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入学試験 プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院
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それからロアルドは勉学にいそしんだ。何もアピールするものがないのだから筆記試験で合格点をとるしかない。
幸いなことにこれまでの人生、地味に努力してきた。不器用だが真面目でこつこつと努力を積み重ねる。それが自分のキャラとは合わないと知りつつ争い事は好まないのでそうやってきたのだ。
二週間後、ロアルドは試験を受けるためにローゼンタール王都学院へ赴いた。
バングレア王国の王都コルの近郊にある広大な森の中に王都学院はあった。かつては王宮の庭の一部だったようだが、いまは森林公園となっており、その一画に学院が建てられたのだった。
ロアルドは、学院の門前にいた。
それは見たこともないくらい荘厳で重厚な門だった。
長期休暇期間中であり、その日その門をくぐるのは受験生だけだ。ロアルドは深呼吸して気持ちを落ち着け、門をくぐった。
敷地内に入った受験生が揃って足取りを重くした。
「空気重いわ、さすがに」という声が聞こえた。
「魔力が十分の一以下になるからな」
彼らの話では学院内には高度の結界が張られ、魔力が縮小されるとのことだ。下手な生徒の魔力が暴走して敷地内の建物や器材の損壊を防ぐためらしい。
魔力がないロアルドには何ら影響のないことで、空気が重く感じるのは単に雰囲気に気圧されただけだろう。
お蔭で、受付にたどり着くまでにひどく疲れてしまった。
魔力がある受験生は制限されつつも魔力で身体強化したり、加速したり、疲労減弱させたりして、門からニキロほど離れたところにある校舎入口に向かったはずだ。
「受験生は君が最後だよ、疲れてるな、大丈夫かい?」
受付にいた若い教官に気の毒そうな目を向けられた。
「大丈夫です」ロアルドは何とか答えた。
「名前は?」
「ロアルド・コーネルです」
「コーネル領コーネル辺境伯の長男だね。生徒会長の弟じゃないか」
「それはご内密に」ロアルドは汗を拭った。
「超優秀な姉君を持つと大変なのかな」
「僕は出来損ないの劣等生なので姉上たちには迷惑をかけたくないのです」
「大変だなあ」
教官は本人確認を行った。受験票は左腕にはめられたブレスレットに記憶されていた。それを受付にある石盤にかざすと確認がとれるのだ。
「確認したよ。ところで君は仕官科なんだね。姉君たちは魔法科か神学科だったかと思うが」
「僕に魔力は全くありません」
「そんなことないだろう? コーネル家だろう?」
「ないものはないのです」それより早く通して欲しいとロアルドは願った。
開始時刻ギリギリになっている。門からここまでの道のりが予想を越えていたのだ。
ジェシカ姉が意地悪をして教えてくれなかったのだとロアルドは思った。
そしてようやく試験会場の教室に到着した。午前が筆記試験。午後は志望科ごとの実技試験になる。
筆記試験は満足できる出来だった。自分にはこれしかない。そう思って生きてきたからだ。問題は実技試験。魔法科なら魔法、騎士科なら刀剣格闘術、神学科なら教典暗誦になるのだが仕官科は実技といっても簿記だとか異国語会話だった。それもどうにかクリアした。
辺境伯の子息ということでかなり配慮されていたからだとロアルドは思った。
その日のうちに筆記試験と実技試験の合否が判定され、合格した者に対して最後に個人面接があった。ロアルドは面接に進んだ。
面接官は三人いた。真ん中にいかにも校内の権力者らしき恰幅の良い中年の男がいた。その両隣に若い男女。美男美女という形容がふさわしいクールな教官だった。
「コーネル辺境伯のご子息だね」真ん中にいる男は学院長のトビー・ボスランと名乗った。「辺境伯とは旧知の仲でね。君のことは頼まれておるから安心したまえ」
出来レースは本当のようだ。
「志望は魔法科ではないのですか?」女性教官が訊ねた。
「僕に魔力はありません。ですが、仕官になって宮廷のお役に立ちたいと思います」
「良い心がけではないか」ボスラン学院長が笑った。
面接は世間話に終始した。家での暮らしの様子を訊いたり、趣味を訊ねたり。ロアルドはほとんど勉強をしているか妹と遊んでいるかしかしていなかったと正直に答えた。
和やかなまま面接は終わりを告げようとしていた。
「差し支えなければ」若い男性教官が最後に訊いた。「ステータスを見せてもらっても良いか?」
「え?」ロアルドは思わず呆けた顔をしてしまった。
その男性教官は鑑定スキルを持っているようだ。スキルが高ければ誰のステータスも見ることができる。
ただ個人情報保護の観点から個人のステータスは簡単には見られないようになっていた。ブレスレットに鑑定防御の魔法がかけられていて、装着している限り鑑定士でも簡単には見られない。
この男性教官の鑑定スキルのレベルが相当高ければ強引に見ることもできるが、彼は見せてもらえないかとわざわざロアルドに訊ねた。
「わかりました」ロアルドはブレスレットを外した。
「なるほど」ボスラン学院長が頷いた。おそらく三人とも鑑定スキルを持っているのだ。「魔力〇、そして魔法に関するステータスはほとんどがレベル1だね。特性は『生真面目』か。地道な仕事に向いているな」
うまくごまかせたようだとロアルドは思った。特性の「スナッチ」が「生真面目」に書き換えられていた。
父の伝でS級の魔力を持つ人に特性の改竄をしてもらったのだ。いや、厳密には改竄ではない。「スナッチ」の上に「シリアス」のラベルでカバーをかけたのだ。この魔法をかけた人物よりも大きな魔力を持つものなら見抜くことは可能だが、ここにいる面接官はどうにかごまかせたようだ。
「学園でも地道に努力したまえ」
「恐れ入ります」ロアルドは頭を下げた。
かくしてロアルドはローゼンタール王都学院に合格した。
幸いなことにこれまでの人生、地味に努力してきた。不器用だが真面目でこつこつと努力を積み重ねる。それが自分のキャラとは合わないと知りつつ争い事は好まないのでそうやってきたのだ。
二週間後、ロアルドは試験を受けるためにローゼンタール王都学院へ赴いた。
バングレア王国の王都コルの近郊にある広大な森の中に王都学院はあった。かつては王宮の庭の一部だったようだが、いまは森林公園となっており、その一画に学院が建てられたのだった。
ロアルドは、学院の門前にいた。
それは見たこともないくらい荘厳で重厚な門だった。
長期休暇期間中であり、その日その門をくぐるのは受験生だけだ。ロアルドは深呼吸して気持ちを落ち着け、門をくぐった。
敷地内に入った受験生が揃って足取りを重くした。
「空気重いわ、さすがに」という声が聞こえた。
「魔力が十分の一以下になるからな」
彼らの話では学院内には高度の結界が張られ、魔力が縮小されるとのことだ。下手な生徒の魔力が暴走して敷地内の建物や器材の損壊を防ぐためらしい。
魔力がないロアルドには何ら影響のないことで、空気が重く感じるのは単に雰囲気に気圧されただけだろう。
お蔭で、受付にたどり着くまでにひどく疲れてしまった。
魔力がある受験生は制限されつつも魔力で身体強化したり、加速したり、疲労減弱させたりして、門からニキロほど離れたところにある校舎入口に向かったはずだ。
「受験生は君が最後だよ、疲れてるな、大丈夫かい?」
受付にいた若い教官に気の毒そうな目を向けられた。
「大丈夫です」ロアルドは何とか答えた。
「名前は?」
「ロアルド・コーネルです」
「コーネル領コーネル辺境伯の長男だね。生徒会長の弟じゃないか」
「それはご内密に」ロアルドは汗を拭った。
「超優秀な姉君を持つと大変なのかな」
「僕は出来損ないの劣等生なので姉上たちには迷惑をかけたくないのです」
「大変だなあ」
教官は本人確認を行った。受験票は左腕にはめられたブレスレットに記憶されていた。それを受付にある石盤にかざすと確認がとれるのだ。
「確認したよ。ところで君は仕官科なんだね。姉君たちは魔法科か神学科だったかと思うが」
「僕に魔力は全くありません」
「そんなことないだろう? コーネル家だろう?」
「ないものはないのです」それより早く通して欲しいとロアルドは願った。
開始時刻ギリギリになっている。門からここまでの道のりが予想を越えていたのだ。
ジェシカ姉が意地悪をして教えてくれなかったのだとロアルドは思った。
そしてようやく試験会場の教室に到着した。午前が筆記試験。午後は志望科ごとの実技試験になる。
筆記試験は満足できる出来だった。自分にはこれしかない。そう思って生きてきたからだ。問題は実技試験。魔法科なら魔法、騎士科なら刀剣格闘術、神学科なら教典暗誦になるのだが仕官科は実技といっても簿記だとか異国語会話だった。それもどうにかクリアした。
辺境伯の子息ということでかなり配慮されていたからだとロアルドは思った。
その日のうちに筆記試験と実技試験の合否が判定され、合格した者に対して最後に個人面接があった。ロアルドは面接に進んだ。
面接官は三人いた。真ん中にいかにも校内の権力者らしき恰幅の良い中年の男がいた。その両隣に若い男女。美男美女という形容がふさわしいクールな教官だった。
「コーネル辺境伯のご子息だね」真ん中にいる男は学院長のトビー・ボスランと名乗った。「辺境伯とは旧知の仲でね。君のことは頼まれておるから安心したまえ」
出来レースは本当のようだ。
「志望は魔法科ではないのですか?」女性教官が訊ねた。
「僕に魔力はありません。ですが、仕官になって宮廷のお役に立ちたいと思います」
「良い心がけではないか」ボスラン学院長が笑った。
面接は世間話に終始した。家での暮らしの様子を訊いたり、趣味を訊ねたり。ロアルドはほとんど勉強をしているか妹と遊んでいるかしかしていなかったと正直に答えた。
和やかなまま面接は終わりを告げようとしていた。
「差し支えなければ」若い男性教官が最後に訊いた。「ステータスを見せてもらっても良いか?」
「え?」ロアルドは思わず呆けた顔をしてしまった。
その男性教官は鑑定スキルを持っているようだ。スキルが高ければ誰のステータスも見ることができる。
ただ個人情報保護の観点から個人のステータスは簡単には見られないようになっていた。ブレスレットに鑑定防御の魔法がかけられていて、装着している限り鑑定士でも簡単には見られない。
この男性教官の鑑定スキルのレベルが相当高ければ強引に見ることもできるが、彼は見せてもらえないかとわざわざロアルドに訊ねた。
「わかりました」ロアルドはブレスレットを外した。
「なるほど」ボスラン学院長が頷いた。おそらく三人とも鑑定スキルを持っているのだ。「魔力〇、そして魔法に関するステータスはほとんどがレベル1だね。特性は『生真面目』か。地道な仕事に向いているな」
うまくごまかせたようだとロアルドは思った。特性の「スナッチ」が「生真面目」に書き換えられていた。
父の伝でS級の魔力を持つ人に特性の改竄をしてもらったのだ。いや、厳密には改竄ではない。「スナッチ」の上に「シリアス」のラベルでカバーをかけたのだ。この魔法をかけた人物よりも大きな魔力を持つものなら見抜くことは可能だが、ここにいる面接官はどうにかごまかせたようだ。
「学園でも地道に努力したまえ」
「恐れ入ります」ロアルドは頭を下げた。
かくしてロアルドはローゼンタール王都学院に合格した。
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