そして僕たちはひとつになる

hakusuya

文字の大きさ
上 下
6 / 13

繁澤は答える

しおりを挟む
 地下一階、解剖室を出たところにある長椅子に繁澤しげさわは腰かけていた。
 さきほど薊鏡子あざみきょうこという大学院生が用意してくれたコーヒーをすすり、脳に血が戻るのを待っていた。
 ひとときの癒しの余韻に浸っていたら、足早に床を刻む靴音とともに、黒のパンツスーツ姿の華奢な若い女性が近寄ってきた。
 その顔を見上げて馴染みの顔であることを確認すると、繁澤は哀れな姿を見られた恥ずかしさからどのような言い訳をしようかと思案した。
「よくここがわかりましたね」
 すぐに口から出たのはその台詞だった。
比企ひきさんに聞いてやって来ました」
 武浦葛葉たけうらくずはは相変わらずにこりともしない顔で淡々と答えた。そのまゆひそめ方と眉間みけんしわが、繁澤の醜態の意味を悟っていることは明らかだった。
「もう少し早く来ていたら解剖も立ち会えたのに残念でしたね」
「早く来ても遠慮していたでしょう。私も見学させていただいたことはありますが、途中で退席するという醜態を晒しましたから。何も無理して見ることはないと思います」
 直立姿勢のまま見下ろす顔が怖いので、繁澤は横へずれて坐り直し、葛葉に腰掛けるように促した。
 ふたりは並んで腰掛ける格好になった。
「どういった事案なのでしょうか?」
 葛葉は猫の目のような円らな瞳を繁澤に向けた。
 殆ど瞬きをしないこの目に見据えられると大抵の人間はたじろぐに違いない。そういうことを考えながら繁澤は答えた。
「今朝方、板橋区の住宅街にある公園内で会社員と思われる若い女性の遺体が発見されました。発見したのはジョギングをしていた近所の主婦。着衣の乱れはありませんでしたが、手荷物も見当たらず病死にしては不自然なところが多く、臨場した検視官が司法解剖の必要があると判断してここ東都医大の法医学教室に依頼したということです」
「板橋区の殺人事件に室長が関心を示す理由は何なのでしょうか?」
「四月に杉並区であった殺人事件と凶器が非常に似通っているからです。おそらくは連続殺人。帳場が立つことになります。警視庁刑事部主導の捜査本部です」
「広域犯罪捜査対策室が後方支援するということですね」
「そうです。板橋と杉並の二件だけではないでしょう」
「これから第三、第四の事件が起きると?」
「その可能性もあります。しかしすでに起こってしまっている未解決事件の中に同一犯による犯行が混じっている可能性を考えねばなりません」
 それを聞いた葛葉の目が大きく見開かれた。
「ここ二年ほど都内における未解決の殺人事件が増えているのです。凶器が異なっていても同一犯の可能性があると僕はにらんでいます」
 繁澤の声が静かな廊下に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

九竜家の秘密

しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。

Energy vampire

紫苑
ミステリー
*️⃣この話は実話を元にしたフィクションです。 エナジーヴァンパイアとは 人のエネルギーを吸い取り、周囲を疲弊させる人の事。本人は無自覚であることも多い。 登場人物 舞花 35歳 詩人 (クリエーターネームは 琴羽あるいは、Kotoha) LANDY 22歳  作曲家募集のハッシュタグから応募してきた作曲家の1人 Tatsuya 25歳 琴羽と正式な音楽パートナーである作曲家 沙也加 人気のオラクルヒーラー 主に霊感霊視タロットを得意とする。ヒーラーネームはプリンセスさあや 舞花の高校時代からの友人 サファイア 音楽歴は10年以上のベテランの作曲家。ニューハーフ。 【あらすじ】 アマチュアの詩人 舞花 不思議な縁で音楽系YouTuberの世界に足を踏み入れる。 彼女は何人かの作曲家と知り合うことになるが、そのうちの一人が決して関わってはならない男だと後になって知ることになる…そう…彼はエナジーヴァンパイアだったのだ…

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

警視庁鑑識員・竹山誠吉事件簿「凶器消失」

桜坂詠恋
ミステリー
警視庁、ベテラン鑑識員・竹山誠吉は休暇を取り、妻の須美子と小京都・金沢へ夫婦水入らずの旅行へと出かけていた。 茶屋街を散策し、ドラマでよく見る街並みを楽しんでいた時、竹山の目の前を数台のパトカーが。 もはや条件反射でパトカーを追った竹山は、うっかり事件に首を突っ込み、足先までずっぽりとはまってしまう。竹山を待っていた驚きの事件とは。 単体でも楽しめる、「不動の焔・番外ミステリー」

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...