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ありのままの君
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「釣りは男のロマンかな」
曲がりくねった道を進みながら、峰子に話しかける。
「そうなんですか?」
「ほら、男は引っ掛けるのが好きだろ……っと、これは例えが悪いな」
ナンパになぞらえた慧一に峰子は呆れ顔だが、可笑しそうに笑った。
(だけど、今の例えは本当だぞ。男は本能的に、引っ掛けるのが好きなんだよ。 峰子も目立たないようにしなくちゃ、狙われるんだぜ)
慧一は、心の中で続きを話す。
(俺の前ではいくら着飾っても構わない。だが他の男の前では保護色を纏ってくれ。岩や砂と同じような、地味な格好でいるんだ)
いかにも勝手な言いように、彼自身可笑しくなる。
だが認めざるをえない。
情けなくても、これが男の本音であり、どうしようもない独占欲なのだ。
(もういっそのこと、すぐにでも入籍して一緒に住みたいくらいだ)
何も知らない峰子を横目に、先走ったことを考える慧一だった。
十分ほど走ると、目的地の釣り場に到着した。
渓流釣りといっても、人口の岩場に川を引いた管理釣り場である。安全に配慮されており、周りを見ると親子連れが釣りを楽しんでいる。
「ワクワクしますね」
受付で釣竿と餌を受け取った峰子が、川沿いをどんどん歩いて行く。
「転ぶなよ」
慧一は保護者のように声をかける。
(まったく。これじゃ恋人というより、親子だな)
苦笑しつつも、峰子の嬉しそうな様子に彼は満足した。
「この辺でいいだろう」
慧一は人の少ない下流に陣取り、峰子の釣竿の糸をほどいた。
獲物は虹鱒。餌はイクラである。
「ブドウ虫とかミミズじゃないんですね」
峰子が腰をかがめて、慧一の手もとを覗き込んだ。
「よく知ってるな。やったことないんだろ?」
「はい。でも、子どもの頃、釣りのアニメを見たことがあるんです。すごく面白かったので、毎週欠かさず見ていました」
「ほう」
釣りをテーマにした少年向けのアニメは慧一も知っている。
というより、原作の漫画を読んでいた。絵が抜群に上手く内容も面白かったので、今もよく覚えている。
「そういえば峰子は、アニメが好きだったな」
「はい。他には映画も小説も。想像力を掻き立てられるものなら何でも好きです」
「なるほど、好奇心ってやつか」
そのおかげで、慧一も峰子の目に留まったのだ。
しかし、それはお互い様だった。慧一も好奇心から、峰子に近付いたのだから。
互いの何かに惹かれ、好きになる。
慧一は糸をたぐりながら、男女の縁を思った。
「それじゃ、まずは餌だ」
慧一は峰子に、プラスチックケースに入ったイクラを差し出す。
「針につけてみろ」
「は、はい」
イクラはぬるぬるして扱いにくそうだが、何とか針に通せたようだ。
「出来ました」
「よし。まずはこうして」
慧一は峰子の持つ竿に手を添え、川に針を沈めた。
「このまま、しばし待つ。俺は向こうにいるから、頑張れよ」
「えっえっ、これでいいんですか?」
慧一は岩の上に座り、見物した。
いきなり放置された峰子は、キョロキョロしている。
「大丈夫、すぐに釣れるよ」
たった今、養殖の虹鱒を放流してもらったばかりだ。初心者だろうが、楽々成果が上がるだろう。
予想どおり、一分もしないうちに反応があった。
「あっ、釣れた。釣れましたよ、慧一さん!」
慧一は座ったまま、峰子が釣り上げるのを見守る。
「このあと、どうすればいいんですか!?」
「上げればいいの」
「こうですか?」
峰子は竿をしっかりと握るが、へっぴり腰で、ちっとも上げることができない。
「おいおい、本当にアニメを見てたのか?」
岩を下りて手伝い、慧一が上げた虹鱒を彼女が両手で掴んだ。
「ヌルヌルします!」
「そりゃそうだ。おっ、針を呑んだか」
虹鱒は餌ごと針を丸呑みしたようで、激しく暴れている。
「かかった時に、上手く合わせないと駄目なんですよね、確か」
峰子は言うが、知識があっても実際にやるとなると難しいものだ。
「よくあることさ」
慧一は小枝を拾うと、それを使って針を引っ張り出す。いささか乱暴だが、作業は早く済んだ。
峰子は魚を受け取り、水を張ったバケツにそっと入れた。
「良かった。私にも釣れましたよ!」
「上手い上手い」
はしゃぐ峰子を、慧一は褒め上げる。
彼女の嬉しそうな様子が、慧一には何よりの成果であり、喜びだった。
三十分の時間制限付きだが、なかなか楽しいレジャーだった。
釣った虹鱒は調理場に持ち込んで塩焼きにしてもらい、その場で一匹ずつ食べることにした。
「美味しいです!」
峰子は串に刺した魚を食べるのは、初めてだという。
「自然の中で遊ぶのって、楽しいですね。感激です」
「キャンプとか、あまり経験が無い?」
慧一が訊くと、峰子はこくりと頷く。
「ええ。危なっかしいことは何もさせてもらえませんでした。私もそのうち、あきらめてしまったというか……」
慧一は彼女の母親を思い浮かべた。
きちっとした服装。整理整頓されたリビングルーム。娘を観察する眼差しと、勘の鋭さ。
(確かに……あの人の保護下にいたら、息苦しいかもしれないな)
峰子は串焼きを夢中で食べている。口の周りに塩の粒をまぶし、実に美味そうに。
(この姿を母親が見たら、何と言うだろう。もっとお行儀よくしなさい……とか?)
峰子は行儀がいい。それは彼女の美点であり、母親のしつけによるものだ。
だから、悪いばかりじゃない。
しかしガス抜きも必要だと、慧一は思う。
周囲に気を遣い、いっぱいいっぱいになっている峰子は見ていて辛い。昨夜のように、思い切り泣いてくれたほうが、どんなに楽か知れない。
(そのことはきっと、あの母親も気付き始めてるはずだ。でなきゃ俺を、こんな風に放っておかないだろう。いくら三次元の安全な男であってもだ。それに、一緒にイベントに行くなど思いも寄らないだろう。あの人は、俺に何かを求めている。そんな気がする……)
「どうしたんですか」
黙り込む慧一の顔を、峰子が心配そうに覗いた。
「君のことを考えてた」
「私のこと?」
「うん」
慧一は、食べかけの虹鱒にかぶりつく。
あっというまに平らげて、紙コップのお茶をぐいっと飲んだ。豪快な食べっぷりに、峰子が目をみはる。
「そうとも。美味いもんは、美味いように食うべきだ」
「えっ?」
「俺はありのままの姿を愛す。覚えておいてくれ」
「は、はい」
戸惑う彼女が可愛くて、そしてまた不憫だった。
だが不憫のままにしてはおかない。
「もう一本いこうか。すみません、塩焼き追加でお願いします!」
調理場に勢いよく注文し、峰子に笑いかける。
彼女も釣られて笑顔になった。
何も心配することはない。俺はいつだって君が大好きだ――
慧一は心で叫ぶ。
だけどこの気持ちは、彼女が本当に自由になった時に伝えよう。
峰子の笑顔を見つめ、慧一は自分に約束した。
曲がりくねった道を進みながら、峰子に話しかける。
「そうなんですか?」
「ほら、男は引っ掛けるのが好きだろ……っと、これは例えが悪いな」
ナンパになぞらえた慧一に峰子は呆れ顔だが、可笑しそうに笑った。
(だけど、今の例えは本当だぞ。男は本能的に、引っ掛けるのが好きなんだよ。 峰子も目立たないようにしなくちゃ、狙われるんだぜ)
慧一は、心の中で続きを話す。
(俺の前ではいくら着飾っても構わない。だが他の男の前では保護色を纏ってくれ。岩や砂と同じような、地味な格好でいるんだ)
いかにも勝手な言いように、彼自身可笑しくなる。
だが認めざるをえない。
情けなくても、これが男の本音であり、どうしようもない独占欲なのだ。
(もういっそのこと、すぐにでも入籍して一緒に住みたいくらいだ)
何も知らない峰子を横目に、先走ったことを考える慧一だった。
十分ほど走ると、目的地の釣り場に到着した。
渓流釣りといっても、人口の岩場に川を引いた管理釣り場である。安全に配慮されており、周りを見ると親子連れが釣りを楽しんでいる。
「ワクワクしますね」
受付で釣竿と餌を受け取った峰子が、川沿いをどんどん歩いて行く。
「転ぶなよ」
慧一は保護者のように声をかける。
(まったく。これじゃ恋人というより、親子だな)
苦笑しつつも、峰子の嬉しそうな様子に彼は満足した。
「この辺でいいだろう」
慧一は人の少ない下流に陣取り、峰子の釣竿の糸をほどいた。
獲物は虹鱒。餌はイクラである。
「ブドウ虫とかミミズじゃないんですね」
峰子が腰をかがめて、慧一の手もとを覗き込んだ。
「よく知ってるな。やったことないんだろ?」
「はい。でも、子どもの頃、釣りのアニメを見たことがあるんです。すごく面白かったので、毎週欠かさず見ていました」
「ほう」
釣りをテーマにした少年向けのアニメは慧一も知っている。
というより、原作の漫画を読んでいた。絵が抜群に上手く内容も面白かったので、今もよく覚えている。
「そういえば峰子は、アニメが好きだったな」
「はい。他には映画も小説も。想像力を掻き立てられるものなら何でも好きです」
「なるほど、好奇心ってやつか」
そのおかげで、慧一も峰子の目に留まったのだ。
しかし、それはお互い様だった。慧一も好奇心から、峰子に近付いたのだから。
互いの何かに惹かれ、好きになる。
慧一は糸をたぐりながら、男女の縁を思った。
「それじゃ、まずは餌だ」
慧一は峰子に、プラスチックケースに入ったイクラを差し出す。
「針につけてみろ」
「は、はい」
イクラはぬるぬるして扱いにくそうだが、何とか針に通せたようだ。
「出来ました」
「よし。まずはこうして」
慧一は峰子の持つ竿に手を添え、川に針を沈めた。
「このまま、しばし待つ。俺は向こうにいるから、頑張れよ」
「えっえっ、これでいいんですか?」
慧一は岩の上に座り、見物した。
いきなり放置された峰子は、キョロキョロしている。
「大丈夫、すぐに釣れるよ」
たった今、養殖の虹鱒を放流してもらったばかりだ。初心者だろうが、楽々成果が上がるだろう。
予想どおり、一分もしないうちに反応があった。
「あっ、釣れた。釣れましたよ、慧一さん!」
慧一は座ったまま、峰子が釣り上げるのを見守る。
「このあと、どうすればいいんですか!?」
「上げればいいの」
「こうですか?」
峰子は竿をしっかりと握るが、へっぴり腰で、ちっとも上げることができない。
「おいおい、本当にアニメを見てたのか?」
岩を下りて手伝い、慧一が上げた虹鱒を彼女が両手で掴んだ。
「ヌルヌルします!」
「そりゃそうだ。おっ、針を呑んだか」
虹鱒は餌ごと針を丸呑みしたようで、激しく暴れている。
「かかった時に、上手く合わせないと駄目なんですよね、確か」
峰子は言うが、知識があっても実際にやるとなると難しいものだ。
「よくあることさ」
慧一は小枝を拾うと、それを使って針を引っ張り出す。いささか乱暴だが、作業は早く済んだ。
峰子は魚を受け取り、水を張ったバケツにそっと入れた。
「良かった。私にも釣れましたよ!」
「上手い上手い」
はしゃぐ峰子を、慧一は褒め上げる。
彼女の嬉しそうな様子が、慧一には何よりの成果であり、喜びだった。
三十分の時間制限付きだが、なかなか楽しいレジャーだった。
釣った虹鱒は調理場に持ち込んで塩焼きにしてもらい、その場で一匹ずつ食べることにした。
「美味しいです!」
峰子は串に刺した魚を食べるのは、初めてだという。
「自然の中で遊ぶのって、楽しいですね。感激です」
「キャンプとか、あまり経験が無い?」
慧一が訊くと、峰子はこくりと頷く。
「ええ。危なっかしいことは何もさせてもらえませんでした。私もそのうち、あきらめてしまったというか……」
慧一は彼女の母親を思い浮かべた。
きちっとした服装。整理整頓されたリビングルーム。娘を観察する眼差しと、勘の鋭さ。
(確かに……あの人の保護下にいたら、息苦しいかもしれないな)
峰子は串焼きを夢中で食べている。口の周りに塩の粒をまぶし、実に美味そうに。
(この姿を母親が見たら、何と言うだろう。もっとお行儀よくしなさい……とか?)
峰子は行儀がいい。それは彼女の美点であり、母親のしつけによるものだ。
だから、悪いばかりじゃない。
しかしガス抜きも必要だと、慧一は思う。
周囲に気を遣い、いっぱいいっぱいになっている峰子は見ていて辛い。昨夜のように、思い切り泣いてくれたほうが、どんなに楽か知れない。
(そのことはきっと、あの母親も気付き始めてるはずだ。でなきゃ俺を、こんな風に放っておかないだろう。いくら三次元の安全な男であってもだ。それに、一緒にイベントに行くなど思いも寄らないだろう。あの人は、俺に何かを求めている。そんな気がする……)
「どうしたんですか」
黙り込む慧一の顔を、峰子が心配そうに覗いた。
「君のことを考えてた」
「私のこと?」
「うん」
慧一は、食べかけの虹鱒にかぶりつく。
あっというまに平らげて、紙コップのお茶をぐいっと飲んだ。豪快な食べっぷりに、峰子が目をみはる。
「そうとも。美味いもんは、美味いように食うべきだ」
「えっ?」
「俺はありのままの姿を愛す。覚えておいてくれ」
「は、はい」
戸惑う彼女が可愛くて、そしてまた不憫だった。
だが不憫のままにしてはおかない。
「もう一本いこうか。すみません、塩焼き追加でお願いします!」
調理場に勢いよく注文し、峰子に笑いかける。
彼女も釣られて笑顔になった。
何も心配することはない。俺はいつだって君が大好きだ――
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