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本社からの視察  (店長 江尻克巳)

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 間が悪いことに、そういう時に限って、本社の人間がふいに視察に来るものだ。
 江尻は店の窓の向こうに、こちらへ向かって歩いてくる本社の人間の姿を見つけた。本社地域開拓部門営業部の吉田部長と、たびたびクルー教育のためにやってくるトレーナーの柚木璃瀬ゆずきりせだった。
 抜き打ち視察の形となるが、このタイミングを狙ったのは柚木璃瀬だと江尻は唇を噛んだ。彼女はシフト勤務表をみて今日の状態を知っていたはずだ。それでわざわざ部長を連れてきたのは、自分を陥れるために違いないと江尻は思った。
(そんなに俺が気に入らないのか)
 江尻は思った。
 五月頃、柚木璃瀬がスタッフクルーのトレーニングを行うためにこの店にやって来た。彼女はあちこちの店舗に順に顔を出している本社のスタッフだった。どう見ても二十代半ばの娘で、江尻はおろか松原、宮本遥にとっても年下の人間である。しかし店長をはじめ現場のスタッフは本社の人間に頭が上がらない。可愛いと感じた美貌も、たちまち鬼軍曹の様相を呈して行った。特にクルーは厳しい指導を受けるからなおさらだった。嫌だと感じた者はやめていき、現場には叱咤されても何もいえない従順な人間だけが残る。江尻は店長としてクルーが辞めていかないよう細やかな配慮をする必要があった。
 ある夜、反省会と称して江尻は松原や宮本遥とともに柚木璃瀬を囲んで夕食をとった。璃瀬の意見に耳を傾けつつ味を感じることのできない夕食をとり、一時間ほどで松原と宮本は店に戻った。璃瀬がまだ話したりない様子だと感じた江尻は、近くの居酒屋でその続きを承ることにした。そこでもてなす事に気を遣いすぎた江尻は少々璃瀬に飲ませすぎた。彼女は少し足元がふらつくようになった。鬼軍曹が、か弱い美少女の足取りになっているように江尻の目に映った。このまま一人で帰すのも忍びない。タクシーを呼ぼうか。しかし彼女の自宅がどこなのかわからない。あまり遠くだとタクシーは無理だろう。などと考えているうちに、ふとラブホテルのネオンが目に入った。
「少し休んで行かれますか?」と何気に彼女の肩に手をかけた瞬間、彼女は豹変した。
「私の体に触らないでください」と、璃瀬は江尻を睨みつけ、その背後のラブホテルを見遣ってから、「私を誘ったことは本社には言いませんが、今度同じことをしたら間違いなくあなたを告発します」
 江尻は呆気にとられて動けなかった。
 彼女が立ち去ってからようやく我に返り、なんと自意識過剰な女なのだろうと思うことで自分が受けた衝撃を和らげようとしたのだった。
 その日以来、璃瀬の自分を見る目が明らかに変わったと江尻は痛感している。何事もなかったように淡々と業務をこなしているが、江尻は彼女から敵意を浴び続けた。
 その仕打ちの一環として、今日の抜き打ち視察が計画されたのだ。
 江尻はさっと宮本遥を呼び寄せ、吉田部長の姿を見せ、現場にスクランブルを発令した。
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