そして僕たちはひとつになる

hakusuya

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被害者のルート

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 翌日葛葉くずははまたしてもギリギリになって登庁した。
 昨夜帰宅したら母親がまだいて夕食をとらずに葛葉の帰りを待っていたのだ。どうもしばらく居座るつもりらしい。
 それはそれで食事の用意など任せられるので葛葉は大歓迎だったが、朝食をしっかり食べて母親とお喋りをしてから出勤すると遅くなってしまうのだった。
 せっかく朝シャワーを浴びたのに対策室に入った時には汗ばんでいた。
 そして今日は五人揃っていて葛葉が最も遅い出勤となった。
 ここでの時間は緩やかに流れる。みなそれぞれ自分の仕事をしているからだ。
 元捜査一課の藤江ふじえは何やら過去の未解決事件の資料をあたっているようだ。毎日毎日一人で捜査をしているのだろうか。定年前にこの部屋に配属されて時間的余裕ができて初めて過去の事件を顧みることができると言っていた。
 隣接する情報処理センターの倉庫には紙の資料が山のように眠っている。厖大ぼうだいな量の捜査資料がスキャンされデジタル画像としても保管されていた。この部屋の端末を使えばそれらの情報は閲覧できるのだが、藤江は紙の方を好んでいるようだった。
 昨日の事件については得られた情報が次々集まってくる。この部屋にいながらにしてそれらを見ることができた。
「被害者の帰宅ルートが判明しましたね」比企ひきが言った。
 遺体発見当初、被害者のバッグが現場にはなかった。それらは発見現場から徒歩にして十分離れたところにある最寄駅もよりえきの近くに落ちていたらしい。通りがかった人が拾い駅に届けていたのだ。
 バッグにはスマホを含めた普段の所持品が入っていたが身分証やカード類が入った財布がなく、それはまだ発見されていない。
 スマホのGPS記録を解析してスマホの動きは判明した。
 勤務先のタイムカードに基づく退社時刻と合わせて推測すると、被害者は退社した後、まっすぐには帰宅せず、地下鉄で移動して飲食店に入り、そこで一時間半過ごしてから帰路についた。
 飲食店には友人二人と夕食をともにしたことが聞き込み班の調べでわかっている。
 その後家がある駅まで移動。どこにも寄らずに徒歩で帰宅しようとして通り道にある公園にやって来たと推察される。
 その後スマホは別ルートを通って少し移動したところで電源が切られたようだ。
「このスマホの動きがそのまま被害者の動きと考えて良さそうだ」
 帰宅ルートのところどころにある防犯カメラの映像が提供されている。それと合致しているとのことだった。
「日本国内にあるスマホのGPS情報が全てわかればどのスマホが被害者のスマホに接触したかがわかって楽なのですけれど」比企が端末を操作しながら言った。
 画面には被害者のスマホの動きがマップ上に表示されている。
「犯人がスマホの電源を落としているかもしれませんよ」繁澤しげさわが言った。
「でしたら、現場近くでGPS情報が消えたスマホを疑いますね」
「そうですね」繁澤は笑う。「いずれにせよそういうことはできませんね。できる国もあるのかもしれませんが」
 日本では無理だろうと繁澤は言うのだ。葛葉もそう思った。
「防犯カメラの映像は?」いつの間にか藤江が顔を出していた。「マルヒの周囲に誰か写っておりませんか?」
「残念ながらどのカメラの映像でもずっと一人で歩いています。画面に写り込んだ人間も彼女のあとをつけている様子は見られないですね。場所が変わると同じ人間はほぼ写っていない」
 駅からすぐの距離なら同じ方向に帰る人もいる。しかし歩いているうちにそれも皆いなくなった。
「待ち伏せ型でしょうか」葛葉は訊いた。
「被害者が友人と夕食をとって帰ってくるまで待っていたとしたら相当ストーカー気質のある奴ですね。二時間ほどあの公園の近くで待っていたことになる」
「そんな不審者なら目撃されてもおかしくない」藤江が言う。
「そうなると、財布がなくなっていることも合わせて考えると物盗り犯の犯行ですか」
「その方向で進みそうですね」繁澤は頷いて見せた。
「物盗りにしては凶器がおかしい」また藤江が言う。
「そうですね。物盗りを偽装した計画殺人。被害者の周囲をあたっている班はそう考えて情報を集めていることでしょう」
 この手の事件は初動が重要とされる。確かに一日にして多くの情報が得られた。しかしそれでも容疑者が浮かぶところまではいかなかった。
 その後一週間経過しても、新たな情報は微々たるものにとどまり、捜査は暗礁に乗り上げたかのように膠着こうちゃくした。
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