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クレーマーの正体 (本社トレーナー 柚木璃瀬)
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立志大学理工学部四年の由良零紀が持ってきた情報は柚木璃瀬をこれ以上ないくらい驚かせた。それはまさに青天の霹靂、予想だにしなかった事実であり、俄かに信じられなかった璃瀬は思わず由良に訊いていた。
「本当なの? それは?」
「本当です。うちの大学に音響を専門にしている学科があるんですが、そこにいる知り合いに頼んで分析してもらったんです。そうしたら見事に一致しました。間違いありません」
「どうしてかしら? というより、どういうことなの?」
「それは、われわれが考えることではありません。これらの証拠をもとになぜこのようなことが起こっているのか考えるのは、クイーンズサンドのスタッフの方です」
由良零紀と名乗った男は、そう言って璃瀬の顔を真っ直ぐ見た。彼は妹の璃穂が連れてきた学生だった。
そして由良がさらに山岡という後輩の女子学生を連れてきていた。ほとんど笑みを浮かべず由良に従って静かに気配を消しているが、その美貌は十分に存在感があった。彼女が由良と来る時にカップルを演じていたようだ。
それ以外にも由良が送り込んだ璃穂ですら顔の知らない学生が多数この店に送り込まれ、監視が続けられていたのである。
璃瀬は溜息をついて、カウンターの方を窺った。その二番レジに高見澤神那がいた。彼女こそクイーンズサンド本社に電話をかけ明葉ビル店についてのクレームを言った人物の一人だった。
立志大の理工学部に在籍している由良から、本社にかかってきた電話の録音があれば貸して欲しいと言われた璃瀬は、お客様相談係に手を回して電話の録音を音声ファイルにし、彼に渡したのだった。彼はその中に聞き覚えのある声を見い出した。そしてこの店のレジに立つ女子クルーの声をICレコーダーに録音し、大学の知り合いに一致する声がないか鑑定を依頼したのだ。
結果は見事に一致した。クレーマーの中の若い女性の声が、高見澤神那のものと一致を見たのだ。その証拠を今日携えて璃瀬を訪ねてきたのだった。
「お姉ちゃん、彼女はそういうことをしそうな子じゃないのね?」
明らかに苦悩している姉を見て璃穂は訊いた。
「そうね、とてもそういうことをする子だとは思わなかったわ」
「何か事情があるのかもしれないよ」
「だったらいいんだけど……」
人が何かをなす時、そこには何らかの理由があると璃瀬は信じたかった。そうでないと耐えられない。せっかくここまでみんなして努力を積み重ね、切磋琢磨し、ようやくこのクルーで軌道が乗り始めたというのに、その調和を乱す人間が、あの七人の中にいたとは璃瀬は到底信じられなかった。
「誰でも間違いを犯します。魔が差したのか、何か言えない理由があったのか……」
初めて山岡が口を開いた。彼女にもそういう経験があったのだろうか。
「とにかく、ありがとう。この件はあとは私が片付けます」
「クレーマーの正体がすべてわかったわけではないのですが、よろしいのですか?」
「一人わかればそれが突破口になるでしょう。それにこれだけやってわからなかったわけだから、これ以上続けても無駄だわ」
「承知しました」
「お礼は、璃穂を通してさせてもらうわ。必要経費とアルバイトさんののべ活動時間を纏めておいてね」
「必要経費だけ請求させていただきます。バイトの日当は不要です」
「あら、いいの? いまどき珍しく欲のない学生さんね」
「その代わりといっては何ですが、お姉さまにはぜひ私どもが取り扱っておりますパーティーに一度おいで頂きたいですね」
「パーティー?」と璃瀬がきょとんとした顔で聞き返すと、璃穂がぷっと噴き出した。
「お見合いパーティーみたいなものよ。お姉ちゃん、きっと客寄せに使われるんだわ」
「客寄せ?」
「人聞きの悪いことを」と由良は璃穂を横目で見た。「お姉さまにもきっと素敵な出会いが待っているかもしれませんよ」
由良はすっかり営業ことばに営業スマイルになっていた。
「怪しいパーティーじゃないでしょうね?」と璃瀬は意地悪そうな目を由良に送った。
「とんでもないです。しかしお気にされるようでしたら、こちらの松原さまにお伺いになればよろしいかと。あの方も何度か参加されておられますから」
「そんな個人情報言っちゃっていいの」と璃穂が由良に言った。顔は笑っている。
「こ、これは私としたことが……」
由良は頭をかく動作をしたが、何だかわざともらしたように思われた。
「松原チーフがそういうところに行っているとはね……」
やはり軽い男なのかと璃瀬は思った。少し見直し始めていただけに彼の評価は乱高下が激しいようだ。
由良たちは不思議な余韻を残して帰っていった。少し気が紛れかかっていた璃瀬は神那のことを思い出し、たちまち重い空気に包まれた。この件は、江尻マネージャーや本社の上司に相談する前に、まず自分が動くべきだろう、それほどデリケートな問題を含んでいると璃瀬は考えた。
「本当なの? それは?」
「本当です。うちの大学に音響を専門にしている学科があるんですが、そこにいる知り合いに頼んで分析してもらったんです。そうしたら見事に一致しました。間違いありません」
「どうしてかしら? というより、どういうことなの?」
「それは、われわれが考えることではありません。これらの証拠をもとになぜこのようなことが起こっているのか考えるのは、クイーンズサンドのスタッフの方です」
由良零紀と名乗った男は、そう言って璃瀬の顔を真っ直ぐ見た。彼は妹の璃穂が連れてきた学生だった。
そして由良がさらに山岡という後輩の女子学生を連れてきていた。ほとんど笑みを浮かべず由良に従って静かに気配を消しているが、その美貌は十分に存在感があった。彼女が由良と来る時にカップルを演じていたようだ。
それ以外にも由良が送り込んだ璃穂ですら顔の知らない学生が多数この店に送り込まれ、監視が続けられていたのである。
璃瀬は溜息をついて、カウンターの方を窺った。その二番レジに高見澤神那がいた。彼女こそクイーンズサンド本社に電話をかけ明葉ビル店についてのクレームを言った人物の一人だった。
立志大の理工学部に在籍している由良から、本社にかかってきた電話の録音があれば貸して欲しいと言われた璃瀬は、お客様相談係に手を回して電話の録音を音声ファイルにし、彼に渡したのだった。彼はその中に聞き覚えのある声を見い出した。そしてこの店のレジに立つ女子クルーの声をICレコーダーに録音し、大学の知り合いに一致する声がないか鑑定を依頼したのだ。
結果は見事に一致した。クレーマーの中の若い女性の声が、高見澤神那のものと一致を見たのだ。その証拠を今日携えて璃瀬を訪ねてきたのだった。
「お姉ちゃん、彼女はそういうことをしそうな子じゃないのね?」
明らかに苦悩している姉を見て璃穂は訊いた。
「そうね、とてもそういうことをする子だとは思わなかったわ」
「何か事情があるのかもしれないよ」
「だったらいいんだけど……」
人が何かをなす時、そこには何らかの理由があると璃瀬は信じたかった。そうでないと耐えられない。せっかくここまでみんなして努力を積み重ね、切磋琢磨し、ようやくこのクルーで軌道が乗り始めたというのに、その調和を乱す人間が、あの七人の中にいたとは璃瀬は到底信じられなかった。
「誰でも間違いを犯します。魔が差したのか、何か言えない理由があったのか……」
初めて山岡が口を開いた。彼女にもそういう経験があったのだろうか。
「とにかく、ありがとう。この件はあとは私が片付けます」
「クレーマーの正体がすべてわかったわけではないのですが、よろしいのですか?」
「一人わかればそれが突破口になるでしょう。それにこれだけやってわからなかったわけだから、これ以上続けても無駄だわ」
「承知しました」
「お礼は、璃穂を通してさせてもらうわ。必要経費とアルバイトさんののべ活動時間を纏めておいてね」
「必要経費だけ請求させていただきます。バイトの日当は不要です」
「あら、いいの? いまどき珍しく欲のない学生さんね」
「その代わりといっては何ですが、お姉さまにはぜひ私どもが取り扱っておりますパーティーに一度おいで頂きたいですね」
「パーティー?」と璃瀬がきょとんとした顔で聞き返すと、璃穂がぷっと噴き出した。
「お見合いパーティーみたいなものよ。お姉ちゃん、きっと客寄せに使われるんだわ」
「客寄せ?」
「人聞きの悪いことを」と由良は璃穂を横目で見た。「お姉さまにもきっと素敵な出会いが待っているかもしれませんよ」
由良はすっかり営業ことばに営業スマイルになっていた。
「怪しいパーティーじゃないでしょうね?」と璃瀬は意地悪そうな目を由良に送った。
「とんでもないです。しかしお気にされるようでしたら、こちらの松原さまにお伺いになればよろしいかと。あの方も何度か参加されておられますから」
「そんな個人情報言っちゃっていいの」と璃穂が由良に言った。顔は笑っている。
「こ、これは私としたことが……」
由良は頭をかく動作をしたが、何だかわざともらしたように思われた。
「松原チーフがそういうところに行っているとはね……」
やはり軽い男なのかと璃瀬は思った。少し見直し始めていただけに彼の評価は乱高下が激しいようだ。
由良たちは不思議な余韻を残して帰っていった。少し気が紛れかかっていた璃瀬は神那のことを思い出し、たちまち重い空気に包まれた。この件は、江尻マネージャーや本社の上司に相談する前に、まず自分が動くべきだろう、それほどデリケートな問題を含んでいると璃瀬は考えた。
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