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広域犯罪捜査対策室
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繁澤とともに葛葉は警視庁広域犯罪捜査対策室に戻った。
先ほどの東都医大法医学教室解剖室が地下にあったのと同様、葛葉の常駐する部屋も地下にある。外の光が当たらないのは同じだった。
「お帰りなさい」
比企がマグカップ片手に出迎える。立つとかなりの長身で葛葉は見上げることになる。
「データとれました?」比企は繁澤に訊いた。
「捜査本部が立ち上がり、我々の後方支援が認められれば情報共有はできるでしょう」それまでは手ぶら同然だ。
「見たければいつでも閲覧できますものね」比企は笑う。
情報処理センターに隣接するこの小さな部屋は広域犯罪捜査対策室となっているが実は警視庁の組織図には載っていない。
これは警察庁から出向してきた繁澤辰彦のために用意された部屋だと葛葉は聞いた。
捜査に協力するかたちで室長の繁澤は庁内にあるあらゆる情報にアクセスできる権限を特別に与えられていた。ただ、何を閲覧したかという記録は残るので無闇に見るとその特権はいつでも剥奪される可能性はあった。
「早く見たいなあ」ワクワクすると言わんばかりに比企は胸元に二つの拳を並べた。
この女性的な仕草を時々見せる比企もまた警察庁からの出向組だ。情報処理を担当する技官だったのを繁澤がこの部屋の室長になる際に引っ張ってきたらしい。専門は犯罪捜査へのAIの利用と聞いている。
最近はどこの業界、どの分野でもAIの利用が導入または検討がなされている。犯罪捜査にも何らかの示唆を与えるものとして繁澤は注目しているようだった。
ただ、現場ではどうなのだろう。使い物にならないと思われているのではないか。
「凶器は何でした?」割り込むように繁澤に訊いたのはこの部屋の最高齢、藤江だった。
藤江は五十代後半。捜査一課第二強行犯捜査にいた巡査部長だ。定年前にこの部屋に異動になったと本人は言うが繁澤が引っ張ってきたのだと葛葉は思う。現場の刑事の意見はこの部屋に足りないピースだった。
「錐状のものでしたよ。それで後ろから、ぶすり」繁澤は答えた。
「杉並のケースは、前から、でしたね」
「ええ、そうでした。今回の場合は後ろから心臓に達するまで突き刺したために凶器の柄の部分の痕がついていました。錐の長さはおよそ十センチと推測されます」
「これで何例目なのでしょうな」
「二件目ではないのですか?」葛葉は訊いた。
「錐状の凶器によるものは確かに二件目です。しかし凶器が異なるいくつかの事件が同一犯の犯行かもしれないと考えている人も多いのではないですかね」繁澤は藤江の顔を窺った。
「五、六件ありそうなのよ」比企が言った。「現場の人がどう感じているのか知らないけれど、AIがそう言っているの
「AIが?」
「見てみる?」と比企が言うので葛葉は比企が開いた画面を見た。
そのアプリケーションが広域犯罪捜査を支援するものらしい。
「何ですか、『プロファイラーAI子』って」
「ごめんね。これの開発者がこんな変なネーミングしたの。僕は『デヴィッド』と読んでいるわ。ねえデヴィッド」
比企はモニターを優しくなでた。
聞いたところだと似たようなアプリケーションはいくつもあるらしい。比企がいた警察庁の部署では複数の技官が競ってAIによる捜査支援プログラムを開発していたという。これはそのうちの一つのようだ。
「東京都内で起こる凶悪犯罪のうち殺人事件は年間八十から九十件。年によっては百件近く発生することもありますが」葛葉の横で繁澤が説明を始めた。「そして実行犯が検挙されたのはその九割。未解決がどうしても十件近くあります。その数がこの二、三年少し増えているのです」
「十件が十二件になったと聞くと二十パーセント増加していることになるのでしょうけれど、二件増えただけでは誤差の範囲ではないのですか?」
「たしかに、同じ二十パーセント増加でも千件が千二百件なら明らかに増えていると言えますが、数が少ないと誤差のうちとも考えられますね。しかしその増えた二件が二十代の女性に偏っているとしたらどうですか?」繁澤が葛葉に語った。「年間二、三件だった二十代の女性被害者未解決事件が五、六件に増えたとしたら倍増ですよね」
「デヴィッドの試算では二・五件です」比企が言った。「一人の連続殺人犯が誕生して毎年二、三人若い女性を殺害していると考えられるのよ」
先ほどの東都医大法医学教室解剖室が地下にあったのと同様、葛葉の常駐する部屋も地下にある。外の光が当たらないのは同じだった。
「お帰りなさい」
比企がマグカップ片手に出迎える。立つとかなりの長身で葛葉は見上げることになる。
「データとれました?」比企は繁澤に訊いた。
「捜査本部が立ち上がり、我々の後方支援が認められれば情報共有はできるでしょう」それまでは手ぶら同然だ。
「見たければいつでも閲覧できますものね」比企は笑う。
情報処理センターに隣接するこの小さな部屋は広域犯罪捜査対策室となっているが実は警視庁の組織図には載っていない。
これは警察庁から出向してきた繁澤辰彦のために用意された部屋だと葛葉は聞いた。
捜査に協力するかたちで室長の繁澤は庁内にあるあらゆる情報にアクセスできる権限を特別に与えられていた。ただ、何を閲覧したかという記録は残るので無闇に見るとその特権はいつでも剥奪される可能性はあった。
「早く見たいなあ」ワクワクすると言わんばかりに比企は胸元に二つの拳を並べた。
この女性的な仕草を時々見せる比企もまた警察庁からの出向組だ。情報処理を担当する技官だったのを繁澤がこの部屋の室長になる際に引っ張ってきたらしい。専門は犯罪捜査へのAIの利用と聞いている。
最近はどこの業界、どの分野でもAIの利用が導入または検討がなされている。犯罪捜査にも何らかの示唆を与えるものとして繁澤は注目しているようだった。
ただ、現場ではどうなのだろう。使い物にならないと思われているのではないか。
「凶器は何でした?」割り込むように繁澤に訊いたのはこの部屋の最高齢、藤江だった。
藤江は五十代後半。捜査一課第二強行犯捜査にいた巡査部長だ。定年前にこの部屋に異動になったと本人は言うが繁澤が引っ張ってきたのだと葛葉は思う。現場の刑事の意見はこの部屋に足りないピースだった。
「錐状のものでしたよ。それで後ろから、ぶすり」繁澤は答えた。
「杉並のケースは、前から、でしたね」
「ええ、そうでした。今回の場合は後ろから心臓に達するまで突き刺したために凶器の柄の部分の痕がついていました。錐の長さはおよそ十センチと推測されます」
「これで何例目なのでしょうな」
「二件目ではないのですか?」葛葉は訊いた。
「錐状の凶器によるものは確かに二件目です。しかし凶器が異なるいくつかの事件が同一犯の犯行かもしれないと考えている人も多いのではないですかね」繁澤は藤江の顔を窺った。
「五、六件ありそうなのよ」比企が言った。「現場の人がどう感じているのか知らないけれど、AIがそう言っているの
「AIが?」
「見てみる?」と比企が言うので葛葉は比企が開いた画面を見た。
そのアプリケーションが広域犯罪捜査を支援するものらしい。
「何ですか、『プロファイラーAI子』って」
「ごめんね。これの開発者がこんな変なネーミングしたの。僕は『デヴィッド』と読んでいるわ。ねえデヴィッド」
比企はモニターを優しくなでた。
聞いたところだと似たようなアプリケーションはいくつもあるらしい。比企がいた警察庁の部署では複数の技官が競ってAIによる捜査支援プログラムを開発していたという。これはそのうちの一つのようだ。
「東京都内で起こる凶悪犯罪のうち殺人事件は年間八十から九十件。年によっては百件近く発生することもありますが」葛葉の横で繁澤が説明を始めた。「そして実行犯が検挙されたのはその九割。未解決がどうしても十件近くあります。その数がこの二、三年少し増えているのです」
「十件が十二件になったと聞くと二十パーセント増加していることになるのでしょうけれど、二件増えただけでは誤差の範囲ではないのですか?」
「たしかに、同じ二十パーセント増加でも千件が千二百件なら明らかに増えていると言えますが、数が少ないと誤差のうちとも考えられますね。しかしその増えた二件が二十代の女性に偏っているとしたらどうですか?」繁澤が葛葉に語った。「年間二、三件だった二十代の女性被害者未解決事件が五、六件に増えたとしたら倍増ですよね」
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