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平穏な学園生活 プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院

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 学園生活は平穏だった。少なくとも仕官科は宮廷のしもべとして地味に事務仕事をこなす仕官の志望者が通うクラスだったためにひたすら平凡な頭脳作業にいそしんだ。
 そこに魔力をもつ者、武力に秀でた者はいなかった。もちろん魔法に関する授業はある。しかしそれはあくまでも知識としての魔法学であって実技を鍛えるものではなかった。
 形として実技の時間もあるにはあったが、教官が指導しても幼児が放つ魔法にも劣る程度のものがどうにか使えるくらいで、ロアルドに至っては全く魔法は使えなかった。
「君は本当にコーネル家の長男なのか?」と憐れむような視線を送る教官もいた。
 三人の姉は魔法の成績だけで特待生になっていた。その弟とはとても信じられない、と教官の目は語っていた。
「僕には魔法の才能がないもので」ロアルドは申し訳なさそうに答えた。

 学園生活が始まって半月、仕官科に友人はできていない。地元の学校に通っていた時は領主の息子として一目おかれ、孤独を味わった。
 この学園ではコーネル家よりも身分の高い貴族の子息が多く、その影響で声がかからなかったこともある。
 しかし最大の原因はロアルドのコミュニケーション能力の低さにあった。他人の子と遊んだ経験もないロアルドは、どのようにして級友に接したら良いのかわからなかった。姉たちのように秀でた魔力があれば周囲も注目して接触してきたかも知れないが、それがない自分には無理だと悟った。
 しかし寮に帰ると同じ部屋のアーサーたちに友人として迎えられた。
「ロアルドとマルセルはひ弱だから鍛えた方が良いな。毎日身体強化訓練をしよう」アーサーは無邪気な提案をした。
「僕は神学科だから特訓は遠慮するよ」マルセルは本当に勘弁してほしそうな顔をした。
「健全な体にこそ健全な魔力は宿るぞ」
「僕はこれで十分だよ」
「早朝訓練はどうだ?」アーサーがロアルドに顔を向けた。
「何をどうするんだ?」ロアルドは冷や汗を流し始めた。「君たちと一緒に走るだけで僕は死ぬ」
「なあに、ちょっとしたトレーニングだ」アーサーはやる気満々だった。彼は本質的に面倒見が良いようだ。
「君は体がなまっているようだな」横から珍しくオスカーが口を挟んだ。「毎日騎士科で私闘をしているそうじゃないか」
「それはみんなが俺に私闘を申し込んでくるからだ」
 要するに毎日喧嘩をふっかけられるのだとロアルドは認識した。
「君のことだからどんな相手も蹴散らしているのだろうね」ロアルドは言った。
「そうでもないよ。簡単には決着がつかない。身体強化魔法を使っているからダメージが入りにくいんだ。素手だしな」
「そういえば上級生に絡まれたことがあったよな? その後はどうなの?」ロアルドは訊いた。
「あれから何もないが」
「それは良かった」
「あの程度の連中、何人いても物の数ではないけどな」
「中には公爵家の血筋がいたりするからほどほどにした方が良いと思うよ」オスカーがアーサーをたしなめた。
「俺の方から仕掛けてはいないんだが」
 態度が大きすぎるのだろう。
「それより聞いたか? すっかり人気のなくなった学園に夜な夜な魔物が現れるって話」アーサーが話題を変えた。
「どこの学園にもある七不思議だろう、珍しくもない」オスカーは気にもとめなかった。
「ここはひとつ、乗り込んで、その正体をつきとめてやろうぜ」
「夜は校舎立ち入り禁止だよ」マルセルが言った。
「こっそり忍び込めば、わけないぜ」
「侵入阻止の結界が張られているということだ」オスカーが言った。
「そんなのはお前らがどうにかできるだろう」アーサーはオスカーとマルセルに目を向けた。
 それは確かだとロアルドも思った。この二人なら全く造作ない。気づかれないように侵入することも可能だろう。
「僕は遠慮するよ」マルセルが言ったので、その時は部屋仲間内での冗談で終わった。
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