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父の威光
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板橋区の所轄警察署に捜査本部が立った。本庁捜査一課から管理官と殺人犯捜査係の刑事、杉並署からも刑事が二人参加していた。
葛葉は繁澤と藤江の後に従うかたちで顔を出した。
こういう時、藤江の顔の広さに驚かされる。捜査一課の刑事のみならず所轄の刑事にもたくさんの顔見知りがいて、みな藤江のところに挨拶に来るのだ。
広域犯罪捜査対策室はとかく異人種みたいな目で見られるが藤江がいるだけで緩衝の効果はあった。
葛葉は藤江と繁澤の背後にいておとなしくしていれば良いと考えていた。しかしそれも署長の出現で台無しになった。
「葛葉さん」菊池という四十代の署長が葛葉を見つけて歩み寄ってきた。
目立つことはしないで欲しい。その場の視線を集めるではないか。
「立派になられて……」
「ご無沙汰しております」葛葉は丁重に頭を下げた。
菊池署長は正月などによく葛葉の父親を訪ねて自宅に来たものだ。最後に会ったのは葛葉が中学生の頃でもう十年ほど経っている。
父親の知り合いは警察庁にも警視庁にもそれこそどこにでもいて、彼らは揃って葛葉を「葛葉さん」もしくは「お嬢さん」と呼ぶのだ。
父親の名字で「武浦さん」と呼びにくいのは理解できるが、こういう場では目立つ。
「お父様に似ておられて、精悍な顔をしていらっしゃる」
だから敬語を使わないで欲しい。私は偉くはないのだと葛葉は困惑していた。
いつも緊張して顔がひきつっているから怖い顔をしていると見られる。もう少し可愛げがあれば自分の人生も別のものになっただろうと葛葉は思う。
「あ、繁澤君も久しぶりだね」繁澤はおまけのように扱われていた。
「その節はお世話になりました」繁澤は丁寧に頭を下げた。
葛葉が見る繁澤はいつも腰が低くて、誰に対しても丁寧語で話す。それでいて上層部に一目置かれるくらいの存在感を持っているのだ。
「お嬢さんのことはよろしく頼むよ」
「心得ております」
葛葉は苦笑いした。
菊池署長は捜査本部の開会時に一言だけ挨拶して退室した。
しかし菊池署長のお蔭で葛葉はまたも注目を集めることになった。はじめこそ見慣れぬ若い女がいるくらいに思われていたのが、あれがかつて警視庁で伝説となったキャリア出身の管理官にして現千葉県警本部長の娘だと周知されることになったのだ。
ああ視線がヤバい。葛葉はしばらく顔を上げられなかった。
前の席の真ん中には捜査指揮をとる管理官の後藤警視がいた。
凶悪犯罪の捜査指揮をとる管理官には間違いなくノンキャリアの警察官がつく。いわゆる捜査のプロだ。捜査一課の管理官は大学出の役人にはとてもこなせない領域だった。
ただし何事にも例外はある。捜査の素人であるはずのキャリア出身で管理官になり実績をあげた者が十年に一人くらいの割合でいるのだ。葛葉の父親がそうだった。
現場の刑事で葛葉の父、武浦壮一を知らない者はいない。父壮一は、ゆくゆくは警視総監とまで言われた男だったという。しかしポストの空き具合で出世というものは左右される。父壮一はその敏腕で早々と目立ったためにたまたま空きが出た千葉県警のトップに収まってしまったのだった。
管理官の一言で会議が始まった。
司会役は捜査一課強行犯係の三木警部補だった。第一係から派遣された班長の一人だ。
葛葉はようやく顔を上げてメモをとり始めた。まだ繁澤から聞いた概要しか知らない。
まずは今朝方発見され午前中のうちに司法解剖された板橋区の事件の概要が語られた。
葛葉は繁澤と藤江の後に従うかたちで顔を出した。
こういう時、藤江の顔の広さに驚かされる。捜査一課の刑事のみならず所轄の刑事にもたくさんの顔見知りがいて、みな藤江のところに挨拶に来るのだ。
広域犯罪捜査対策室はとかく異人種みたいな目で見られるが藤江がいるだけで緩衝の効果はあった。
葛葉は藤江と繁澤の背後にいておとなしくしていれば良いと考えていた。しかしそれも署長の出現で台無しになった。
「葛葉さん」菊池という四十代の署長が葛葉を見つけて歩み寄ってきた。
目立つことはしないで欲しい。その場の視線を集めるではないか。
「立派になられて……」
「ご無沙汰しております」葛葉は丁重に頭を下げた。
菊池署長は正月などによく葛葉の父親を訪ねて自宅に来たものだ。最後に会ったのは葛葉が中学生の頃でもう十年ほど経っている。
父親の知り合いは警察庁にも警視庁にもそれこそどこにでもいて、彼らは揃って葛葉を「葛葉さん」もしくは「お嬢さん」と呼ぶのだ。
父親の名字で「武浦さん」と呼びにくいのは理解できるが、こういう場では目立つ。
「お父様に似ておられて、精悍な顔をしていらっしゃる」
だから敬語を使わないで欲しい。私は偉くはないのだと葛葉は困惑していた。
いつも緊張して顔がひきつっているから怖い顔をしていると見られる。もう少し可愛げがあれば自分の人生も別のものになっただろうと葛葉は思う。
「あ、繁澤君も久しぶりだね」繁澤はおまけのように扱われていた。
「その節はお世話になりました」繁澤は丁寧に頭を下げた。
葛葉が見る繁澤はいつも腰が低くて、誰に対しても丁寧語で話す。それでいて上層部に一目置かれるくらいの存在感を持っているのだ。
「お嬢さんのことはよろしく頼むよ」
「心得ております」
葛葉は苦笑いした。
菊池署長は捜査本部の開会時に一言だけ挨拶して退室した。
しかし菊池署長のお蔭で葛葉はまたも注目を集めることになった。はじめこそ見慣れぬ若い女がいるくらいに思われていたのが、あれがかつて警視庁で伝説となったキャリア出身の管理官にして現千葉県警本部長の娘だと周知されることになったのだ。
ああ視線がヤバい。葛葉はしばらく顔を上げられなかった。
前の席の真ん中には捜査指揮をとる管理官の後藤警視がいた。
凶悪犯罪の捜査指揮をとる管理官には間違いなくノンキャリアの警察官がつく。いわゆる捜査のプロだ。捜査一課の管理官は大学出の役人にはとてもこなせない領域だった。
ただし何事にも例外はある。捜査の素人であるはずのキャリア出身で管理官になり実績をあげた者が十年に一人くらいの割合でいるのだ。葛葉の父親がそうだった。
現場の刑事で葛葉の父、武浦壮一を知らない者はいない。父壮一は、ゆくゆくは警視総監とまで言われた男だったという。しかしポストの空き具合で出世というものは左右される。父壮一はその敏腕で早々と目立ったためにたまたま空きが出た千葉県警のトップに収まってしまったのだった。
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司会役は捜査一課強行犯係の三木警部補だった。第一係から派遣された班長の一人だ。
葛葉はようやく顔を上げてメモをとり始めた。まだ繁澤から聞いた概要しか知らない。
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