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女連れの男と尾行していた男 (キッチンクルー 西章則)

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 そういうことをしながら二、三日が経った。バイトの合間に撮影に出かける。街には撮影したくなる綺麗な女性が溢れてはいたが、決定的な場面に遭遇することはなかった。
 周囲に気取られないよう配慮しながら歩いていると、前方に二人の若い女性を連れた男を見つけた。女性は二人とも可愛い。なんと幸福な男だ、どんな奴だろうと顔を確認すると、それが見たことがある奴だと思い出した。
(たしか、御木本英司みきもとえいじ、とか言ったな。瀧本たきもとあづさの彼氏とかいう奴だ)
 店に一度だけ姿を見せたことがあった。まだ夏休みが始まって間もない頃だ。
 その時カウンターにいた瀧本あづさは、突然の彼氏の登場に、ちょっと面食らい、迷惑そうな顔をしていた。たまたま前沢裕太まえざわゆうたが勤務に出ていなかった日だと思う。いたら大変だったはずだ。
 前沢裕太は、異常なくらい瀧本あづさに執着していた。何度告白して振られたことだろう。彼があづさの彼氏に良くない感情を抱いていて、何かをやらかすのではないかと思ったのは、キッチンのスタッフみんなだった。だからそういう奴がいる店に顔を出す御木本英司を見て、何も知らない人間は幸せだなと感じたくらいだ。
 御木本は、章則がうらやむくらいのイケメンだった。長身、茶髪、身軽な仕草。どれも章則には真似のできないものだった。森沢富貴恵もりさわふきえが、「タッキーの彼氏よーん」と囁いて回らなければ、誰も彼とあづさの関係を知らなかっただろう。
(あんなやつに、いいようにちちくりまわされてやがるのか。結局、男も顔か)
 章則が御木本に反感を抱いたのはその時である。
 御木本は態度も大きく、周囲に可愛いクルーがたくさんいることを見つけると、余計に格好をつけて振舞った。
「彼女たちにも、ドリンクを振舞ってあげて」などという始末だった。自分はクーポン券を使っているのにだ。
 ああいう男には誰かが何らかの天罰を下さないと、世の中不公平だ。章則はそう思った。
 その御木本英司が、今章則の目の前にいた。それもあづさではなく、何やら綺麗な女子高生らしき私服の子を二人連れて。
(どこに行くんだろう?)
 夜も八時を回っている。すっかり暗くなっていて、受験生がうろうろする時間帯でもない。講習からの帰りなら、まっすぐ自宅へ戻ろうものなのに、そういう気配はなかった。
 やがて二人の女の子のうち一人が、「じゃあ、またね、おやすみ」などと言って離れていった。彼女はどうやら真面目な受験生のようだ。しかしもう一人の彼女は、御木本と目を合わせると、意味ありげな微笑を浮かべて、さらに二人して歩き出した。
 二人はやがてバス通りを左へ逸れ、突き当たった線路を跨線橋を使って渡った。
 彼らが自分を知っているとは思わないが、あまり接近すると振り返られる虞もあり、章則は距離を保って後を追った。
 間違いなく怪しい雰囲気だ。あづさの彼氏が何やら浮気をしている様子だ。これは何かに使えないかと章則は考えた。
 あづさに教えてやれば、きっと別れるに違いない。ああ見えてあづさはなかなか真面目で、彼氏の浮気など許すはずもなかった。
 あるいは前沢裕太に教えてやるという選択肢もある。彼がこれを見てどう動くか。最近彼がすっかりおとなしくなったのを章則は不満にさえ思っていた。聞くところによると、小野田晃一が蒲田美香とともに前沢に諫言したらしい。全く余計な事をする奴らだ。そのまま放っておいたほうが面白い見ものを見ることができるのに。
 そしてもう一つ。決定的な証拠を掴んで、御木本自身と取引する手もある。
 何の取引? それは彼が何を持っているかによるだろう。
 章則はそっと二人の後を追った。
 二人は跨線橋を渡り終えると、近くのマンションに入った。十階建てくらいあるかなり大きなマンションである。御木本の自宅でもあるのか。もしそうなら彼は自宅に女性を連れ込むことになるのか。
 二人がエレベーターに消えると、章則はその行き先階を確認した。そして目当ての階の郵便受けを見る。その階に住人は四世帯ほどあったが、そこに「御木本」という名はなかった。だから章則は住人の名をメモにとった。
 してみると、ここにあるのは女の子の自宅なのだろうか。
 疑問はつぎつぎと湧いてくるが、いっこうに答えは見つからない。今日はこのくらいだなと判断した章則は踵を返した。
 しかし玄関を出たところで思わぬ人物に出くわし、章則は肝を冷やした。
「な、なんだ、前沢君じゃないか」
 表面上平静を繕う。彼がここにいる理由もわからない。
「ここに入ったんですね? 御木本」
 前沢はそう言ってマンションを見上げた。
「どうして、ここに」と章則は訊いた。
「毎日のように夏期講習を終えて出てくるあいつのあとを追っていたんです。以前線路を渡ったところで見失ったことがあって、あいつがどこへ行くのか気になっていたもので、QSクイーンズサンドの勤務がない日はずっと張っていたんですが、このところあいつは真っ直ぐ家に帰ってばかりで何の進展もありませんでした。ところが今日、あいつは女の子二人を連れて反対方向に歩き出した。いよいよアジトに行くのかと思いましたよ。後をつけるうちに西さんの姿を見ました。西さんがあれっという顔をして同じように、御木本たちをつけるので、僕はさらに距離をとってあとをつけていたというわけです。それであいつはここに入ったんですね?」
「ああ、そうだよ、でもここは御木本のマンションではないようだ。一緒にいた彼女の家なのかな」
「どうでしょう、違うような気がしますが。というのも以前あいつを見失った時、あいつは一人だったんです」
「女の子の方が部屋で待っていたということは考えられないのか?」
「いえ、前回の時、今日の女性は他に二人の女性と一緒にいて、カラオケまであいつと付き合ったんですよ。しかしその後別れてしまった。彼女の自宅はここではありません」
「なるほどな」
 西がどうすると前沢裕太に聞くと、彼はここで待つと言い出した。
「下手すりゃ、朝までだぞ」
「構いません、やっと見つけたのですから」
「しょうがない奴だなあ、じゃあ僕も暇だから付き合うか」
「どうぞ、ご自由に」
 前沢裕太は、すっかりもとの猪突猛進型の彼に戻っていた。
「なんだか、写真週刊誌の記者の気分だな。してみると御木本は売れない芸能人か」
「あいつはそんな値打ちのある男じゃないですよ」
 裕太は、西を見ることなく答えた。目はずっとマンションの玄関の方に向けられている。こちらは玄関が見える反対側のビルの玄関口、軒下だった。
「御木本の『スキャンダル』を掴んで、どうするつもり?」
「瀧本さんに教えてあげるんですよ。彼女、御木本が浮気するような男なら別れると言ってくれましたから」
「ほう……」
 章則には少し胡散臭いように思えた。裕太は思い込みが激しい。あづさが何と言ったか知らないが、自分の都合のよいように解釈している可能性があった。
「あいつが出てきたら、写真にとってやりますよ」
 そう言って、裕太は携帯を取り出した。
「そんなのでうまく撮れるかな。ここからだとフラッシュが光っても届かないよ。相手に気づかれるだけだ」
 章則は、彼に自分が親身になっている味方のように思わせることにした。
「僕は写真が趣味でいつも街のスナップをとるために持ち歩いている。何ならこれで僕が撮ってやろうか」
 章則がバッグからデジタル一眼レフを取り出すと、裕太は目を大きく輝かせた。
「これなら、フラッシュを焚かずに撮影が可能だし、動画を撮ることもできる。静止画と動画、どっちがいい?」
 画質を優先して章則は写真を撮ることになった。裕太はだめでもともとという感じで携帯動画を撮るという。
 二人は待った。
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