そして僕たちはひとつになる

hakusuya

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小さな部屋

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 通用口からICカードをかざして庁舎の中へ入った葛葉くずははスマホを見た。時刻を確認しどうやら滑り込みに成功したことを知ると少し落ち着きが出てくる。
 人気の少ない薄暗い通路を通って情報処理センターのさらに奥にある無機質な扉のドアノブに手をかけ奥へと押した。
 五十平米程度の小さな部屋。それが葛葉がこの六月から毎日通っている今の職場だった。
 四方は壁で窓は一切ない。壁には本棚がずらりと並べられ、ぎっしりと書籍と書類が詰まっていた。そして部屋の真ん中に机が島状に並べられ、パソコンの端末が机の数だけ設置されていた。
 外の光も空気も入ってこないこの部屋の住人は現在五人。研修と称して常時複数の人間が入れ替わり立ち代わりここの住人となるようだが、今は葛葉ただひとりだった。
 葛葉は自分が最後に出勤したとばかり思っていたが、中には二人しかいなかった。そして肝心の室長の姿もなかった。
「おはようございます」
 比企雅紀ひきまさきが真っ先に葛葉に挨拶をする。いつもの光景だ。
 二十代後半と思われる比企ひきはどこか女性的な所作を垣間見せる繊細な神経の持ち主で、いつもピアノを奏でるように端末のキーボードをタッチしていた。今も手はキーボードの上に置かれてなめらかに動いている。
「おはようございます」葛葉は返した。
 奥にもう一人若い娘がいたが、小声で「おはようございます」と挨拶したものの端末に向いた顔が葛葉を見ることはなかった。それもいつもの光景。葛葉は気にしない。
 それよりも室長の不在が気になる。
「あの、室長はどちらに?」葛葉は比企にたずねた。
「東都医大に行ってからこちらに来られるとさきほど連絡がありましたよ」
「東都医大?」
「法医学教室だそうです。何でも解剖を見学するのだそうで……室長、また倒れていなければ良いですけれど」
 ほとんど表情を変えない奥の女性がその時だけ眼鏡に手をあててわずかに顔をしかめた。
「それって、港区だったかしら?」
 葛葉は、はやる心を抑えてなるべく平静に訊ねた。
「駅でいうと田町が近いかしら」
「私も行って来ます」
 そう言ったときにはもう体が動いていた。
「待って、お嬢」比企に呼び止められた。
 ここでは葛葉は「おじょう」と呼ばれている。はじめこそ抗議したが誰も改めるつもりがないようなので受け入れてしまった。
「靴を履き替えた方が良いわよ、お嬢」そういうところも比企は女性的なのだ。
 葛葉はパンプスからウォーキングシューズに履き替えた。
 今日かく汗は半端ではない。スーツの上着を手にした葛葉は部屋を飛び出した。
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