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彼女のホーム
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国際展示場は、全国から集まったオタク・腐女子のみならず、企業人・一般人・マスコミ関係者……とにかく何万という人々で溢れかえっている。
このビッグイベントは夏だけでなく、冬にも開催される。
峰子が初めて売り手として参加したのは十七歳の冬。伊上京子と知り合ったのはその時で、彼女の同人誌を立ち読みしたのがきっかけだ。
京子はオリジナルのBL漫画を描く同人作家であり、峰子は彼女のスペースに並ぶ同人誌を一目見て、強烈に惹きこまれた。
それまで峰子は、パロディ中心の二次創作本を楽しく読んでいたが、京子の作品と出会ったことで方向性が変わり、BLの世界に突然目覚めたのだ。
つまり峰子のBL本制作は、京子を入り口に始まったのである。
「峰子ちゃんって、あの時高校生だったのね。ビミョーだなあって思いながら、あまりにも熱心に読んでくれるから売ってしまったわ」
京子は峰子のスペースで休憩しながら、懐かしそうに話す。
「私のほうこそ、ごめん。十八過ぎてますって顔で、五冊も買っちゃった」
峰子がいたずらっぽく舌を出すと、京子は楽しそうに笑った。
「あれからメアド交換して、イベント仲間になって、えっと、まだ三年かあ。もっと長いこと付き合ってるような気がするね」
京子は凍ったジュースのパックを額に乗せる。夏の暑さと人々の熱気で会場内はとても暑い。
「あっ、ありがとうございます」
峰子は売り子に戻り、訪れる客に丁寧に対応する。
コミック即売会に参加するのは今回で最後。そう思うと、同人誌を買ってくれる人々の存在が、より有難く感じられた。
モースの新刊は、売れ行き好調だ。
いつも来てくれるお馴染みさんもいれば、新しく買い揃えてくれる、ご新規さんもいる。
親しく声をかけてくれる人、恥ずかしそうにスケッチブックを差し出す人、「頑張ってください」と、小さな声で激励していく人。
様々な人との交流が、すごくすごく楽しくて仕方がない。
そんな峰子を、京子は感慨深く眺めた。
今日の峰子は、これまでになく生き生きとして見える。
(峰子ちゃんは、間違いなく変わった。滝口慧一という男性が、こんなにも彼女を輝かせているのだわ)
京子は思う。恋は、その人の印象を変えてしまうほどの影響を与える、一つの事件なのだ。
(リア充め、羨ましいゾ)
「京子ちゃん、そろそろ戻らないと」
自分のサークルを放りっぱなしでのんびりする京子を、峰子が心配した。
「ああ、いいのいいの。私の本は午前中にほとんど完売したから」
京子は余裕の笑みを浮かべると、『モース』をダンボール箱から出して、テーブルの上に補充した。勝手知ったるもので、手際がいい。
「それに私、ここである人を待ってるのよ」
「ある人?」
「うん」
不思議そうな峰子を見て、にんまりと笑う。
「誰か知ってる人が来るの?」
峰子の問いに、京子は深く頷く。
「私も知ってる人?」
「ええ。よーく、知ってる人よ」
もうニヤニヤが止まらない。京子はとても我慢ができなかった。
「け・い・い・ち・さ・ん」
「……っ」
峰子の白い頬が、たちまち紅く染まる。
分かりやすい反応に、京子は暑い暑いと言いながら、凍ったジュースを首元に当てた。
「あーあ、まったく熱々だよねえ。もうやってらんない」
「ま、待って、京子ちゃん。まさか……本当に。本当にあの人が来るの? 慧一さんが」
「そうよ。内緒にしておこうと思ったけど喋っちゃった……って、峰子ちゃん大丈夫!?」
峰子は両手で頬を押さえ、へたへたと床に座り込んでしまった。
「慧一さんが来る。ここへ来る……」
「もう、峰子ちゃんってば」
峰子は驚きと喜びで、立っていられないのだ。
京子は彼女を椅子に座らせると、新鮮な思いで見入った。
峰子がここまで感情を表すのは、初めてのこと。どんな時でも、感情にワンクッション置いて表現していたのに。
「でも、どうして私に内緒で? 旅行の時、イベントに来るなんて一言も言わなかった」
「旅行?」
京子は耳を疑う。というより、今の発言は聞き捨てならない。
「峰子ちゃん。今、旅行って言ったの? えっ、まさか慧一さんと……まさか二人きりで!?」
峰子は気まずそうに目を逸らした。
「嘘でしょー! 私でさえ峰子ちゃんと二人で旅行なんてしたこと無いよ。どうして慧一さんと……っていうか、もうそんな関係に?」
このビッグイベントは夏だけでなく、冬にも開催される。
峰子が初めて売り手として参加したのは十七歳の冬。伊上京子と知り合ったのはその時で、彼女の同人誌を立ち読みしたのがきっかけだ。
京子はオリジナルのBL漫画を描く同人作家であり、峰子は彼女のスペースに並ぶ同人誌を一目見て、強烈に惹きこまれた。
それまで峰子は、パロディ中心の二次創作本を楽しく読んでいたが、京子の作品と出会ったことで方向性が変わり、BLの世界に突然目覚めたのだ。
つまり峰子のBL本制作は、京子を入り口に始まったのである。
「峰子ちゃんって、あの時高校生だったのね。ビミョーだなあって思いながら、あまりにも熱心に読んでくれるから売ってしまったわ」
京子は峰子のスペースで休憩しながら、懐かしそうに話す。
「私のほうこそ、ごめん。十八過ぎてますって顔で、五冊も買っちゃった」
峰子がいたずらっぽく舌を出すと、京子は楽しそうに笑った。
「あれからメアド交換して、イベント仲間になって、えっと、まだ三年かあ。もっと長いこと付き合ってるような気がするね」
京子は凍ったジュースのパックを額に乗せる。夏の暑さと人々の熱気で会場内はとても暑い。
「あっ、ありがとうございます」
峰子は売り子に戻り、訪れる客に丁寧に対応する。
コミック即売会に参加するのは今回で最後。そう思うと、同人誌を買ってくれる人々の存在が、より有難く感じられた。
モースの新刊は、売れ行き好調だ。
いつも来てくれるお馴染みさんもいれば、新しく買い揃えてくれる、ご新規さんもいる。
親しく声をかけてくれる人、恥ずかしそうにスケッチブックを差し出す人、「頑張ってください」と、小さな声で激励していく人。
様々な人との交流が、すごくすごく楽しくて仕方がない。
そんな峰子を、京子は感慨深く眺めた。
今日の峰子は、これまでになく生き生きとして見える。
(峰子ちゃんは、間違いなく変わった。滝口慧一という男性が、こんなにも彼女を輝かせているのだわ)
京子は思う。恋は、その人の印象を変えてしまうほどの影響を与える、一つの事件なのだ。
(リア充め、羨ましいゾ)
「京子ちゃん、そろそろ戻らないと」
自分のサークルを放りっぱなしでのんびりする京子を、峰子が心配した。
「ああ、いいのいいの。私の本は午前中にほとんど完売したから」
京子は余裕の笑みを浮かべると、『モース』をダンボール箱から出して、テーブルの上に補充した。勝手知ったるもので、手際がいい。
「それに私、ここである人を待ってるのよ」
「ある人?」
「うん」
不思議そうな峰子を見て、にんまりと笑う。
「誰か知ってる人が来るの?」
峰子の問いに、京子は深く頷く。
「私も知ってる人?」
「ええ。よーく、知ってる人よ」
もうニヤニヤが止まらない。京子はとても我慢ができなかった。
「け・い・い・ち・さ・ん」
「……っ」
峰子の白い頬が、たちまち紅く染まる。
分かりやすい反応に、京子は暑い暑いと言いながら、凍ったジュースを首元に当てた。
「あーあ、まったく熱々だよねえ。もうやってらんない」
「ま、待って、京子ちゃん。まさか……本当に。本当にあの人が来るの? 慧一さんが」
「そうよ。内緒にしておこうと思ったけど喋っちゃった……って、峰子ちゃん大丈夫!?」
峰子は両手で頬を押さえ、へたへたと床に座り込んでしまった。
「慧一さんが来る。ここへ来る……」
「もう、峰子ちゃんってば」
峰子は驚きと喜びで、立っていられないのだ。
京子は彼女を椅子に座らせると、新鮮な思いで見入った。
峰子がここまで感情を表すのは、初めてのこと。どんな時でも、感情にワンクッション置いて表現していたのに。
「でも、どうして私に内緒で? 旅行の時、イベントに来るなんて一言も言わなかった」
「旅行?」
京子は耳を疑う。というより、今の発言は聞き捨てならない。
「峰子ちゃん。今、旅行って言ったの? えっ、まさか慧一さんと……まさか二人きりで!?」
峰子は気まずそうに目を逸らした。
「嘘でしょー! 私でさえ峰子ちゃんと二人で旅行なんてしたこと無いよ。どうして慧一さんと……っていうか、もうそんな関係に?」
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