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たまり場 (チーフ 松原康太)
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店長の江尻から、女子クルーに熱を上げている男はいないかと聞かれた時、松原康太は自分のことを言われているのかと一瞬身構えた。不特定のスタッフの話として自分を糾弾する戦術、それを康太は恐れた。しかしそれは康太の考えすぎのようだった。
江尻の口調はアルバイトクルー男子の誰かをさしているようだった。すかさず康太は、前沢裕太が瀧本あづさにお熱を上げているという誰でも知っている話を振って、内心の動揺を誤魔化すことに成功した。
江尻は裕太とあづさのことも知らないようだった。店長としてスタッフのことを熟知しておくべきだと思う一方、いかに四六時中店に顔を出しているとはいえ、末端の出来事がマネージャーの目や耳に届くのが難しいということが思い知らされた。
しかしその江尻に、高見澤神那が相談をしたらしい。西章則と田丸誠が彼女をいやらしい目で舐めるように見るという話だった。それを神那の被害妄想と断じることはたやすいが、そればかりでないことを康太は知っていた。
あの年頃の男が女性に少なからぬ興味を覚え、一度その対象を定めてしまったら、どこまでもそれに拘り、時に妄想を抱くことを、康太は自分の経験からよく知っていた。特にこの店には、江尻と自分の趣味嗜好が高じて綺麗どころのスタッフを集めている。男子スタッフが彼女らに惑わされない方がおかしかった。
江尻は自分が犯した失敗に気づいていない。彼は自分自身の禁欲的な生活にささやかな楽しみを得るために美少女たちを集めたのかもしれないが、それがものごとの根源であることがわからないのだ。
そもそもクイーンズサンドでは、スタッフ同士でカップルができたりすることは、どこの店舗でもありふれた日常だった。若い男女を一つどころに集めているのだから自然のなりゆきだと思われる。ただそれが営業に支障をきたさなければ良いのだった。
しかし過去に店の子に手をつけて本社の処分を受けた江尻は、自分の店でスタッフが問題を起こすことに非常に抵抗を覚えるのだろう。色恋は店の外でやってくれとしばしば口にしている。それはアルバイトに対してもそうだった。
だから康太は、自分の行動に細心の注意を払った。
康太はこれまでいくつもの店舗を渡り歩いたが、そのどこにおいても最低ひとりはスタッフにガールフレンドを設けた。魅力的な女子クルーの中から口の堅そうな娘を見つけてドライな関係を結んできた。常連客の中から相手を選んだことも数知れない。
この明葉ビル店には去年の秋からいるが、ひと月もたたないうちに女子高生クルーをものにした。彼女はすでに辞めているので、春から店長になった江尻の知ることではない。
これは二十七歳の今だからこそできる遊びなのだ。だからやめるつもりはなかった。
仕事を終えた康太は、駅の反対側にある姉名義の二LDKのマンションへ向かった。
姉は急行が停まる二つ隣の駅近くのカラオケスナックて雇われ店長をしていた。今年三十になるが、弟の康太が見ても驚くほどの美人で、しっかりパトロンがいて金には不自由のない生活を送っている。姉のパトロンはこのあたり地主一家の長男で、土建屋としては幅をきかせていた。そしてその息子がアメ車を乗り回してときどき明葉ビル店にやって来る問題児として店長がブラックリストにあげている人物だった。
妙なつながりだが、その関係を俯瞰しているのは自分だけだと康太はほくそえんでいる。自分にはいろいろと人に見えない世界が見えているという自負もあった。
姉のマンションには三年前から厄介になっているが、姉の帰宅はほとんど午前の四時頃になるので、日付が変わる時間帯は事実上康太のものだった。
十一時過ぎに康太が帰宅すると、中にはすでにメイがいた。「鳴」とかいて「メイ」と読む。
石黒鳴。明葉ビル二階にある書店のアルバイト。短大の二年生だった。彼女はかつて隣の駅近くにあったQSの店に康太が勤めていたとき知り合った女だ。二年以上前で、そのとき彼女はまだ高校生のアルバイトクルーだった。知り合ってひと月もたたないうちにこのマンションに連れてくるようになった。その頃は週に一度は連れてきたものだが、彼女の高校卒業とともに疎遠となり、別れたような形になっていた。
しかしこの春康太がふと二階の書店を訪れた時、そこでアルバイトをしていた彼女に久し振りに再会し、またも気まぐれで会う仲に戻った。
メイは、康太が特定の交際相手をもてない人間だとわかっていたので、こうしてたまに訪問する間柄に甘んじている。その方がメイも気楽なようだった。
「おかえりー」
メイは気だるく言い、康太の肩に両腕を絡ませた。このマンションのコピーキーを渡している女は何人もいて、たまに鉢合わせをすることもあったが、構いやしない。ここはすっかり溜まり場となっていた。康太の部屋のクローゼットの中には「草」を栽培するセットが組まれていた。ここにはそれ目当てでやって来る夜光虫が多く、鉢合わせをしても吸わせておけば問題がないのだ。
「今日、店を覗きに来たでしょう?」
「休憩時間に雑誌を見に行っただけだ」
「うっそーだね、香世とか友美がいないかチェックに来たんでしょ? 康太君は女の子に目がないから」
八つも年下の女に「康太君」と呼ばれている自分を情けないとも思わない。女たちには好きなようにさせていた。
「香世はだめよ、柔道空手の達人だから、康太君なんかたちまちのされてしまう。それに友美はあの通り超真面目だから、康太君は見向きもされないでしょうね。おまけに根暗な種田君が友美に夢中みたいだから、そのうちくっつくかもよ。種田君は明鏡大の学生だからねー」
メイは既に相当飲んでいるようだった。こういう時は手っ取り早く済ませて黙らせるに限る。
康太はメイを自分の部屋へ連れて行った。
すでにベッドのシーツはしわくちゃになっていた。この部屋を使う人間は康太以外にたくさんいる。夜の六時から明けの三時までと言ってあるので、今日使った奴も早々と退散したのだろう。康太自身がここで女を相手にするのは週に一度あるかないかだった。それくらい仕事が忙しいのだ。
康太は久々に興奮して、メイを激しく抱いた。
ことが終わり、「草」を口にしながら康太はメイに訊いた。
「そういえば、御木本は最近見ないな」
「あんなチンピラみたいな奴知らないわ。格好だけで何の役にもたたない。頭も空っぽ」
メイはなかなか手厳しかった。
「しかし、あいつに関わりあっている子は多いからな。うちのクルーにもお熱を上げている奴がいる」
「食べたいのね、康太君」
メイは嫌らしいものを見る目になって康太を見上げた。
「ちょっと仲良くしたいだけだよ」
「まあ、憎らしい」
メイは康太のわき腹の肉を思い切りつねった。
「いててて!」
康太は一応の侘びを入れて、メイに二度目を挑んだ。
江尻の口調はアルバイトクルー男子の誰かをさしているようだった。すかさず康太は、前沢裕太が瀧本あづさにお熱を上げているという誰でも知っている話を振って、内心の動揺を誤魔化すことに成功した。
江尻は裕太とあづさのことも知らないようだった。店長としてスタッフのことを熟知しておくべきだと思う一方、いかに四六時中店に顔を出しているとはいえ、末端の出来事がマネージャーの目や耳に届くのが難しいということが思い知らされた。
しかしその江尻に、高見澤神那が相談をしたらしい。西章則と田丸誠が彼女をいやらしい目で舐めるように見るという話だった。それを神那の被害妄想と断じることはたやすいが、そればかりでないことを康太は知っていた。
あの年頃の男が女性に少なからぬ興味を覚え、一度その対象を定めてしまったら、どこまでもそれに拘り、時に妄想を抱くことを、康太は自分の経験からよく知っていた。特にこの店には、江尻と自分の趣味嗜好が高じて綺麗どころのスタッフを集めている。男子スタッフが彼女らに惑わされない方がおかしかった。
江尻は自分が犯した失敗に気づいていない。彼は自分自身の禁欲的な生活にささやかな楽しみを得るために美少女たちを集めたのかもしれないが、それがものごとの根源であることがわからないのだ。
そもそもクイーンズサンドでは、スタッフ同士でカップルができたりすることは、どこの店舗でもありふれた日常だった。若い男女を一つどころに集めているのだから自然のなりゆきだと思われる。ただそれが営業に支障をきたさなければ良いのだった。
しかし過去に店の子に手をつけて本社の処分を受けた江尻は、自分の店でスタッフが問題を起こすことに非常に抵抗を覚えるのだろう。色恋は店の外でやってくれとしばしば口にしている。それはアルバイトに対してもそうだった。
だから康太は、自分の行動に細心の注意を払った。
康太はこれまでいくつもの店舗を渡り歩いたが、そのどこにおいても最低ひとりはスタッフにガールフレンドを設けた。魅力的な女子クルーの中から口の堅そうな娘を見つけてドライな関係を結んできた。常連客の中から相手を選んだことも数知れない。
この明葉ビル店には去年の秋からいるが、ひと月もたたないうちに女子高生クルーをものにした。彼女はすでに辞めているので、春から店長になった江尻の知ることではない。
これは二十七歳の今だからこそできる遊びなのだ。だからやめるつもりはなかった。
仕事を終えた康太は、駅の反対側にある姉名義の二LDKのマンションへ向かった。
姉は急行が停まる二つ隣の駅近くのカラオケスナックて雇われ店長をしていた。今年三十になるが、弟の康太が見ても驚くほどの美人で、しっかりパトロンがいて金には不自由のない生活を送っている。姉のパトロンはこのあたり地主一家の長男で、土建屋としては幅をきかせていた。そしてその息子がアメ車を乗り回してときどき明葉ビル店にやって来る問題児として店長がブラックリストにあげている人物だった。
妙なつながりだが、その関係を俯瞰しているのは自分だけだと康太はほくそえんでいる。自分にはいろいろと人に見えない世界が見えているという自負もあった。
姉のマンションには三年前から厄介になっているが、姉の帰宅はほとんど午前の四時頃になるので、日付が変わる時間帯は事実上康太のものだった。
十一時過ぎに康太が帰宅すると、中にはすでにメイがいた。「鳴」とかいて「メイ」と読む。
石黒鳴。明葉ビル二階にある書店のアルバイト。短大の二年生だった。彼女はかつて隣の駅近くにあったQSの店に康太が勤めていたとき知り合った女だ。二年以上前で、そのとき彼女はまだ高校生のアルバイトクルーだった。知り合ってひと月もたたないうちにこのマンションに連れてくるようになった。その頃は週に一度は連れてきたものだが、彼女の高校卒業とともに疎遠となり、別れたような形になっていた。
しかしこの春康太がふと二階の書店を訪れた時、そこでアルバイトをしていた彼女に久し振りに再会し、またも気まぐれで会う仲に戻った。
メイは、康太が特定の交際相手をもてない人間だとわかっていたので、こうしてたまに訪問する間柄に甘んじている。その方がメイも気楽なようだった。
「おかえりー」
メイは気だるく言い、康太の肩に両腕を絡ませた。このマンションのコピーキーを渡している女は何人もいて、たまに鉢合わせをすることもあったが、構いやしない。ここはすっかり溜まり場となっていた。康太の部屋のクローゼットの中には「草」を栽培するセットが組まれていた。ここにはそれ目当てでやって来る夜光虫が多く、鉢合わせをしても吸わせておけば問題がないのだ。
「今日、店を覗きに来たでしょう?」
「休憩時間に雑誌を見に行っただけだ」
「うっそーだね、香世とか友美がいないかチェックに来たんでしょ? 康太君は女の子に目がないから」
八つも年下の女に「康太君」と呼ばれている自分を情けないとも思わない。女たちには好きなようにさせていた。
「香世はだめよ、柔道空手の達人だから、康太君なんかたちまちのされてしまう。それに友美はあの通り超真面目だから、康太君は見向きもされないでしょうね。おまけに根暗な種田君が友美に夢中みたいだから、そのうちくっつくかもよ。種田君は明鏡大の学生だからねー」
メイは既に相当飲んでいるようだった。こういう時は手っ取り早く済ませて黙らせるに限る。
康太はメイを自分の部屋へ連れて行った。
すでにベッドのシーツはしわくちゃになっていた。この部屋を使う人間は康太以外にたくさんいる。夜の六時から明けの三時までと言ってあるので、今日使った奴も早々と退散したのだろう。康太自身がここで女を相手にするのは週に一度あるかないかだった。それくらい仕事が忙しいのだ。
康太は久々に興奮して、メイを激しく抱いた。
ことが終わり、「草」を口にしながら康太はメイに訊いた。
「そういえば、御木本は最近見ないな」
「あんなチンピラみたいな奴知らないわ。格好だけで何の役にもたたない。頭も空っぽ」
メイはなかなか手厳しかった。
「しかし、あいつに関わりあっている子は多いからな。うちのクルーにもお熱を上げている奴がいる」
「食べたいのね、康太君」
メイは嫌らしいものを見る目になって康太を見上げた。
「ちょっと仲良くしたいだけだよ」
「まあ、憎らしい」
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