことを相談するほどロアルドはまだオスカーを全面的に信用していなかった。
彼の魔力は脅威だ。
同じような魔力持ちでも、マルセルの方がロアルドにとっては親近感を覚える相手だった。
その時、部屋にはロアルドとマルセルしかいなかった。
アーサーは何やら格闘系の部活をしていたし、オスカーは図書館に行っているようだ。
何の取り柄もない仕官科生徒ロアルドと病弱なマルセルは真っすぐに寄宿舎に帰ってくることがよくあった。
「君は神学科だったね」ロアルドはマルセルに話しかけていた。「将来は神官になるのかい?」
「どうだろう」マルセルは何だか口ごもっていた。「亡くなった父が神官だったんだよ」
「お父上は亡くなられていたのか。それはすまないことを聞いた」
「良いんだよ、別に隠すことでもないし。家は伯爵家だった。父が亡くなり、爵位を返上するのが通例なのだが、父の偉業が認められて据え置かれた。僕が爵位を継ぐことになっている。家のことをするのなら神官にはならない方が良いんだ」
「君のお父上は伯爵として家のことをしながら神官もしていたのか? 君の国ではそれも可能なのだろう?」
「父はふだん伯爵として暮らしていたようだ。そして必要なときだけ神官になった」
「必要なときだけ?」
「よくわからないけれど、何か大きな仕事があるときに父の力が必要だったようだ」
「どんな力なのだろう?」
「それはわからない」
「君はそれを受け継いでいるのだろうか?」
「それもわからない」
マルセルが持つ底知れぬ魔力はオスカーをも凌ぐものだった。おそらく彼の父も同じものを持っていたのだろうとロアルドは思った。
「お父上はご病気で?」それほどの魔力の持ち主が単なる病気で亡くなるとは思えなかった。
「いや、制圧されたらしい」
「制圧?」
「気がふれたんだ。それで処分された」
「そんなことって……」
「父がしていた仕事はそれくらい心を削るものだったようだ。だから偉業だと讃えられた。そして僕はこうして学校へ通わせてもらっている。すべては父のお蔭だ。最期が醜いものだったとしても偉業の方がそれを上回っていたようだよ。詳しいことは何も知らされていないけれどね」
「君の国のことはよくわからないけれど、そういうこともあるのだろうね」
マルセルの国ミシャルレ王国は、島国のバングレア王国とは海を隔てた大陸にあった。その距離はかなり近い。ちょうどロアルドの家があるコーネル領の港からは泳ぎに自信のある者なら泳いで渡ることができる距離だった。
だから百年前までのバングレアとミシャルレとの戦争では、コーネル領が戦争の最前線となったのだ。その重要な領地を曾祖父たちが守り切った。コーネル家が辺境伯でありながら一目おかれるのは曾祖父たちのお蔭だった。
今バングレアとミシャルレとの間には百年前の和平協定にもとづき盛んな交流がある。交換留学のかたちでマルセルらミシャルレ王国の子たちが王立のローゼンタール王都学院に通うこともできるのだった。
「君の国では神官が家庭をもつのは当たり前のことなのか?」ロアルドは訊いた。
「数は多くはないけれど、珍しくはないかな。この国とそう変わりはないさ」
「そうなのか……」
「君は神官の特殊能力のことを気にしているのだね。神官の特殊能力は異性と交わるたびに少しずつ失われる。だから高位の神官の中には去勢してでも生涯神官についているものもいる。家庭を持つとしても引退してからが多い。しかしそれは噂の域を出ない。そもそも、持っている魔力量が多ければ少々失われても問題がないんだよ。って僕は聞いたよ」
「君のお父上がそうだったというわけか」そして君も。
「父のことはわからないけれどね。誰もよく教えてはくれないんだ」
「君はもう神官になるための勉強を始めているんだよね?」
「経典暗誦とかさせられているよ。でも僕には才能がないみたいだ。何より記憶能力が他の子より劣っている。数万冊の本を記憶するなんて僕には無理だよ」
その割には魔術書数十冊分以上の魔法を保持しているようだが、とロアルドは思った。
そしてマルセルが言うことが本当なら、数十万冊の書物を脳内に記憶している姉グレースはとても素質のある神官だ。できればその能力を伸ばしてあげたい。能力を削ぐ行為はすべて障害だった。
あの教授の行いを何としても止めなければならないとロアルドは改めて思った。
寄宿舎同室にいるオスカーならその魔力でもってどのようにでもできただろう。しかし身内のことを相談するほどロアルドはまだオスカーを全面的に信用していなかった。
彼の魔力は脅威だ。
同じような魔力持ちでも、マルセルの方がロアルドにとっては親近感を覚える相手だった。
その時、部屋にはロアルドとマルセルしかいなかった。
アーサーは何やら格闘系の部活をしていたし、オスカーは図書館に行っているようだ。
何の取り柄もない仕官科生徒ロアルドと病弱なマルセルは真っすぐに寄宿舎に帰ってくることがよくあった。
「君は神学科だったね」ロアルドはマルセルに話しかけていた。「将来は神官になるのかい?」
「どうだろう」マルセルは何だか口ごもっていた。「亡くなった父が神官だったんだよ」
「お父上は亡くなられていたのか。それはすまないことを聞いた」
「良いんだよ、別に隠すことでもないし。家は伯爵家だった。父が亡くなり、爵位を返上するのが通例なのだが、父の偉業が認められて据え置かれた。僕が爵位を継ぐことになっている。家のことをするのなら神官にはならない方が良いんだ」
「君のお父上は伯爵として家のことをしながら神官もしていたのか? 君の国ではそれも可能なのだろう?」
「父はふだん伯爵として暮らしていたようだ。そして必要なときだけ神官になった」
「必要なときだけ?」
「よくわからないけれど、何か大きな仕事があるときに父の力が必要だったようだ」
「どんな力なのだろう?」
「それはわからない」
「君はそれを受け継いでいるのだろうか?」
「それもわからない」
マルセルが持つ底知れぬ魔力はオスカーをも凌ぐものだった。おそらく彼の父も同じものを持っていたのだろうとロアルドは思った。
「お父上はご病気で?」それほどの魔力の持ち主が単なる病気で亡くなるとは思えなかった。
「いや、制圧されたらしい」
「制圧?」
「気がふれたんだ。それで処分された」
「そんなことって……」
「父がしていた仕事はそれくらい心を削るものだったようだ。だから偉業だと讃えられた。そして僕はこうして学校へ通わせてもらっている。すべては父のお蔭だ。最期が醜いものだったとしても偉業の方がそれを上回っていたようだよ。詳しいことは何も知らされていないけれどね」
「君の国のことはよくわからないけれど、そういうこともあるのだろうね」
マルセルの国ミシャルレ王国は、島国のバングレア王国とは海を隔てた大陸にあった。その距離はかなり近い。ちょうどロアルドの家があるコーネル領の港からは泳ぎに自信のある者なら泳いで渡ることができる距離だった。
だから百年前までのバングレアとミシャルレとの戦争では、コーネル領が戦争の最前線となったのだ。その重要な領地を曾祖父たちが守り切った。コーネル家が辺境伯でありながら一目おかれるのは曾祖父たちのお蔭だった。
今バングレアとミシャルレとの間には百年前の和平協定にもとづき盛んな交流がある。交換留学のかたちでマルセルらミシャルレ王国の子たちが王立のローゼンタール王都学院に通うこともできるのだった。
「君の国では神官が家庭をもつのは当たり前のことなのか?」ロアルドは訊いた。
「数は多くはないけれど、珍しくはないかな。この国とそう変わりはないさ」
「そうなのか……」
「君は神官の特殊能力のことを気にしているのだね。神官の特殊能力は異性と交わるたびに少しずつ失われる。だから高位の神官の中には去勢してでも生涯神官についているものもいる。家庭を持つとしても引退してからが多い。しかしそれは噂の域を出ない。そもそも、持っている魔力量が多ければ少々失われても問題がないんだよ。って僕は聞いたよ」
「君のお父上がそうだったというわけか」そして君も。
「父のことはわからないけれどね。誰もよく教えてはくれないんだ」
「君はもう神官になるための勉強を始めているんだよね?」
「経典暗誦とかさせられているよ。でも僕には才能がないみたいだ。何より記憶能力が他の子より劣っている。数万冊の本を記憶するなんて僕には無理だよ」
その割には魔術書数十冊分以上の魔法を保持しているようだが、とロアルドは思った。
そしてマルセルが言うことが本当なら、数十万冊の書物を脳内に記憶している姉グレースはとても素質のある神官だ。できればその能力を伸ばしてあげたい。能力を削ぐ行為はすべて障害だった。
あの教授の行いを何としても止めなければならないとロアルドは改めて思った。
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